先輩と、真実の口
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
「こうして目を閉じると、ここが別の場所だと考えることもできますね」

 僕の隣で先輩が言った。

「ここがイタリアのコスメディン教会である可能性と、いつもの学校の中庭のベンチである可能性と、どちらも同等です。目を開けるまではそのどちらも否定されません」
 コスメディン教会……サンタ・マリア・イン・コスメディン教会というのは、有名な「真実の口」という彫刻がある教会だ。高校生の僕はさすがに真実の口くらい知っていたが、教会にあるってのは先輩に教えて貰って初めて知った。
 先輩がそんな突飛なことを言うのはいつものことだ。横に座っている先輩を眺めながら、僕は返事を返した。
「たしかに目を閉じていれば、想像は自由ですよね。例えば向こうを歩いているあの男性だって、口ひげが良く似合うおしゃれな中年イタリア人男性である可能性と、社会科教師の池田先生である可能性と、同じくらいあるってことですよね」
 くすくすと先輩が笑った。
「慣れましたね」
「何にですか?」
「私に」
 ……うん、確かにだいぶ慣れたのだろう。最初はずいぶん戸惑ったものだが、先輩と出会ってもう2ヶ月経つ。
 姿勢が抜群にいい。胸まである長い髪。切りそろえた前髪。その整った顔立ちは、いついかなる時も歪まない。調和、それが先輩の容姿を表現するのに適した言葉だと思う。前にテレビか何かで、人間の顔や身体は線対称ではなくどこか左右で違っているものだと聞いた。だが先輩だけは違う気がする。先輩が傾いた姿勢をとったところを見た記憶がない。首を傾げたりもしない。常にまっすぐだ。その性格に同じく。
「遠くで高いトーンのはしゃぎ声が聞こえます。……部活動に向かおうとしている生徒でしょうか?」
 言われて耳を傾ける。確かに聞こえる、二、三人の少女がじゃれあう声。何と言っているのかはわからなかった。
「あるいは、僕らと同じように教会を訪れているイタリアの女の子達だとも考えられますよ」
「観光客ならイタリア人とは限りませんよ」
 先輩はまだ目を閉じている。この遊びはまだ続くということだ。
「それにしても静かですね。目を開けてしまうのが惜しいです。ここが静謐な教会ではなく見慣れた校舎に囲まれた中庭だということがわかってしまいますもの」
「あるいはその逆の可能性が、ですよね。ここは本当は日本ではなく、イタリアのローマだということがはっきりするのかもしれない」
「……ええ、目を開けるまでは現実は不確定です」
 僕は、立ち上がった。先輩の想像をイタリア側へ持っていこう。
「真実の口って、もっと観光客でごった返しているのかと思ってました。時々手を入れていく人や写真を撮っていく人がいますけど、まばらなものですね」
「それは真実の口ではなくて百葉箱で、写真を撮っているのでなく温度計をチェックしているだけだからでしょう。理科の山田先生や科学部の生徒たちですね」
 僕の試みもむなしく、先輩はそんな日常の延長のようなことを言う。
「先輩もここはイタリアだと考えた方が……その、楽しいと思いますけどね」
 僕はため息をついた。

 と、その時、うめき声が聞こえた。

「……先輩」
「なんでしょう」
「ちょっと目を開いて、現実を確定させて下さい」
「どうして?」
「大変なことが起こりました。けが人です」
 先輩が目を開く。先輩にとっての現実が確定する。
 僕にとっての現実と同じだろうか。僕は尋ねた。
「……一応聞いておきますけど、現実はどちらでした? 日本? それともイタリア?」
 先輩は、ちらりとあたりを見回した。

「イタリアのようですね」

 良かった。僕と同じだ。そう僕達は今、ローマに来ている。

 *

 僕らが駆け寄った時、周囲はごった返していた。うめき声を上げている白人男性の隣で、半狂乱でわめいている女性は……恋人か、奥さんか。たぶんイタリア語か何かで早口にまくし立てている。
 男性は、真実の口から手を引き抜いた。
「うわ」
 男性の腕は血まみれだった。僕は思わず吐き気を覚えて目をそらす。しかし先輩は冷静だった。
「どうやらあの男性は真実を口にしなかったようですね」
 タンカを持った白衣のスタッフが駆けつけてきた。男性がタンカに乗せられる。更に白衣のスタッフの一人が、血だらけの真実の口に手を突っ込み、何かを探している。
「うげ」
 白衣の一人が、「それ」を拾い上げた。それは人間の……手首から先のようだ。真っ赤、というよりどす黒く染められている。
「噛み千切られた……ってことですかね」
「おそらくは」
 真実の口から血がしたたっている。まるで吐血しているかのように。
「真っ赤ですね」
「炎熱地獄ラーメンを口から噴出したかのようです」
 先輩が場違いなことを言った。
 炎熱地獄ラーメンというのは僕らの地元の、駅前のラーメン屋のメニューだ。……尋常じゃなく辛い、そして「赤い」ラーメンである。あまりの辛さに一口含んで噴出す人が続出。口から赤い液体をしたたらせながら店を出てくる客を見ると「ああ、知らないであの店入っちゃったんだ」と思う。丁度、今の真実の口はそんな感じだが……。
「先輩、不謹慎ですよ」
「不謹慎とはどういう意味ですか?」
「真面目さに欠けるという意味です」
「今に始まったことではありませんよ」
 先輩は開き直った。
「いやわかってますが……大怪我をしている人がいるのに人を笑わせるような冗談は控えるべきです」
「困りました。笑える冗談を言ったつもりはありませんでした。笑えましたか?」
「いや、笑えはしませんでしたが……」
「では問題ないのではありませんか?」
 なぜか言いくるめられてしまった。
「でも先輩……もしかして日本に帰りたいんですか? 学校とか地元のことばっか思い出してますよね」
 先輩は、僕のほうをじっと見た。あれ、怒ってるのだろうか。
「いいえ、グローバルな例えができないのは……私がいかに行動範囲の狭い人生を送ってきたかという証左です」
 違う。恥ずかしがっているのか。先輩の無表情ぶりは半端じゃないので識別困難だ。
「でも……驚きました。真実の口がまさか本当に人を噛むなんてことがあるとは……」
「悟さんは、信じていなかったのですか?」
「ええ、あまり……いや、すいません、全く信じてませんでした」
 真実の口というものがあるというのは知識としては知っていたが、まさか本当に人の手を噛み千切るようなものだったとは思っていなかった。
「先輩は信じてたんですか?」
「いえ、私も本物の可能性は低いと思っていました。ただ本物であれば試したいと思っていましたので……。私が試す前に本物であると確認できてよかったです」
「…………もしかして、先輩、僕をこの旅行に誘ったのは……」
「はい、この真実の口が目的です」

 *

 高校入学して二ヶ月経ったある日の、放課後のことだった。
「鹿嶋悟さん、ですよね」
 廊下で僕を呼び止めたのは、髪の長い女子生徒だった。上履きを見ると、えんじ色の帯が入っている。二年生、つまり先輩だと判断できる。
「はい、そうですけど……」
「私は山本涼子です。初めまして」
「は、初めまして……」
 ……この人があの、山本先輩か。僕が戸惑っていると、先輩はこう言った。
「あなた、どこか部活に所属していますか?」
「……帰宅部です」
 先輩は一呼吸おいた。ストレートに伸ばした髪と、その背の高さ、姿勢の良さがあいまって、非常にスラリとした印象が際立つ。最近背が伸びてきた僕より、少し高いくらいかもしれない。
「では、お願いなのですが、帰宅部を退部してもらえませんか?」
「といいますと……どっかの部に入れという話ですか?」
 先輩はうなずいた。
「はい。部の名前はまだ決まっていませんが」
「新しく作るんですか? 何をする部活でしょう」
「説明が長くなりますから、図書室へ行きましょう」
 僕は怖いもの見たさから、この変わった先輩についていくことにした。
 二年生の山本涼子さんと言えば、有名人だった。美人だがきつい性格だと噂の。
 去年、つまり僕が入学する前のエピソードだが、彼女に告白した男がフラれた。
 どもりながら思いを伝えた二歳年上の男子生徒に対して、山本涼子は言い放った。
「私が貴方に興味を持っているように見えたのでしょうか?」
 ……真顔だったという。彼は一週間ほど学校を休んだ後、クラスメートに
「イヤミならまだ良かった。あれは……純粋に不思議がっている目だったんだ。困惑も照れもなかった。本当に俺のことを何とも思ってなかったんだ。俺にはあんな女は無理だ」
 と遠い目をして語ったという。
 その後、何人かの男子生徒が挑み、敗れたそうだ。そして二年生になり孤高のクイーンとして知られるようになった彼女は、恋人どころか友人を作るつもりも無いらしく、いつも一人でいると聞く。

 僕らの通うこの学校には図書室が三つもある。第一図書室は併設された小学校・中学校と共用になっていて、低学年向け図書から若者向けの小説、文学まで幅広く揃っている。第二図書室は学術書が多い。この二つの図書室はどちらも、数年前に建てられた図書棟に入っている。付近の住人への貸し出しも行っていて、非常ににぎわっている。
 しかし先輩が向かったのは第三図書室だった。こちらは旧校舎にあり、図書棟ができてしまってからは誰も来なくなった。確か、閉鎖されてる筈では……。
「この部屋、鍵がかかってるんだと思ってました」
「かかっていますよ」
 そう言うと先輩は、ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に入れる。
「まだ部を作ってないのに、部室として使用する許可を先に取ったんですか? 気が早いですね」
「許可は取っていませんよ。無断使用です」
「……え」
 サラッと言われてしまった。
「中に入ってしまえば本棚で奥は見えません。元通り鍵をかけておけば、見つからないでしょう」
「ちょ、ちょっと……それはまずいのでは」
「入る時は、人に見られないように注意して下さい。といっても旧校舎三階の一番奥で曲がり角、まず人は来ないでしょうが……」
「せ、先輩……意外に大胆ですね」
 先輩は、電気のスイッチを入れた。真っ暗な部屋の、奥のほうだけ明るくなる。手前は暗いままだ。
「手前の電気はつけないようにお願いします。明かりが廊下に漏れて、人がいるのがばれます」
「あ、はい……。でも奥の電気だって、校舎の逆側の窓から見えるんじゃ……」
「あちら側は高台になっていて下は雑木林です。人の目はありません。それに、カーテンが私たちを守ってくれています」
「守るって……何からですか」
 先輩は、本棚を回って奥へと進んだ。なるほど、奥の窓には黒い遮光カーテンがある。その手前の空間に、机と椅子が四つ、向かい合わせにくっつけてあった。先輩が、その席の一つに座った。
「太陽からです」
「……先輩、バンパイアだったんですか?」
 僕はツッコミを入れながら窓に近づいた。
「私は自分をそうは認識していません。可能性は低いと思います」
 先輩は本気なのか冗談なのかわからない口調で応じた。
「……そのココロは?」
「血を見るのは好きではありませんから」
 なるほど。

