チョコレートがあります
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 「ここにチョコレートがあります」彼女は言った。
 「そこにチョコレートがあります」僕は言った。
 「銀紙を剥がします」
 「黒いです」
 「ここまでで何かわかりますか」彼女は訊いてきた。
 「そうだね。一週間後に迫るバレンタインデーに渡すチョコレートの試作品を作ろうとしているのかな。君は用意周到だからね。いくつも作ったチョコレートの中から、一番出来の良いものを君の想い人に渡すのだろう」
 「察しの良いことは大変素晴らしいことだと思います」
 彼女はチョコレートを砕き始めた。
 「しかし、君の想い人は誰なのだろうね。家族相手にわざわざ手作りチョコを何個も作ったりはしないだろう」
 「…………」彼女は黙ったままチョコレートを砕く。
 「一欠けらだけ、口に含みます。あなたもどうぞ」
 「僕は甘いものが、辛いものと酸っぱいものと味の無いものの次に苦手なのだけど」
 「大丈夫です」彼女は問答無用に催促する。
 僕は嫌々ながらも口に含んだ。チョコレートは苦かった。
 「カカオ99%です」
 「おお! これ好きだったんだよ! 全く流行ってのは恐ろしいよね。少し前は溢れるようにあったのに、今じゃすっかり見かけない。どこで売ってたんだよ。教えてくれよ」
 「一週間かけて探しました。なので、あなたに教えるのは一週間後です」
 「何でだよ。一週間もあれば僕は飽きるほどカカオ99%のチョコを食べるって言うのに」
 「何でもです。いまから、とても苦いチョコレートを作ります。さて、ここまでで何かわかることは」
 僕は少し考えてから答えた。
 「わかった。嫌がらせだな! どう見てもチョコレートを貰えなさそうな男子の机の中に、誰にも気付かれないように入れておく。もちろん差出人の名前は書かないでだ。そいつは生まれて初めて貰ったバレンタインチョコを鞄に入れ、抑えきれない期待を胸に秘めて家に帰る。名前が無いことを気にしつつも『私の思いを受け取って下さい』と書かれたメッセージカードに逆らえない。たぶん名無しの彼女はシャイでウブで名前を出すのが恥ずかしかったのだろうと男は思う。『モテル男はつらいな』と勘違いしたそいつは大口開けてチョコレートを頬張る。どかん。
 全く、君のそういう性格の悪さは嫌いじゃないけど、そのチョコを貰う相手には同情するよ。僕は苦いものが好きだから、そんな悪戯は効かないのだけど」
 「そんなことを思いつくのは、あなたぐらいです」
 「何、外れてしまったのか。じゃあ僕に思いつけることを遥かに超えた嫌がらせを君は考えているんだな。いや、全くもって恐れ入ったよ」
 「ここに、チョコレートがあります」彼女は怒ったように言った。
 「そこに、チョコレートがあります」僕は同じように繰り返した。
 彼女は乱雑にチョコレートを砕く、何か嫌なことでもあったのだろうか。
 「あなたがもし、バレンタインチョコを貰ったらどうしますか」
 「!? 急に話が飛んだね。いやでもいいよ、正直に答えるよ。僕はチョコと言わず甘いもの全般が嫌いだからね。しかもそれは、僕の名刺代わりの紹介のようなもので、僕のことを知っていれば学校中の誰もが知っているはずだ。体育教師の鬼瓦権蔵だって知っているだろう。だから僕は貰ったプレゼントがチョコであろうが何であろうが、中身がお菓子であったのなら僕に対する嫌がらせだと断定し、即座にお返しするだろうね」
 「では、マフラーやセーターだった場合は」
 「おいおい、勘弁してくれよ。僕が誰かの選んだ服を着るなんて天地が引っくり返って、僕が女になったとしてもありえないことだよ。手編みだった場合なんてのは身の毛もよだつ。想像もできない。アクセサリーなんて四六時中付けることを暗に強要するようなプレゼント、仮にアラビアンナイトのランプの精に頼んでいたとしても、僕は全力で抵抗するだろうね」
 「そう言うと思った」彼女は少し安心したように言った。
 「だったらなんで訊くんだよ。君は僕より賢いのに、たまに訳の解らないことを口にするね」