 *

 イタリア人らしき男性と、血まみれの彫刻から取り出された手首らしき肉塊が運ばれていき、泣き喚いていた女性やまわりの関係者らしき人たちもいつの間にかどこかに消えていた。
「先輩、前に血を見るのは好きでないって言ってましたよね」
「はい、好きではありません」
「そのわりに、さっきの光景を見ても平気そうでしたけど」
「平気そう……とはどういう意味ですか?」
「気分悪くなったりしないのかなと思って」
「気分ですか? 感情的な意味では悪いですが、体調的な意味では悪くありません」
 明快だった。
「あ、そうですか……。すいませんでした」
「何か謝るようなことをしたのですか?」
「し、してませんしてません」

 *

 静かな第三図書室の中で、なんとなく先輩に向かい合って座るのに躊躇して、僕はそのあたりの本棚を眺めた。木でできた本棚には、本が一冊も並んでいない。図書棟の新しい図書室のほうに全部移してしまったからだ。そっと指で棚をなでて、息を吹きかけた。
「ホコリが気になりますか?」
「ああ、すいません、姑みたいですよね。神経質だって時々言われます」
 僕は弁解した。
「私はその逆ですから。バランスが取れてよいと思います。そのうち掃除しましょう」
 神経質の逆……無神経だということだろうか。僕は、先輩にふられた男の話を思い出した。先輩、自覚はあったんだな……。

 僕は間が持たなくなり席に座った。
「で、何をする部活なんですか?」
 先輩は、机の中から厚さにして5センチ以上ありそうな本を取り出した。
「まず、これを見てください」
 暖色系のカラフルな表紙に、角の丸いゴシック体の字が踊っている。
「えーと……2010年度版……ふしぎなどうぐカタログ……? なんですか、これ?」
「この図書室で見つけました。正確に言えば見つけたのは1998年度版で、これは私が電話して取り寄せた今年度版です」
「取り寄せた……? どこからですか」
「この裏表紙に出版社の電話番号が書かれています」
「そんな怪しげなとこによく電話できましたね」
「電話は非通知でかけ、配達は局留めにしました」
「あ……そうですか」
 慎重なんだか大胆なんだか。
「それで届いたのがこれですか。見てもいいですか?」
「ええ、見てください」
 カタログを開こうとした手を止めて、僕は先輩を見て言った。
「僕、一年生ですよ。山本さん、先輩なんですから敬語使うのやめてくださいよ」
 変な沈黙があった。先輩が、黙っている。なんか、困ったような、いや怒っているような……?
「あの、僕なにか変なこと言いましたか?」
 僕はおそるおそる聞く。すると先輩はさっきまでのハキハキした喋り方とは打って変わって、もごもごと小さい声を出した。
「その……敬語を使わないとうまく話せない……」
「……どういう意味ですか?」
「だからその……苦手、なの、くだけた表現というのか、その」
 先輩の顔がみるみる赤くなっていく。
「いやその、無理にとは言いませんけど、なんかこっちも緊張してしまうので……」
「ど、努力はする……けど。い、今すぐには……ちょっと……その」
 先輩が顔を手で覆ってしまった……。僕は慌てる。
「あ、いいですいいです、敬語で全然おっけーです」
 それを聞いて先輩が手の隙間から顔を出した。僕は「本当です、気にしません」と畳み掛ける。先輩は深呼吸をすると頭を下げた。
「ではしばらくは敬語で失礼させていただきます。ご迷惑をおかけしてすみません」
 再びクリアな発音だった。
「い、いえいえ……。その、お気になさらずに……」
 ……なんだこれ。

 *

 あんな大きな事故(?)があったというのに、意外にも警察やマスコミが来る様子は無かった。まわりを埋め尽くしていた観光客たちも、次第に減っていく。よくあることなのだろうか。
「そういえば先輩、まだ直りませんね、敬語」
「え……?」
「いえ、出会った頃に言ってたじゃないですか、敬語、直す努力はするって」
「はい、努力はしていますよ」
「その……成果を見せて貰えませんか?」
「成果ですか?」
 先輩が僕を睨んでいる。
「ええ、成果」
「…………」
「……」
 先輩は、しばらく僕を睨んだ後、諦めたようにうつむいて、それから顔を上げた。
「………………………………げ、元気?」
 ずいぶん間が空いたあと、凄く小さな声でそう聞こえた。
「え?」
「…………げ……げんき?」
「……はい、元気ですけど」
「……」
 顔が……どんどん赤くなっていく。
「あの、先輩?」
「…………これで…………せいいっぱい」
「あ、もういいです。もういいです。無茶を言ってすいませんでした。頑張りました。先輩は頑張りました。だからその、顔を上げてください」
 うつむいてしまった先輩に、慌てて許しを出す。
 ……まだまだ、先は長そうだなと思った。

 *

 僕は先輩が出した分厚い本を開いた。それは通信販売か何かのカタログらしかった。各ページに一個ずつ、商品が紹介されている。
「なんか……怪しいものばっかりですね。幸運を呼ぶお守り……テレパシー送受信機……猫語翻訳機」
「どのあたりが怪しいのですか?」
「え……いや、だってほら、幸運を呼ぶお守りなんて、インチキ商品の定番じゃないですか」
 先輩は驚いた顔をした。
「そうなんですか? 知りませんでした。買ったことがあるのですか?」
「いえ、無いですけど……」
「ではなぜ知っているのですか?」
「あーいや、わかりませんけど……」
 なんで責められてるんだろう。僕は話をそらす。
「それにほら、テレパシーだとか……。インチキにしてももうちょっと言い逃れのできるようにすればいいのに。こんなの、買ったら一発でインチキだってバレますよ。うわっ五十万もする」
「そうなんです。それは高いので流石に買えませんでした」
「買う気だったんですか? 先輩、人がいいんですね……」
「人がいい、ですか? そういった認識はありませんでした」
「いやーこんなのに騙される人なんて…………」
 ん? さっき、「それは」って言ったか……?
「もしかして、何か買ったんですか?」
「お守りを買いました」
 僕は額を机に強打した。
「せ、先輩……」
「おでこは大丈夫ですか?」
「い、いくら出したんですか?」
「三万円です」
「高っ」
 法外だった。
「でもデザインは良いですよ。それに効果のほうもありましたし」
 先輩は、涼しい顔をしている。三万円なんて痛くないくらい、お小遣いを貰っているんだろうか。お嬢様なのかもしれない。
「効果って……どんな」
「先週、購買でクリームパンを買うことができました」
「……あの人気のクリームパンを」
「そうです。すぐに売り切れてしまうクリームパンです」
「ほ、他には……」
「今のところ、気がついたものはそれだけです」
「……」
 呆れて何も言えなかった。
 先輩は僕の反応を見て言った。
「言いたいことはわかります。確かに、この幸運がお守りの効果だという確実な証拠はありません。ですが、入学以来一年間、登校日が二百日ほどありますがその間一度も買うことができなかったクリームパンです。これをお守りを入手して二日で購入することができました」
「偶然です」
 僕は言い切る。
「幸運は偶然の部分集合です」
 言い返された。
「お守りを買ったことと、クリームパンを買えたことは関係ないって言ってるんですよ」
「証明できますか?」
「できませんよ! 先輩の言うとおり幸運は偶然の一種ですから。関係あるとも無いとも証明なんかできない。でもそういうものは信用しないのが僕の主義なんです!」
 僕は思わず怒鳴ってしまった。嫌いなのだ、そういうオカルト的なものが。超能力だとか幽霊だとか。
「……怒鳴ってすいません」
「気にする必要はありません。ただあまり大きな声だとこの部屋に人がいるのがばれますから。……今度、壁に防音壁を貼りましょう」
 そんなこと、勝手にやっていいのか。
 先輩は、僕を諭すように言った。
「でも、証明されてないものを信用しなかったら、信用できることなんて何もありませんよ」
「何を言ってるんですか。科学的に証明されていることは信用しますよ。誰でも追試が可能な客観的な事実、それに基づく論理。それは信用できます。蜃気楼は空気の密度差で光が屈折するからです。原理がわかっている。科学で証明されている」
「科学は仮説です。証明ではありません」
「何言ってるんですか。仮説に基づいて実験して、それを確かめるんじゃないですか! それが科学的アプローチってもので」
「実験だって証明にはなりませんよ。実験をしてわかることは何ですか? 仮説に反しない現象が起こったのがわかるだけです」
「何回も、何千回も実験して常に確認できる現象なら、それは証明されたことになるでしょう!」
「なりません。それは何千回かその現象が確認できただけのことです。一万回目で仮説を覆す現象が起きるかもしれません」
 僕は疲れてきた。
「それを言い出したら、証明なんかできないですよ」
「だからそう言っています。本当の意味で証明が可能なのは数学の世界だけのことです」
「だからって、科学的な考え方を否定しなくてもいいじゃないですか。誰にでも納得のいく理屈がつけられて、何度繰り返してもほぼ理屈どおりの現象が起こる、それだけで十分役に立つと思います」
「同意します」
 同意されてしまった。
「僕は、たとえ厳密な意味での証明にはなってなくても、科学で説明がつけられるものだけを信用すると言っているのです。そのお守りは信用できません」
「私も信用しているわけではありませんよ」
「じゃあなんで、三万円も出してお守りなんか買ったんですか」
「ですから、実験しようと思ったのです」
「……実験?」
 そうオウム返しをしたまま、僕は固まっていた。
「はい」
「……お守りの効果を、ですか」
「はい」
「本当に幸運が起こるかを、実験しようと思ったんですか」
「そういうことです。科学的手法ですよ」
 僕は首を振った。先輩、わかってない、わかってないよ。
「違います。それは、科学的なアプローチじゃないですよ。だって、幸運かそうでないかは、本人にしか決められないじゃないですか。客観的じゃないです。先輩がラッキーだって主張すれば何でもラッキーになります」
「そうですね。だから、お守りに関しては貴方を納得させるつもりはありません。自分が自分を納得させる為の実験でしかありません」
「そんなの科学じゃありません。思い込みです」
「科学も思い込みだと思います。幻想です」
 そんなの極論すぎる。
 だが僕はこれ以上言い争っても平行線だと思い、話を変えた。
「……納得、したんですか。クリームパンが買えた程度で」
「まだ結論を出していません。お守りを買う前と後で、幸運の量なり質なりを定量的に比較する必要があります。それにはまだデータが不足しています」
 僕はちょっと安心した。先輩は案外冷静なようだ。
「今のところ問題は、このお守りがサポートしている幸運がどのような傾向のものか、判断がつかないことです。クリームパン限定なのか、それとも他の種類の幸運にも対応しているのか」
 クリームパン限定のお守りなんてショボすぎる。いやまあ……実用的ではあるが。
「カタログにはなんて書いてあるんですか?」
「あなたの人生にこれまで起こらなかったような幸運な出来事が、と書かれています」
「購買のクリームパンは……該当するんですね」
「ええ。今まで買えなかったものですから」
 実は僕も買ったことがない。まあ、僕の場合はそもそも購買より学生食堂派なのだけれど。
「実は日曜日に、商店街の福引で五等の自転車を当てましたが、この理由から外しています」
「え…………全然凄いじゃないですか! クリームパン買えたことよりずっとラッキーですよ」
 僕は驚いて言った。なんだ、もしかして効果あるんじゃないのか、お守り。でも先輩は首をふる。
「五年前にも福引でテレビ当てています。その時は三等でした。よって、これまで起こらなかった幸運には該当しないと考えます」
 変なところで冷静な先輩だった。
「いや……いやいやいや。クリームパン程度のラッキーだって、今まできっとありましたって」
「食べ物に関するものとして、クリームパンに勝るラッキーはこれまでの私の人生には起こっていません」
 どんだけクリームパンが好きなんだ。

「もう一つ買ったものがあるのです」
「どんなものですか?」
「好きな人の心が読めるグミ」
「……それ、どう考えてもインチキじゃないですか」
「どう考えても、は言いすぎです。考え方にはもっと幅が必要ですよ」
「ちなみに……いくらしたんですか?」
「十五万円でした」
「じゅっ……」
 絶句。
「せ、先輩……もしかして超金持ちなんですか?」
「わかりませんが、おそらく違います。私は小遣いというものを貰っていませんし、アルバイトの経験もありません」
「えっ。じゃあそんな大金、どうしたんですか?」
「これまでのお年玉や入学祝等の貯金が合計二十万円ありました」
「ずいぶんありましたね……」
「全然使っていなかったのです」
 なんか可愛い元手だった。
「でもお守りが三万でしたっけ……足して十八万……ほとんど使い切ってるじゃないですか」
「その二つが、予算内で買える最も興味深いものでした」
 僕は頭を抱えた。この人、もしかして凄い世間知らずなんじゃないのか……。小遣いを貰っていないってことは……つまり、お金の使い方がわかっていないんだ。
「先輩、クーリングオフです。クーリングオフ。返品しましょう」
 先輩は、一瞬僕を見つめた後、カタログの最後のページを見せた。黒い太枠の中に、細かい文字がびっしり書いてある。
「要約すると、返品は受け付けないという内容です。法的には通信販売にはクーリングオフの制度は無かったと思いますので、業者が返品できない旨を表示している以上返品できないのではないですか」
 何でそういうことは知っているんだ。
「で、できないんですか……」
「できてもしないつもりです。偽物である可能性は了解しています。実験の結果、効果が無かったとわかっても一つの成果です」
 そこまで言われると僕としては反対できない。
「わかりましたけど……なんか納得いかないなぁ……」
 すると先輩は、ふいに言った。
「私を心配してくれているのですね? ありがとうございます」
 今まで全く見せなかったその笑顔に、どきっとする。
「あ、いえ、そう面と向かって言われると……」
「貴方が好きです」
 …………。
 …………。
 …………。
「…………」
「では今日はこれくらいにしましょう。また明日、この部屋で……」

 僕は告白されたんだと気付いたのは、その日先輩と別れた後だった。

 *

 それから僕と先輩の「部活」は続き、先輩の様々な実験に付き合わされる日々を送ってきた。
 部活って何なのか。あの出会った日の翌日そうたずねた僕に、先輩から返ってきた答えはこうだった。
「部活というのは昨日見せたお守りの件や、これから行う実験等、主に私の好奇心を満たす為の活動のことです。部員は貴方と私。もちろん非公式なものですから正式な部室や予算はありませんが、部室代わりにあの図書室を使います。鍵は職員室から拝借しました」
「要するに、放課後に空き教室に忍び込んで一緒に遊ぼうってことですよね」
「妥当な解釈です」
「職員室から拝借って……完全に泥棒じゃないですか。先輩、図書室を勝手に使うのもそうですけど、規則を守る精神に欠けます」
「はい、欠けますね」
「…………いや、欠けますね、じゃなくて。ばれたらやばいですって」
「危険と隣り合わせのほうが楽しいと思います」
「た、楽しいって……。先輩、真面目な性格かと思ってたんですけど」
「真面目な女性が好きですか?」
「そ、そういうことじゃなくて……」
 その後だんだん、先輩がとても自分の欲望に正直な人だということがわかってきた。

 夏休みになり、七月の終わりに先輩から電話がかかってきた。
「イタリアに行くので一緒に来てください」
「イ、イタリア? え? 一緒に? 何の話ですか?」
「部活の話です。パスポートは持っていますか?」
 運の悪いことに、中学校の時に家族で一度韓国に行ったことがありその時に取ったパスポートがあった。
「も、持ってますけど……。部活って何をするんですか」
「良かった。目的は着いてから話します。明日から二泊三日ですが不都合はありますか?」
「あ、あ、明日?」
「お暇ではありませんか?」
「暇ですけど……そんな急に。お、お金は」
「あります。心配いりません。では明日の朝八時に迎えに行きますので準備しておいて下さい」
 たったこれだけの会話で人を海外に連れ出すこの強引さ。先輩は本当に翌朝迎えに来たので家族に見つからないように気を使った。僕が急に旅行に行くと言っただけで驚いていた親に、とても女性の先輩と海外になんて言えなかったので、男友達と国内の旅行に行くとだけ言っておいた。わりと放任主義の親で、あまり詮索されなかったのは助かった。
 てっきり先輩が家族か友人とイタリア旅行に行くから一緒に来ないかという話だと思っていたら、誰も合流しないまま飛行機に乗せられてしまい、イタリアについた時点でどうも二人きりの旅行だと気がついた。
 先輩と話しているといつの間にか話が脱線していて、いつも肝心なことを聞きそびれる。しかし先輩がいつもの調子と全く変わらないのは僕には助かった。