 ちなみに僕は、彼女にテストで勝ったことが一度もない。でもそんなことでライバル心を燃やすほど、僕も彼女も子供じゃない。
 僕たちは理想的な友だち関係だと言える。
 「ここには、チョコレートがあります」
 「そこには、チョコレートがあります」
 彼女は包丁を使いチョコを刻み始めた。多少、手元がおぼつかない。大丈夫だろうか。
 それにしても、たくさんのチョコを使うな。そんなにあるのなら一つぐらい分けてくれてもよさそうなものだが、僕は決してそれを口にしない。だってそれは、女の子が料理を作っている横で摘み食いするような、デリカシーの無い行為と同じじゃないか。僕には決して真似できない。
 男の癖に女心がよくわかる僕には、そんな真似絶対にできない。
 「次のチョコレートはナッツ入りです」
 「パッケージにはそう書いてあるね」カカオ99%は終わってしまったのか。
 「でもこのチョコレートにナッツが入っているかどうかは、確認して見ないとわかりません」
 「いやいや、流石にナッツ入りと書いてあれば、それはナッツ入りだと信じていいだろう。ミスプリントの可能性だってないわけじゃないが、そんなこと殆どありえないだろうし。それとも何かい? シュレーディンガーの猫かい? こんなところで観測問題について語って何になるんだ」
 「いいえ。私がチョコレートを誰に渡すのか、あなたがそれをわからないのと同じように、このチョコレートにナッツが入っているかどうかはわかりません」
 「難しくてよく解らないよ。もっと簡潔にさ」
 「可能性の問題です。始めからありえないことなどないのです。わざわざ、あなたをチョコ作りに呼んだのも、あなたが無意識に除外している選択肢だってあるということをっ――」
 彼女は案の定というか、不注意というか、慣れないことをするからというか、少し指を切ってしまった。
 「あー、気を付けないと。普段、包丁なんて使わないんだろ。それを喋りながらなんて無茶をするから」
 彼女の指を水道水で洗い流し、ティッシュで水を拭い、絆創膏を指に巻く。彼女の手はこんなにも小さかったのか。
 初めて彼女の手に触れた。なぜだろう、
 ――どくん。と胸の鼓動が高鳴る。少し息苦しい。
 手を、離せない。なぜ彼女は何も言ってこないのだ。手を離してと一言くれれば、僕は動けるようになるのに。
 彼女の方を向く。
 眼と眼が合う。
 「どうして、こんなにテキパキと手当てができるのですか」
 「ど、どうしてってて、用意周到なのは、き君だけじゃないんだよ。……いやホントのことを言えば昔ボーイスカウトをやっていたから怪我をした人は慣れてはいないけど初めてじゃないというか」自然と早口になる。
 「そう」
 「鬼瓦権蔵だって知ってるよ」そんなこと知るわけがない。
 心が動揺する気が動転する。
 手を、離せない。
 「いやこんなことボーイスカウトやってようが、ガールスカウトやってようが、シースカウトやってようが、ストーカースカウトやってようが誰だってできるよ」
 「そう」
 なんだ! ストーカースカウトって! そんなことやってる奴いたらまずそいつを捕まえろ! 警察は何してんだ!
 「えっとね……」
 彼女がチョコをあげる相手だって? 何だ、いったいそれが僕に何の関係がある!? あ、そもそもバレンタイン用だと言うことが間違いだったんだ。わかったわかった。謎は全て解けた!
 「話があるの」
 「あああ、何の話をしていたんだっけ。そうだ、シャイなランプの精とウブなシュレーディンガーの猫がチョコの中のナッツを砕き合って天地を引っくり返すんだったよね。大変だ、それは大変だ」
 馬っ鹿野郎!! もしかすると、もしかすると、
 「いやそんな馬鹿な話があるわけがない。僕が彼女からチョコを貰えるわけがないだろう。そんな素晴らしい、天地が引っくり返っても、いやいやいや、い、や……」
 「……」彼女は瞳に涙を溜めこみ、こっちを見ている。
 いやいやいやいや……泣きたくなってるのは僕だって同じだ。
フクミハルカ mK97QW1o6Y