 *

 真実の口についていた血を、清掃スタッフが綺麗に洗い流していく。慣れた様子だ。やはり、よくあることなのだろう。
 僕と先輩は近くの柱によりかかってその様子を見ていた。
「先輩、いつも思うんですけど、行動する前にまず考えたほうがいいと思います」
「同意します」
 いや、先輩のことを言ってるんですってば。
「……あの、先輩が脊髄反射で動いてるように見えるときがあるので」
「どういう時ですか?」
「思い立っていきなり日本からイタリアに来ちゃうこととかですよ」
「日本からここまで移動するのに十時間以上、複雑な行動を取っています。とても脳が関与しない脊髄反射で可能だとは思えません」
「いや、脊髄反射というのは物の例えでして……」
「わかっています。私は計画的です。この旅行を思いついてから一ヶ月、アルバイトというものを始めてお金を貯めました」
「一ヶ月も前から考えてたんなら僕にももっと前に言ってくださいよ」
「こういうのは伏せておいた方がサプライズと言って喜ばれると聞きました」
「え? いや、どっちかっていうとドッキリって言うと思いますが……」
「和訳ですね」
「ち、違います違います。サプライズとドッキリは意味がかなり違います」
 先輩はどこか上の空のようだった。
「あ、悟さん」
「なんですか?」
「ちょっとあのお爺さんと話をしてきます。ついてきてください」
 先輩は、僕の手をとって、歩いていった。真実の口から少し離れた場所で、こざっぱりした服を着た初老の男性が立っていた。
 先輩は、そのお爺さんに話しかけていた。僕には何と言っているのかわからなかったが……。
 ひとしきり先輩と話をした後、お爺さんは先輩に手を振って去っていった。
「何を話してたんですか?」
「さっきの男性は、何と言って噛まれたのかと聞きました」
「お爺さんは何て?」
 先輩は、少し黙った。何か考えている。やがて僕を見て言った。
「悟さん、これは面白いクイズになっていると思うのですが……」
「何でしょう」
「あの真実の口に手を入れて「私は嘘をついている」と口にした。そうしたら手首を噛み千切られた。これはどういうことだと思いますか?」
「私は嘘をついている、ですか?」
 えーと。あれ、なんかおかしい気がする。そういうの、何かで読んだ気がするな。
「先輩、おかしいですよ。それ、嘘つきのパラドックスじゃないですか。その言葉を本当と受け取っても嘘と受け取っても矛盾するってやつです。真実の口があの男性を噛んだのなら嘘をついているという言葉をそのまま受け取ったことになりますが、そうするとあの男性は嘘をつくと言ったけどそれは嘘、つまり本当のことを言ったってことになりますよね。でもそうしたら真実の口が噛んだのがおかしい筈で……」
 あれぇ? この場合、どうなるんだ? 真実の口は噛むことも噛まないこともできないんじゃないのか。
 しかし先輩は回答を用意していた。
「単純に物事を真偽に分けて考えればその通り、矛盾します。ですが私はこうではないかと思います。「私は嘘をついている」は、貴方の言うようにパラドックスです。つまりある意味、真実でも嘘でもない、とも言えます。ということは少なくとも真実ではない。よって、真実の口は「真実を口にしなかった」ということで噛んだのです」
 真実でも嘘でもない……。
「……嘘と言いきれなくとも、真実といえない場合は噛む、ということですか」
「あくまで私の仮説にすぎませんが」
 理屈はわかる気もする。まぎらわしいなら噛む、という乱暴なルールとも言えるが。
「悟さんの回答は?」
 先輩が逆にたずねてきた。
「えーと、僕はですね……」
 どうしよう、何か言わないと。
「真実の口が、イタリア語を理解できなかった、とか」
 先輩が、くすくすと笑った。
「悟さんのそういうところ、好きです。私とは発想が違っていて。最も、あの男性の話した言葉がイタリア語だったかどうかはわかりませんが」
 先輩は、そばの柱にあった張り紙を指差した。そこにはどうやら各国の言葉で何か書いてあるようだ。そのうち、上から5番目が日本語だった。
 僕はそれを読み上げる。
「えーと……これまでに手を噛まれた日本人は5人です」
 そう書いてあった。
「一番上の行にはイタリア語の文章があり、数字が36となっています。イタリア人の犠牲者が多いようですね。つまり、日本語も通じるしイタリア語も通じる。真実の口はマルチリンガルだということです」
 僕の回答は不正解だということだ。
 なんとなく二人で笑いあった。
「でも、先輩がイタリア語が話せるなんて意外でした」
「いいえ? 話せませんよ」
 ……。って、待て待て。
「先輩」
「はい」
「てことは……今の話、もしかして先輩の作り話ですか?」
「はい」
 僕は脱力した。
「なんでそんな嘘を……」
「悟さんはイタリア語を理解できるのですか?」
「いえ、僕にだってわかりませんが」
「では、嘘だとは限りませんよね。私の作り話とあのお爺さんが話した内容が同じである可能性だってあります」
「違っている可能性のほうが高いです」
「悟さん、誰だって、他人の言葉を誤解しながら聞いているのです。思いは言葉に変換され、再び元に戻す為に逆変換される。その過程で多かれ少なかれ、必ず情報の欠落、ノイズの混入、誤変換が生じます。言葉によるコミュニケーションの限界というものです」
 この手の物言いには僕もだいぶ慣れてきた。
「いやいや先輩、だからって相手の言葉を無視して勝手な想像で置き換えていいことにはなりませんって」
「はい、そうですね。私もあのお爺さんの言ったことと私が貴方にした話の間に生じた差は無視できないものだと思います」
 先輩がいきなり素直に認めた。先輩がこうやって現実に着地するのは、何か目的がある時だ。嫌な予感がする。
 先輩と僕が話している間に、清掃スタッフは掃除を終えてどこかへ消えていた。
 真実の口の前はがらんとしていて、遠巻きに見ている人がいるだけだった。さすがにあの惨事の後ですぐに手を入れてみようとする人はいないようだ。
「さて、悟さん」
「じゃあ帰りましょうせんぱ」
「真実の口を使いましょう」
 やっぱり。
「マジですか」
「部活ですから。ではまず、私からです」
 先輩が腕まくりをしている。
「やめてください! 先輩、これだけは本当に……! 危ないです。見てなかったんですか? さっきの人の手。本当に切断されたんですよ?」
「ありがとう。心配してくれるのは本当に嬉しいです」
 先輩は僕の手を握って微笑んだ。照れてしまい一瞬固まる。その隙に。止めようとした時にはもう遅かった。
「でも大丈夫。これが目的で来たのです。私は本当のことを口にします」
 先輩の手が真実の口に突っ込まれていた。僕は思わず、自分の人さし指を立てて唇に当てる格好をした。黙っててください、という合図だ。
「せ、先輩……お願いですから、うかつなことを言わないで下さい。うっかり嘘を言ったら大ケガになります」
「わかっています。ですから……」
「わーっ。わーっ。返事しないでいいですから、とにかく、一度抜いてください。何も喋らないで。一度抜きましょう」
「悟さん、私は真実を口にします」
 僕はもう、気が気じゃなかった。口をぱくぱくさせて、かなりバカみたいだっただろう。
 先輩はしばらく微笑みを浮かべたまま僕を見ていた。僕が落ち着くのを待っているということか。
 僕はひとしきり説得を試みたが効果がなく、かといって無理に引き抜こうとしても先輩が何か滅多なことを口走らないとも限らない。しかたなく黙った。
 先輩が、口を開いた。

「私は、鹿島悟を愛しています」

 え…………。
 先輩は…………そう口にした。
「…………」
 僕は何も言えず…………そうして数十秒が経過した。
「わかって貰えましたか?」
 先輩は手を引き抜いた後、そう言った。
 パチパチパチパチ……。
 その時、どこからともなく、拍手が起こった。次第にその数が増していく。まわりを見ると、ギャラリーができていた。みんな、先輩に向かって拍手をしているのだ。たった今被害者が出たばかりのこの海神トリトンの口に手を突っ込んで、何かを宣言した少女。日本語ゆえ意味はわからなかっただろうが、その決意は、覚悟は、言葉の壁を超えて伝わったのだ。
 僕は急に恥ずかしくなり、顔が火照るのを感じた。先輩の言葉は真実だということだ。
 先輩は皆に向かって一礼した。また一段と大きくなる拍手。
 そして、僕のほうを振り返り、真実の口のほうへ手を向ける。
「あなたの番ですよ、悟さん」
 え?
 ……。
 ギャラリーが……僕に注目している。
「ぼ……僕も……やるんですか?」
「ええ」
 先輩が、微笑んでいる。
 僕は汗が止まらなくなってきた。
 今になってさっきの先輩の作り話の意味がわかった。「真実とも嘘ともいえないこと」は「真実ではない」と解釈されうる……ということだ。さっきのはあくまで先輩の仮説であって、実際には噛まれないかもしれない。でも噛まれるかもしれない。可能性があるということを先輩は示した。それだけで十分だった。
 僕は先輩が好きだ。これは嘘じゃない。嫌いだったらこんなに一緒にいない。だが、真実か? 嘘じゃないだけで、真実ともいえないのではないか?
 この手をあの彫刻に入れて「先輩のことを愛している」という言葉を口にできる程の、絶対の真実だろうか。少しでも真実と言い切れないのなら、噛まれる……かもしれない。
 先輩には、少しも自分の気持ちを疑わない強さがある。それは僕には無い……。
 先輩を愛しているかだって? そんなのわからない。
 この先、絶対に先輩を嫌いにならないと言えるか?
 今でさえ……先輩の行動に困ることも多い。
 ……言えない。僕には言えなかった。
 僕は、ダラダラと汗を流しながら、先輩を見た。
「悟さん……」
 先輩が僕を見ている。
「先輩……」
 先輩が僕の右手を取った。そして、両手で包み込む。
「凄い汗です」
「はい…………」
 先輩の顔が……完全なバランスを保っていたその顔が……少し歪んだ気がした。
「悟さん」
 先輩が手を離した。
「私は理解しました。本当にごめんなさい」
 先輩は、目を閉じた。
「困らせてしまって申し訳ありませんでした。私はわかっていなかったのです。私は……人の気持ちを推し量るのが不得意なのです。こんなことをしなくては……好きな人の気持ちもわからないような人間なのです」
「……先輩……すみません」
 僕は謝ってしまってから、後悔した。でも、取り消すこともできなかった。
「悟さん……謝らないで下さい。悪いのは……」
「先輩は悪くありません」
 先輩は弱弱しく微笑んだ。
「そうですね。私も悟さんも悪いことをしたわけではありません。ただ、私が誤解していただけです。悟さんは……私を愛してはいなかった。それだけのことです」
 先輩の目から……涙が一滴、こぼれ落ちた。
「帰りましょう」
 先輩が、僕の手を引いて、ギャラリーを掻き分けるようにして歩き出した。
 周りのギャラリーががっかりしたようなため息を漏らした。僕を責めるような目線と同情するような目線が混じっている。
「先輩……。僕は……」
「何も言わなくていいです。何を言われても辛いだけです」
 拒絶の言葉。
 先輩が、歩きながら言った。
「私はイタリア語は理解できませんが……」
「……?」
「あのお爺さんと話したのは英語です」
「……」
「英語なら、私にもわかります」
「それじゃあ……あの真実の口に噛まれた男性は……なんて言ったんですか」
 先輩は歩みを止めずに言った。
「俺は浮気はしていない、だそうです」
 ……。
「あの側にいた女性が奥さんで、詰め寄られていたのだそうです。疑いを晴らしたかったら、真実の口に誓ってくれと」
「そんな……。真実の口が本物だと知らなかったんでしょうか……」
 いや、知っていたからか……。
「奥さんはともかく、男性はわかっていたようです。だから拒んでいた。ですが最後には折れ、誓いました。そして手首を噛み千切られたのです」
「浮気をしていたことが、はっきりしてしまったということなんですね」
「そうです」
「その奥さんは……許さなかったでしょうね。浮気をしていたことが何よりはっきり証明されてしまったのですから」
 僕がそう言うと、先輩は、足を止めた。
「……そうでしょうか。私は許したと思います」
 先輩は僕の方を見ることなくそう言った。
 許した……。浮気をしていないという男性の誓いが嘘だとわかったのに……?
 先輩はこう続けた。
「でも悟さん、勘違いしないで下さいね。私は貴方に嘘をついて欲しいと言っているわけではないのです。貴方が嘘をついて手首を失ったら、私は貴方を許しません」

 心を見透かされたような気がした。心の片隅で、なぜ嘘でもいいから言えなかったかと悔やんでいたからだ。噛まれてでも、言うべきだったんじゃないのか。でも、先輩の言うとおり、きっとそれは意味が無い。手首から先の無い僕が、どんな顔で先輩を見られるだろう。先輩を二重に悲しませるだけだ。

 僕は先輩とは違う。
 自分の気持ちにさえ、自信なんかもてない。

 ……。

 ……でも、僕にも言えることがある。

 先輩には及ばないが僕にも言えることはある。

 先輩の手を振り解いた。先輩が、こちらを振り向く。先輩の目を見て、一秒。後ろを向いて、駆け出した。
「悟さん!」
 先輩の声を背に、ギャラリーを押しのけ、突き飛ばして走る。駆け戻る。彫刻の前に。元々はマンホールの蓋だったというその丸い石の前に。その中央に描かれた気持ち悪い老人の顔の前に。
 僕は一瞬だけ真実の石を見つめた。そして大きく息を吸い込んで、その口に手を突っ込んだ。唇の隙間から、手をねじ込む。彫像なのに、口のとこだけ弾力があった。ああ、そういうことか。僕の記憶にないこの唇の部分は誰かが後からつけたものなんだ。きっと、口の中で手首を切断する歯か何かが、外側から見えないようにという配慮だろう。
 僕は、振り返った。先輩が駆けてくる。
「先輩…………僕は真実を口にします!」
「やめて悟! お願い!」
 先輩が、悲痛な声をあげた。
 でもやめない。
 先輩、すみません。
 僕は今、愛しているとは言えない。それは自分でもわからないから。
 でも少なくとも、これだけは言える。

「僕は、先輩…………山本涼子さんを……好きになりたいと思っています」

 ギャラリーが静まり返っている中、僕の日本語が響いた。
 先輩が駆け寄ってくる足音だけが響いた。
「ダメ……!」
 先輩は彫刻につっこんでいる僕の右腕をつかんだ。引き抜こうと力を込めているのがわかる。
 でも、僕は抜かない。抜かせない。
 今、抜かせるわけには……いかない。
 …………。
 …………。
 …………。
 そうしてどれくらい経っただろうか。
 …………。
 パチ。
 パチパチ……。
 僕らの様子を見守っていた群衆から、拍手が聞こえてきた。
 まばらに聞こえてきた拍手が、やがて周囲に伝播していき、この彫刻のある一角を中心に教会中へと響き渡った。歓声も上がっている。
 先輩が、力を抜いた。
 ……僕は、まだ手をつっこんだままだった。どのくらい時間が経っただろうか。どのくらい噛まれないでいれば、真実を口にしたことになるのか?
「悟……ばか……ありがとう」
 先輩が、僕に後ろから抱き付いてきた。
 それで僕には十分だった。僕は手を引き抜いた。
「先輩……。敬語じゃなくなってますよ」
 僕が笑いかけると、先輩も微笑み返した。
「うん、そうだね」
「帰りましょうか」
「……はい」
 拍手に包まれながら、僕と先輩は教会を後にした。

 *

 帰りの飛行機の中。
 隣で寝息を立てる先輩を見る。二泊三日の慌しすぎる旅行。二泊とも、ホテルでは当然別の部屋だった。結局、先輩が目的だと言っていた教会に行った以外は、ブラブラと町を歩いただけだった。

 僕は考えていた。

 本当に、あれは真実の口だったのだろうか?
 人の手首を噛み千切る彫刻だって? そんなもの本当にあるのか?
 大体、本当にそんな危険な彫刻があったら、そんな簡単に人を近づけるものか?

 もしかしてあの男、芝居だったんじゃないだろうか。さほど痛がっていなかった気がしないか?
 本当に手首は切断されていたのか? 血まみれでよくわからなかった。
 口の中から拾い上げられた肉塊は作り物だったんじゃないか?

 もしかしてあのギャラリーも、サクラだったんじゃないだろうか。
 世界的に有名なわりには観光客が少なかったような気もするし……。
 それに、さっき酷いけが人が出たばかりの場所で、悪ふざけとも取られかねない行動をする外国人に、拍手?

 隣で寝ている先輩を眺めた。
 もしかしてこの旅行の最初から、全部先輩がしくんだことだったんじゃないだろうか?

 僕は、のびをした。

 それも、そんな風に考えることもできる、というだけのことだ。現実は何も変わらない。
 先輩があの教会で目を閉じて言ったことと同じ。自分の見ていないことについては、いくらでも想像することができる。でもそれは全て想像にすぎない。勝手に決め付けたって仕方が無い。
 先輩はここにいるんだ。知りたければ、聞けばいい。
 後で聞いてみよう。

 でも今は、起こさないように。

 まだまだ僕は先輩に振り回され続けるんだろうな、と思った。
牛髑髏タウン DN9w0wBvqc
http://mypage.syosetu.com/84196/
2010年11月21日(日)02時54分 公開
■この作品の著作権は牛髑髏タウンさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
苦労しました。難しかったですが……お題にあわせて小説を書くというのは初めてで、結構面白いものですね。


この作品の感想をお寄せください。

2011年02月06日(日)01時41分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> 感想さん

読んでいただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけて何よりです。作者としてはそう言っていただけるのが一番励みになります。

結構頻繁に場面転換が入りますが、それが上手く機能していたのであれば良かったです。

この作品を書いてから二ヶ月以上が経ちますが、こうして感想をいただけると本当に嬉しい限りです。生みの苦しみがかなりあった一作でしたが、その甲斐があったという感じです。

どうもありがとうございました。

pass
2011年02月05日(土)17時26分 感想  +50点
かなりの高レベルで面白かったです。
場面転換の上手で最後まで楽しんで読めました。

134

pass
2011年01月19日(水)09時14分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> 開蔵さん

いえいえ十分です。
「楽しかった」「面白い」と言っていただければそれに勝る喜びはありません。

それにしても、企画の九割に目を通しているとのこと、凄いですね。頭が下がります。私も少しは開蔵さんを見習いたいです。

ほうぼうで目にする開蔵さんの感想はとても楽しいです。こちらも短いコメントで恐縮ですが、どうも読んでいただきありがとうございました。

pass
2011年01月18日(火)22時33分 開蔵  +40点
以前から何回か読んでいたのですが、とても面白いですよ。

感想が短くて申し訳ありません。私事ながら、感想を以前のように急ピッチでこしらえるのが難しくなってきたうえに、
この企画のおよそ九割に目を通していながら、感想を付けたいのにまだ付けていない作品が多数あるので、
やむをえず、質より量、質より数の原則に甘えさせていただくことにしました。
他の方がとても示唆に富んだ指摘や批評をされていますし、私のわがままをどうかご容赦ください。

全力で、「投稿」する!そーれ、ポチっとな。 
139

pass
2011年01月09日(日)13時50分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>真柴竹門さん

はじめまして。初詣に行ったついでに買ってきたきなこ飴を食べながらレスです。

楽しめましたと言っていただけるのが本当に嬉しいです。「読んで楽しめるものを書きたい」といつも思ってます。

久しぶりに感想を貰えて嬉しかったので、少し執筆中に考えたことを喋ってしまおうかと思います。解説めいたものを作者が書いてしまうのは読者の読み方に影響を与えてしまう気がして腰が引けるのですが、気がつけば今までのレスの中でもちょこちょこ書いていますし、もういっかなと(笑)。
もっとも、私も自分の考えを全部言葉にできないので、あくまで「こうも読める」という一読者の意見とでも思っていただければ幸いです。

企画の趣旨「哲学とヒロインを題材に小説を書く」を聞いた時に、哲学を専門に勉強している女の子を書くことも一瞬考えました。折にふれて哲学史に触れながら「誰それはこう言った」という解説をする感じの。

でも、哲学の魅力ってそういうことなのかな? と思いました。誰がどういう説を提唱したとか、用語や概念はどういう意味だとか、そういう哲学の知識を「知る」ことが楽しいというよりも、それについて「考える」ことが楽しいんだよな、と。

で、わからなくなったので今一度「哲学的」って言葉に立ち返ることにしました。この言葉の印象を考えてみたところ、ざっくり言って、「考えてもしゃーないことを考えてる」ってイメージかなと(ざっくりすぎですが)思いました。

実際、考えても考えなくても、現実が変わるわけじゃないし、差し迫った問題(今日の晩御飯どうしよう的な)は何も解決しないことも多い。

でも、どうでもいいことを議論しているようにも見えるのは、常識や先入観で決め付けないからですよね。その姿勢はきわめて真面目だし、誰もが納得できる論理を基にしている。宗教と違い、信じることを前提にする不誠実さがない。だからそうして生まれた概念や物の見方が、時として生きるためのヒントになることもある。

そういう「哲学的」という言葉のイメージそのものを、擬人化してみようと。それを出発点にして試行錯誤の末に生まれたのが、先輩でした。

冒頭部ですが、単にインパクトだけを狙ってああなったわけでもなくて、こういう不確定性原理の話なんかの哲学的なテーマを、ただ登場人物が「話題」にするだけにしたくないなと。それだと真剣味にかけるし、だったら何も小説の形を取らなくてもいいわけで。だから登場人物は単に話題にしてるだけだけど、読者にとっては「現実の問題」になるような仕掛けにしてみました(書いてる時にそこまで明確に考えてたわけではないですが)。

真実の口自体も、もともと単なる「話題」にしかならないですが、「現実の問題」にしてみたという同様の仕掛けでもあります。

思考実験が証明の役に立たないのは仰るとおりだと思います。実験自体、作中で先輩が言っているように証明にならない面がありますが、それでも事実に関する情報が増えます。頭の中だけで繰り広げられる思考実験は、情報が増えるわけですらない。仰るとおり、思考実験の意味はロジックと問題設定の確認ですよね。何が問題なのかをはっきりさせられるのがいいところ。

> しかしこうしてみるとあんまり作者の役に立たないようなことばっかり書いてますね、私って。さっきから「評価しない」「感想しない」ばっかりです。

いえいえ、何でも思ったことを言って貰うだけでプラスになりますし、「読んで貰えたんだ」と思えることが何より大きいです。

どうもありがとうございました。


pass
2011年01月09日(日)02時48分 真柴竹門  +20点
はじめまして、真柴竹門です。深夜アニメを久々にリアルタイムで視聴しながら感想です。
実は十二月初旬にこの作品を読ませて頂きましたが、色々とあったため今日になって感想を投稿します。