2010年10月10日(日)00時47分 公開
■この作品の著作権はフクミハルカさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
 知られたくないけど、知ってもらわないと話にならない。そう思った彼女が選択した方法は、【作るところから参加させる】でした。それが哲学的行為なのだと思います、いやたぶんきっと。誰がどう見てもわかるように、その行為を分解しメスを入れるような実直さ。哲学的彼女にはそんな魅力があるのではないかと。(作品の中で言えという話)
 個人的にはこんな男、押し倒しちゃうことが一番の近道だと思います。マウントポジションでボッコボコです。


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2011年02月13日(日)17時23分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc +20点
読ませていただきました。

主人公がナイスです。シュールな雰囲気も良いですし、続きというか、二人の別な場面も読みたいなと思いました。

ただ主人公とヒロインの奇妙なセリフのやり取りが、ともするともっと予想もつかないことが起こりそうな雰囲気を感じさせていたので、やや肩透かしを食った感もありました。

ありがとうございました。
67

pass
2011年02月10日(木)05時42分 たるーと  +40点
何とも不思議な空気感で、サクサクと読めてニヤニヤしてしました。
個人的には物足りないと言うよりも、もっと読みたいなと思えました。
奇抜な(?)シチュエーションも面白かったです。

74

pass
2011年01月01日(土)11時50分 呟き尾形  +10点
こんにちわ。呟き尾形です。

 前半の流れは良かったと思う反面、後半がなんというか尻すぼみになったように思えます。

 おそらくは、ヒロインの彼女の個性がいまひとつつかみづらいところにあったのではないかとは思います。


68

pass
2010年11月14日(日)22時05分 大地 L1IWnG72Rs +20点
読みました。

台詞中心の構造で、かつ台詞が淡々としている感じを受けて、自分には「彼女」が少し無機的に見えていました。個人的にはそういうキャラも好きなのですが、解釈的に合っているのかどうか……。

そして何より「作るところを見せる」というアイディアに、単純に感心していました。

簡単な感想だけですが、これで。
72

pass
2010年11月12日(金)18時45分 サム  +10点
論理的で可愛かったです。カカオ99%懐かしくて少し面白かったですが、もうひとつなにか物足りないませんした。
65

pass
2010年11月12日(金)06時58分 かまたかま K83xKd4J1k +30点
 どうも、かまたかまです。

 とても良い味出してます。前半の繰り返しの会話といい主人公のよう分からん例えといい、この作品唯一の空気があって良かったです。ほのぼのしました。

 文章も少なめですが、主人公の視点から彼女の心情を想像できて好みでした。押し付けない感じがグーです。

 私は別に描写はいらんかなーと思います。変に実の部分を出すよりは、今くらいの最低限の示唆でふわふわ読むのが心地よさそうなので。

 この主人公のへタレさには思わず「泣きたくなる? じゃあ彼女は俺が頂いた」と言いたくなります。いや、いいヘタレっぷりだったと思いますよ!

 以上の理由でこの点数です。

 ではでは。
72

pass
2010年11月10日(水)03時01分 jp  +20点
前半のテンポが好きです。
後半はなんだかすごい恥ずかしかったです(笑)
〆方は結構好きです。

個人的な妄想か、説明がほとんどないのに
状況、二人の関係が見えて、するっと読めてよかったです。
73

pass
2010年11月05日(金)15時46分 フクミハルカ mK97QW1o6Y 作者レス
評価と感想ありがとうございます!
読み易さを第一に考えて作ったので、そこを評価して頂けて嬉しいです。
一応『テストに勝ったことがない』というところで、単純に果てしなく鈍感な同級生ということを説明したつもりでしたが、読み易さを重視する余りにやりすぎてしまったみたいです。

萌えは個人的な趣向が全面に出てしまうので難しいところですね。誰であろうが唸らせるような萌えに憧れます。

pass
2010年11月03日(水)17時47分 まちー RCPb5pz4Tw +10点
うーーーーん。男の子と女の子の関係性がいまいちわからなかったです。最初はお兄ちゃんと妹かな、などと思ったんですが、そうではないし、一緒にチョコ作りをする親しき仲なのに男の子は女の子を異性として意識していなくて、でも彼女の恋心を知って、急に焦るって……幼馴染とか、親戚とか? うーん、謎でした。
文章はセリフ中心なので読みやすかったです。

> 「ここには、チョコレートがあります」
 「そこには、チョコレートがあります」

お約束のセリフが何気にすっとぼけた和み系の雰囲気を出していて良かったです。ストーリーはまあ、ありじゃないですかね。ただ、もう少し物語の背景説明が欲しかったです。
哲学的要素はそれなりにあったと思います。
萌え的要素は彼女の外見描写やしぐさの描写が乏しかったので、私はあまり感じませんでした。素直になれない乙女の恋心には少しだけ萌えを感じました。
ではでは。
64

pass
2010年10月17日(日)02時08分 フクミハルカ mK97QW1o6Y 作者レス
満点? 満点! 満点!? そんな馬鹿な。
まず思いついたのがIP表示が消えてすぐにこれだともう、自作自演以外の何ものでもないと思われそうで、いやでも単純に嬉しくて眠気が吹き飛びました。ありがとうございます!
ちなみに自演をやるなら30点を3回ぐらい入れてやれば、ばれないかな? とか考えてました。私は小狡いタイプなんです。流石に満点はないと思う人が赤い点を付けるのではとか、でもそれで感想くれる人が増えるのなら、いやでも赤いのは嫌だなとか、逆に誰も感想をくれなくなるのではとか、色々考えてしまって、凄い嬉しいのに何この二律背反。ああこれで一ネタ書けという、でもアンチノミーの萌え小説なんて難しくて書けない! むしろ意味ってこれで合ってんの? みたいな!?
嬉しい悲鳴と言うものをこの身を以て理解できました! 
〓〓〓さん、本当にありがとうございます!

pass
2010年10月16日(土)23時37分 〓〓〓  +50点
こんにちは。「誰がどう見てもわかるように、その行為を分解しメスを入れるような彼女の実直さ」に魅力を感じます。他の読者の方はそれぞれの感性をお持ちでしょうが、個人の感想として、萌えゲージが臨界点を振り切っております。とくに前半が好きです。彼女の別なエピソードもぜひ読みたいです。乱文失礼します。
78

pass
合計 9人 210点


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