さて、出だしですが上手いか下手かは判断しません。
まず最初に読み出したとき『ははあ、量子論の不確定性原理の話だな。ふふん、子供だましな遊びをしおって。どうせ目を開けたら陳腐な学校のベンチという日常さ』と高をくくっていました。
そこでいきなり本当のローマにいます、ってんだから「読者のハートをキャッチ」どころか……
『へ? ……SF?! もしかしてヒロインってワープ能力の持ち主?!』
……という具合にかなり混乱しました。「面白そうな作品だ」という理由ではなくて、とにかく状況を把握するために先へ進んだって感じです。
ですから「面白い出だしか?」「興味がそそられる始まりか?」といった判定は私にはできません。ただ「読者の気を引く冒頭か否か」といった観点からは「成功してる」といえます。なにせそれが私ですもの(笑)。

次にキャラですが、涼子先輩が結構かわいいですね。敬語しかしゃべれないというのはチャームポイントです。
そしてそれは「機転、機知」とは程遠いカクカクした思考をする内面とフィットしています。萌え、ってほどではないんですが確かに涼子先輩は可愛いです。
その涼子先輩に「敬語でしゃべって」と頼む主人公もちょっち天然なSの持ち主であろうかとお見受けられます(笑)。でも最後に真実の口へ手をつっこんで男を見せるシーンには……
『コイツはただのへなちょこ主人公じゃなかったんだな』
……と感心しました。コイツなら何とか哲学的彼女とタメを張れるでしょう。あくまで「何とか」ですが(笑)。

哲学的な部分ですが、正直いって「ちょぴっとものたりない」と思いました。けど、今回の企画はあくまで「哲学的」ですし、作者本人も「ええ、正直、哲学を深く掘り下げようという小説ではありません」と主張してますんで、この点では評価しないことにします。
しかし、今回の作品で「思考実験」の難しさを始めて思い知らされました。
ここまで出ている感想だけでも、星城羽白さんの疑問、svaahaaさんや金椎響さんの解釈、野々宮真司さんの改善案、などなど幅広い意見が提出されています(取りこぼしは無いかな?)。
多くの意見を集めるためのテーマ作りや、思考過程のロジック確認といった目的なら思う存分に思考実験を利用してもいいのでしょう。
しかし何かを証明・真偽の判定を下す目的には非常に危うい方法だといえます。つまり思考実験を「真実の口」のようには使えない、ということです。私は本作品を読んで涼子先輩の「真実を口にしなかったから噛んだ」説をひょいひょいと受け入れました。
けど他の解釈も可能だと知って「涼子先輩説だけが正しい」と心のどこかで思ってた私は本当に驚きました。つまり、思考実験というのは本作の「真実の口」のように難しいということです(……何いってんだ自分? 思考実験=真実の口、だから当たり前じゃん)。
かといって、思考実験の魅力はその扱いやすさですから「安易に使うな!」と言えるはずがありません。結局、思考実験を扱う人間側が、問題設定作りにいかに長けているか、なのでしょうね。
……すんません。なんかグダグダになってきました。哲学の観点からの感想はここまでってことで。

しかしこうしてみるとあんまり作者の役に立たないようなことばっかり書いてますね、私って。さっきから「評価しない」「感想しない」ばっかりです。
何というか、上手く表現できないのですけど、この作品を多角的に見ようとしても本作品がそれを拒絶するみたいに感じるのです。あ、別に貶してませんよ!
つまりは、エンターティメント性を重視した良作品なんだから、頭でっかちに考えずに楽しめってことでしょうかね? ちょっと構えすぎなのかもしれません。

点数はちょっと低めで厳しめな二十点です。私はどうもこの作品に戸惑っているので。
でも確かに楽しめましたよ。それは嘘じゃありませんからね。
それではこのへんで失礼します。

143

pass
2010年12月21日(火)07時24分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> モーフィアスさん

まず途中までとはいえ、読んでいただいたことに感謝を。どうもありがとうございました。

冒頭部のおもしろさは意図的か、というのは難しい質問です。

仰るとおり、小説の導入部は読者を退屈させたら最後読むのを止められてしまうので、(特に短編とはいえ比較的長めのこの作品では)読者を引き込む為の仕掛けは重要だと思います。工夫した点であるのは確かです。

当たり前すぎて言うのも変なことではありますが、最終稿を仕上げるまでに推敲を重ねる過程で、構成から一言一句に至るまで出来る限り神経を行き渡らせたつもりです(うまくいっているかは別として)。そういう意味で、意図的でないものなんてないとも言えます。

難しい質問と言った理由は、作品における全てが作者の意図通りに受け取られるわけではないので、私の意図とモーフィアスさんの感じたものが同じかどうかわからないという意味です。結局は読者がどう感じるかですから。

さて、企画の趣旨に関しては、たぶん大きくモーフィアスさんと私で解釈が違っていると思います。
私はまず第一に「魅力的なヒロインを描く」事を目指しました。その手段として哲学「的」なエッセンスを用いる、というスタンスで本作を書いています。この程度で哲学とは、と感じられたのもその辺の差かもしれません。ええ、正直、哲学を深く掘り下げようという小説ではありません。

同じように私もまた他の参加者の方と大なり小なり解釈が違っていると思います。そういう意味で、審査の難しい企画ですね。

モーフィアスさんの作品に評価を入れることを禁じられてしまったのは残念ですが、一言だけ言わせて頂ければ、マイナス点なんてとんでもない。少なくともこの企画に対するアプローチの仕方は実に独創的。群を抜く執念のような情熱を感じます。実験と言わず完成作を見たいと思いました。

モーフィアスさんの期待にはそぐわなかったようで残念ですが、なかなか刺激的な感想をありがとうございました。


pass
2010年12月20日(月)01時17分 モーフィアス  +20点
 このサイトの作品を数十作品ばかり覗いてみて、がっくりきてたんですがね。
 けど、この作品が最多得点な理由は、一応は納得はしました。
 つまるところ、冒頭から退屈ではないから。
 ほとんどの作品は、特に意味のない一挙手一投足やら面白くない事柄やら嘘くさい台詞やら作者のスタンドプレー的な展開やらが冒頭から延々と並べられてだけ。
 けどこの作品は、冒頭から他人を面白がらせるような展開で始まっていて、それが続いてる。途中までしか読んでいないけど。
 そうでなければ、素人の作品なんて、誰も読まない。最初の数行で面白くなさそうなら、速攻でブラウザの「戻る」を押されていることでしょう。
 ほとんどの人は、そうやってぞんざいに他人の作品を扱っているのに、自分の作品もそういう風に扱われているとは思い至らずに、冒頭から退屈な作品を書く。
 他人の作品というものを小説投稿サイトで見ていて思うことは、どう書いたら他人が面白いと思えるのか、そういうことに自覚が無い人がほとんどである点。
 小説投稿サイトに、たまに複数の人が面白いと思える作品があったとして、その面白さは、意図的な努力の結果なのか、それともただの偶然なのか。

 この作品、冒頭のおもしろさは、意図的ですか?
 「ありきたりな日常の描写から始まったら読者は退屈だから、いきなり一風変わった展開から始めよう」
 とかその他、他人の興味を引く努力をした結果ですか? だとしたら、実力なんでしょうけど。

 観客に点数をつけさせるサイトである以上、最多得点であることは、運営側は無視できない事象です。無視したら、「じゃあなんで客に点数つけさせたんだ、意味ねぇだろ」ってことになる。
 だから多分、一番に選ばれるのはこの作品でしょう。

 ……けどなぁ。
 この作品、この程度で哲学とは、全然言えないんですが。ただのライトノベルズですよ、これでは。
 私からしてみたら、「哲学要素を持ち込んでライトノベルズを書く」という趣旨に従っているのは、自分だけにしか思えない。
 これはもう、私がこのサイトのことを勘違いしているのか、他の参加者全員が勘違いしているかのどちらかでしかない。

 最後に。
 20点を入れたのは、
 「哲学的要件は満たしていないというのが個人的結論だけど、まぁこのサイトの他の作品を鑑みて、面白いなら、もうそれでいいってことか」
 ってな投げやりと妥協の気分で入れたものです。

 「20点を入れたら20点返してもらう」なんてのは嫌なので、私が点数を入れた人からは点数を入れ返してもらいたくはないです。マイナス点をつけるのであれば、自由に評価してもらってかまわないし、それで別に恨むも減ったくれもないです、はい。
149

pass
2010年12月14日(火)23時56分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> エキセントリクウさん

読んでいただきまして、ありがとうございます。
楽しんでいただけて何よりです。

>1 山本涼子という名前が出て来るのが遅い気が……

仰るとおりです。狙ったわけでなくちょっと構成ミスでした。悟も名前を呼ばないのでつい忘れがちです(笑)。

>2 炎熱地獄ラーメンの説明は……

なるほど。確かに言われてみるとちょっとクドいような感じもしますね。ご指摘ありがとうございます。

>3 エンディングの「帰りの飛行機の中〜」以降……

まとめ……に見えてしまったのは想定外でした。そう感じさせてしまったものが何か、よく考えてみようと思います。小説に単なる「まとめ」が不要というのはよくわかります。

長い作品を読んでいただき、ありがとうございました。

pass
2010年12月14日(火)12時20分 エキセントリクウ  +20点
楽しく読ませていただきました。
以下、気づいたところ3点です。

1 山本涼子という名前が出て来るのが遅い気が……。冒頭で名前を出した方がいいかな、と思います。ミステリアスなオープニング、というのも、わからないでもないですが(それだったら、もっと謎めいててもオーケーです)。

2 炎熱地獄ラーメンの説明はすべて取り去ってオーケーです。私は炎熱地獄ラーメンだけで十分通じました。せっかく面白いギャグなのに、長々と説明されて、もったいないです。

3 エンディングの「帰りの飛行機の中〜」以降、すべて取り去ってオーケーです。これはいわゆる「まとめ」というやつで、小説でこれをやると余韻がなくなるので、やらない方がいいです(短編では特に)。




138

pass
2010年12月12日(日)07時14分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>nさん

読んでいただいてありがとうございます。

もったいないお言葉です。こんなにたくさんの方に感想頂けたるなんて思ってなかったので、とても嬉しいです。

私も二人にはもっと活躍して貰いたい気持ちがあるので、シリーズにしてみようかなと思ったりしています。この企画中には間に合わないかもしれませんが、そうしたら小説家になろうの方に投稿させて貰おうと思います。

とても励みになるコメントありがとうございました。

pass
2010年12月12日(日)07時13分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> 野々宮真司さん

感想ありがとうございます。

非常に丁寧に読んでいただいて、ありがたい限りです。

ある意味、真実の口は安易と言えば安易な気もしてました。
確かな文章力……とまで言っていただくにはまだまだ足りないと私は思っていますが、本作の構成がうまくいっているのなら嬉しいです。

確かに、悟に関してはもっと掘り下げた方が良かったかもしれません。
ある意味、彼はツッコミ(?)なんですが、私はいつもツッコミ役が薄くなってしまいがちで、それに気付かされました。

あと、つい私も先輩に興味がいってしまってたというのもありますが(笑)。

ためになるご指摘ありがとうございます。読んでいただきありがとうございました。

pass
2010年12月12日(日)07時12分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>腐れ大学生さん

感想ありがとうございます。

楽しんで頂けたようで何よりです。

>まず先輩可愛いです。超可愛い。

ありがとうございます。
先輩のイメージが固まってくるのに時間がかかりましたが、その甲斐がありました。

>学校でいちゃいちゃしてやがるのかと思ったら、まさか本当にイタリアに行っているとは。

ちょっとした仕掛けが思いつくと書いてて楽しいです。
ところでイチャイチャ…してますかね。確かにしてるといえばしてるかもしれません(笑)

>マジックリアリズムとでもいうのでしょうか。現実と非現実が上手い具合に接合されているように思います。

なんとなくですが、ちょっと意識はしていたことだったので、気付いていただいて嬉しいです。

>んでテーマの哲学要素に関してですが、私はその手の知識がさっぱりですので下手に言及しないことにします。

私も哲学を専門に勉強したりしていたわけではなく……知識として体系化されたものを持ってはいませんので、どちらかというと主眼は「哲学」より「哲学的」というところに置いてみました。

>長々と中身のない感想を垂れ流して申し訳ない。
とんでもないです。腐れ大学生さんに読んで頂いて感想をいただけただけで嬉しいです。

pass
2010年12月08日(水)20時27分 n  +50点
とても面白かったです。
哲学的考察も楽しめ、主人公たちの距離感にもドキドキしながら読みました。
シリーズ物で、この二人のお話を読みたいです。
出会う前や、今後の話など、もっともっと読みたいです。
131

pass
2010年12月08日(水)20時09分 野々宮真司 H4HIQlHxIA +30点
 牛髑髏タウンさん、初めまして。野々宮と申します。
 真実の口が、実際に人の手を噛みちぎるという奇抜な設定。そして、敬語でしか喋れない、先輩のかわいらしいキャラクター。ある意味、本作の魅力を支えているのは、このたった二つの要素なのですが、そのシンプルな戦略が功を奏しています。むろんそれは、奇抜な設定と不思議なキャラを支える「確かな文章力」があってこそ可能だったわけで、作者さんの力量の高さが伺えますね。哲学要素を先輩のキャラを演出するために利用している点も、本企画の趣旨にふさわしい優れた処理です。お見事。
 今のままでも十分に傑作と言えますが、さらなるブラッシュアップを図るためには、悟くんについてもっとキャラクターを掘り下げる必要があります。先輩の素晴らしさに比べると、主人公のキャラが若干薄いので、物語の強度がやや不足しているきらいがあるんですよね。
 具体的な改善法としては、悟くんに「克服すべき精神的弱点」を与えるのがいいと思います。たとえば「自分の本当の気持ちとは違うことを言ってしまいがち」といった弱点を与えれば、「真実の口」の設定をより生かすことができるでしょう。ポイントは、全体のストーリーを悟くんの成長プロセスとして構成する、ということにあります。物語の強度を高める上で、「主人公の成長」はきわめて効果的な要素なので、ぜひ取り入れてみてください。
 すでに十分高い筆力をお持ちの作者さんだと思いますので、この調子でがんばってください。応援しております。
130

pass
2010年12月08日(水)18時01分 腐れ大学生  +40点
素晴らしいの一言ですね。
でも一言だけではあれなので稚拙ながら感想を書かせていただきます。
まず先輩可愛いです。超可愛い。
敬語じゃないとまともに喋れないとことか、こつこつ貯めた貯金を怪しい通販商品に使っちゃうとことか。
それでも確固たる自分を持ってそうなところが良いと思います。
内容の方も冒頭から驚かされました。
学校でいちゃいちゃしてやがるのかと思ったら、まさか本当にイタリアに行っているとは。
更に真実の口が本当に手を噛みちぎるという超展開。にも関わらず違和感なく読み事ができました。
マジックリアリズムとでもいうのでしょうか。現実と非現実が上手い具合に接合されているように思います。
んでテーマの哲学要素に関してですが、私はその手の知識がさっぱりですので下手に言及しないことにします。
長々と中身のない感想を垂れ流して申し訳ない。
素晴らしい作品をありがとうございました。
146

pass
2010年12月04日(土)11時36分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> にしよしさん

感想ありがとうございます。

> 始めの数行で、いきなり引き込まれました。……

冒頭の部分は自分でも好きなところです。
私なんかはもったいないとも思っちゃいますけど。「せっかくイタリア来てるのに日本のことなんか思い出さなくても……」って。

>  また、先輩の描写は、なるほど「哲学」と「ヒロイン」というこの企画のテーマに合致したものであるように感じました。少しずれた所からモノを見てしゃべり、それが「普通」の人と比べて優れているようにも不器用なようにも映る。そして、彼女自身は、とても素直に行動している(かのようにふるまう)。

私以上に的確に先輩の性格を言い表していただいたような気がします。哲学とヒロインって最初聞いた時はどう絡むんだかさっぱりイメージがつかず、人物像を思い描くのに時間を使いました。この企画に参加してよかったことはたくさんありますが、まず第一は先輩を描くことができたということそのものであるような気がします。

> ただ、なぜ涼子先輩はこれほどの好意を抱いたのでしょうか。

やはりそこでしょうか。そうですね……今度、聞いてみたいと思います、先輩に(笑)。枚数的には100枚まではまだ全然余裕があるので書けなかったわけではないのですが、この物語の中では入れなくてもいいかな、と思ってしまいました。

読んでいただいて、ありがとうございました。


pass
2010年12月04日(土)01時15分 にしよし /sDD8ChYP6 +40点
 始めの数行で、いきなり引き込まれました。とてもうまい導入であるように感じました。観測されていない事物の不確定性をただ出すのではなく、それを、読者の期待(それまでの物語体験から帰納的に導かれる物語の筋の予想)を逆手に取るような形で、しかも話の骨子として展開させる手法には、脱帽せざるを得ません。
 また、先輩の描写は、なるほど「哲学」と「ヒロイン」というこの企画のテーマに合致したものであるように感じました。少しずれた所からモノを見てしゃべり、それが「普通」の人と比べて優れているようにも不器用なようにも映る。そして、彼女自身は、とても素直に行動している(かのようにふるまう)。私自身の個人的な嗜好とも相まって、とても魅力的に感じました。とくに、敬語の方が話慣れているところなんかはとてもつぼでした。
 ただ、なぜ涼子先輩はこれほどの好意を抱いたのでしょうか。それが描写されていないからだと思うのですが、「続き」を、あるいは「前」を読みたくなる物語でした。メイン料理としては文句なしですが、前菜とデザートがあればなおよかったのにと、そのように思わせるような小説でした。
137

pass
2010年12月01日(水)07時31分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>うみの えびさん

 読んでいただき、感想ありがとうございます。

> コンテストの投稿作というよりむしろオムニバスとしての一作品と言える作品だという……

 オムニバスの一作品、といわれてなんとなく、「するどい」と思うところがありました。

 いえ、この作品はこの企画の趣旨を聞いて構想し、単独で書いたものであるのは間違いないのですが、ただ書いているうちに、先輩と悟については「別の話も書いてみたいな」と思うところがあったのは正直なところです。

 特に具体的な構想があったわけではないのですが、この作品で描いた先輩のまた違った側面が見られるかもしれない。そういうぼんやりとした思いが作品に滲み出てしまっていて「閉じていない」という印象を持たせてしまったとしたら、反省すべき点であります。

> 感想は自分の中で感覚的に保存しておくタイプなので、アウトプットしようとするとすごく時間がかかってしまいます。そして小一時間頑張ってカオスの出来上がりです。

 私も文章を書くのにものすごく時間がかかる性質ですので、少しわかります。私の場合は、先輩の言葉を借りれば、思いが言葉に変換される際に生じる「情報の欠落、ノイズの混入、誤変換」が気になって仕方がないという感じなんですが……。

 ご感想いただき、ありがとうございました。ハッとさせられる貴重なご意見でした。


pass
2010年12月01日(水)07時27分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>金椎響さん

 お読みいただいて感謝します。感想ありがとうございます。
 正直なところ、褒めすぎではないでしょうか……むずがゆい思いで一杯です(笑)。
 こちらこそ、貴重なご意見をありがとうございます。長文大歓迎です。

> ただ、先輩の「本当の意味で証明が可能なのは数学の世界だけ」云々のところは……

 なるほど。私が浅かったですね。一歩突っ込んでも良かったかもしれませんね。悟君の疲労感は増していくかもしれませんが……(笑)。

> 加えて、登場人物の涼子先輩が凄く良かったです。……

 ありがとうございます。企画に参加しようと考えてから先輩のイメージが固まるまでの時間が結構かかりました。普段書く小説では書いていくうちに人物像が固まる感じで、今回のように人物のイメージを作ってから話を書いたのは私には新鮮な経験でした。それもあって先輩にはかなり愛着があります。

> さらに、この企画では「哲学」と「萌え」ばかりに論点が向かいがちですが、「小説」としての完成度が高い。
 小説として面白いと言っていただけるのは本当に嬉しい限りです。それは結構意識して構想していたことでした。

> 個人的には、あと小説的にオサレな表現や、深く感情移入ができる個所があると、文句無しに+10点でした。

 この辺は自分でも、常々弱点だと思っているところです。頑張りたいところです。

> というのも、わたし達人間と真実の口、それぞれに真実があると思います。

 わかるような気がします。ある意味、きんのすけさんの仰ったところの「信仰」を持たないかたちでもありますよね。もっとも、自分と「真理を共有できない」と思われる真実の口に対しては(それは「何か言うと噛まれるかもしれない彫刻」でしかないので)おいそれと手を突っ込むわけにはいかないですが……。

> 引導を自ら引けたことに誇りを持ちたいです。

 引導などと仰らないで下さい。私は文章を読むのがあまり速くないので時間がかかるかもしれませんが、金椎響さんの作品もぜひ読ませていただきたいと思います。

> 最後に、牛髑髏タウンさん、素晴らしい作品を世に送り出して下さって、ありがとうございます。あなたと、あなたの作品に出会えたことを嬉しく思います。

 こちらこそ、大変深く読んでいただき、本当にありがとうございました。
 なんといいますか、私はかなりノリと勢いで文章を書いていて考えが足りなかったりすることがよくありますし、また自分の作品を分析的に読むこともなかなか難しいので、金椎響さんの感想には教えていただくことが多かったです。


pass
2010年11月30日(火)22時57分 うみの えび  +30点
コンテストの投稿作というよりむしろオムニバスとしての一作品と言える作品だという気がしたので、点数をどうするか非常に悩みました(o´∀`o)

一言でいうと、登場人物達の魅力が制限されてるのが見えるような気がするんですよ。短距離選手があえてマラソン大会に出てるっていうか、そういった趣向のいわばエキシビジョン的な位置の作品だったような気がするので、評価点とかとはまた別の見方になるというか。

なんていうんだろう。この場に合わせた評価をするとなると30点だとしても、明らかにここでの涼子先輩は本来の涼子先輩の部分集合でしかない気がするんですよね。30点っていうのは涼子先輩の一部を評価してるだけに過ぎなくて、30点なのはつまりこの場所ではこの涼子先輩の3割しか見えてないからって感じです。この涼子先輩の全体像が見える場所でちゃんと採点をするなら、自分なら100点をつけます。舞牛髑髏タウンさんの分野のミステリだったら、哲学の部分は涼子先輩のすごく良いスパイスになりますよね。ただそれだと企画のテーマとはまた別のキャラになってしまうから、今回みたいに哲学の範囲が抽出されて、哲学が主成分のキャラになったんだと思います。

うわ、自分でもなにを言ってるのかわからないw
ちょっと私的なことをいうと、自分はごちゃごちゃと無秩序にものを考えるタチなので、ちゃんと言葉にして観想を言うのが大の苦手なんですよ(o´∀`o)マイッタ
 感想は自分の中で感覚的に保存しておくタイプなので、アウトプットしようとするとすごく時間がかかってしまいます。そして小一時間頑張ってカオスの出来上がりです。

とりあえず。
評価点はすごく悩んだのですが、ここではこの企画の傾向と色に則した感覚のみでつけることにしました。冒頭すごくいいですよね。


135

pass
2010年11月30日(火)00時51分 金椎響 8tiPoznsKE +40点
 こんにちは。はじめまして、金椎響といいます。どうぞよろしくお願いします。
 今回、牛髑髏タウンさんの『先輩と、真実の口』を拝読させて頂きましたので、ここに感想を記していきたいと思います。
 以下長文となりますことを、先に謝らせて下さい。申し訳ありませんでした。

 第一印象は「ちょっと皆さん。点数評価が甘いんじゃないですか?」というかなり一方的な偏見を持っていましたが、読んでみるとこの企画で一、二を争う素晴らしい作品だと思いました。

 まず最初に、カントやデリダといった哲学者の考え、あるいは自己言及のパラドックスや科学の限界などの哲学的なエッセンスを上手く料理していると思いました。
 ただ、先輩の「本当の意味で証明が可能なのは数学の世界だけ」云々のところは、残念ながら不完全性定理が発見されて、本当に成立するのかどうか証明できない命題を作れることがわかってしまった以上、ちょっとキツいですね。

 とはいえ、この枚数でよくこれほど哲学的な話題を盛り込めましたね。
 枚数の制限からか、どうしても論点が絞られる傾向にあるなかで、こうして盛り沢山、オールスターといった趣の『先輩と、真実の口』は缶コーヒーのCMじゃないですけど「贅沢だぁ〜」って感じがします。

 加えて、登場人物の涼子先輩が凄く良かったです。
 あくまで個人的な価値尺度から論じますけど、今までこの企画で読んてきた小説に登場するキャラクターの中で一番良かったかもしれません。これには不覚にも、「萌え」てしまったかもしれません。
 いや、どストライク過ぎてドキドキしてしまいました(笑) こういう作品を読みたかったんだ、というわたしのオーダーに合わせて作られた小説なんじゃないか、と目を疑いました。
「哲学」を安易な哲学者の引用や、作者個人の人生哲学でゴリ押しするのではなく、物語に即した手法で展開しつつ、「萌え」も妥協することなく追及する。こういう小説を読みたかったし、わたしもこういう小説を書きたかったです(苦笑)

 さらに、この企画では「哲学」と「萌え」ばかりに論点が向かいがちですが、「小説」としての完成度が高い。展開に無駄がなく、上手に過去と現在を対比させる作者の技量は評価されて然るべきだと、わたしは思います。
 なにより、47枚という枚数以上に読みやすかったです。牛髑髏タウンさんの技術が輝いていたと思います。
 個人的には、あと小説的にオサレな表現や、深く感情移入ができる個所があると、文句無しに+10点でした。

 感想欄を拝見して、真実の口が判断する「真実」について言及があったので、わたしも触れたいと思います。
 わたしは、わたし達の「真実」の捉え方と、真実の口が捉えている「真実」が乖離していても、大丈夫で問題ないと思っております。
 というのも、わたし達人間と真実の口、それぞれに真実があると思います。
 これは別に、わたしが個人的に思っている訳でなく、ずっと昔にカントが言ってたことなんですが「共通の経験の形式を持っていない者とは真理を共有できない」と思うのです。
 だから、我々が「ちょっと待って!? そもそも『真実』の判断基準って各々の価値尺度や現状認識によって変わる恐れがあるんだから、その影響によっては嘘か誠かの判断だって変わってしまうかもしれないんだよ。だから、真実の口の捉えてる『真実』っておかしいんじゃないの!?」と思ったところで、真実の口から見れば「ははあ。人間っていうのは、なんて『真実』の幅が広いんだろう……」って思っている。そして、真実の口の「真実」と照らし合わせて「嘘」だったらガブリッ! だと思うんですけど。
 この問題の要は、svaahaaさんなどの意見は「極めて人間的な立場」からの「真実」の捉え方で、それが真実の口の「真実」の捉え方に対して単純に当てはめ可能か、という話であって、個人的には「それは無理なんじゃないかな」って思います。
 わたしはてっきり「ここでカントですか!? 牛髑髏タウンさん素敵!!」とか思ってニヤニヤしてしまったんですが……。

 さて。40点、という点数評価ですが、「もしかしたら50点かも」とギリギリまで迷いに迷いました。
 運営側の飲茶氏の示したガイドラインに則れば、ここはシビアに「30点で良いかも」なんて思っちゃったんですが……。それ以前から貫いているわたしの評価基準から言えば「いや、これは40点あげないと駄目かな」と思いましたので。
 他の方々は、わたしの批評態度や感想、評価に対してどう感じているかわかりませんが、わたしはこの作品はそれくらい素晴らしい作品だと思っております。
 個人的な話になって恐縮なのですが、この+40点によって、またわたしの作品が点数で追い抜かれてしまうんですが……。引導を自ら引けたことに誇りを持ちたいです。

 最後に、牛髑髏タウンさん、素晴らしい作品を世に送り出して下さって、ありがとうございます。あなたと、あなたの作品に出会えたことを嬉しく思います。
132

pass
2010年11月27日(土)20時53分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>きんのすけさん

感想ありがとうございます。
小説として面白いと言っていただけて光栄です。とても励みになります。

自我と他我の合一というのは不勉強な私にはよくわかりませんが、悟が先輩の言葉を信じたとしたらその理由は真実の口に対する信仰でなく彼女に対する信仰……そうなのかもしれません。

男女を逆転させたら成り立たない……確かにそんな気がしますが、考えてみても明確な理由が思いつきません。なぜなんでしょうね? 恋愛における男女の立ち位置に微妙な差があるってことなんですかね。

> クロードニュウスキーさん

読んでいただき、ありがとうございます。

仰っていただいたような冒頭部分の効果は、あまり自分では意識していなかったので、感覚的に書いたら良いほうに転がったというか、なるほどと思っちゃいました(笑)。

イタリア、実は私も行ったことはないです。一度は行ってみたいんですけどね。


あと、先輩と仲良くなるとなかなか大変だと思います(笑)。


pass
2010年11月27日(土)17時01分 クロードニュウスキー  +30点
こんにちは、感想しにきました!

すっごいサラッと読めて、よかったと思います。
なんていうんでしょうか、ちょいとわかりにくい言い方になりますが、冒頭数行によって、その後の学校とイタリア行ったりきたりの全体の流れが自然になるように、視覚的効果的に演出されていて、見事だと思いました。「おお」って言っちゃいました思わず。
あと科学うんぬんの話のとこで、先輩と仲良くなりたいと思いました。

どうでもいい話ですけど、私、イタリアいってみたいです。こんな恐ろしい真実の口には近寄りたくないですけど(笑)。

面白かったです。ありがとうございましたっ。では!
137

pass
2010年11月27日(土)13時52分 きんのすけ  +40点
小説として面白いし、萌えますね。長いのにすんなり読めるし。

哲学的に考えると、「愛し合う」ということは自我と他我の合一になるので
主観的には証明できない。そこで、「真実の口」という「神」を利用して、
第三者に証明してもらうわけですが、そのためには共通の信仰が必要となる。

彼女は何でも信じてしまうタイプなので「真実の口」という「神」も信仰するが、
彼はずっと疑っているわけで、それも最後に勇気を振り絞ってトライしたのは
「真実の口」に対する信仰ではなく、彼女に対する信仰ではないかと思いました。

よって、彼にとっては第三者証明は失敗したが、彼女に対する信仰(愛)が強まったわけで、
めでたし、めだたしなんですが、この話って、男女を逆転させたら成り立たない気がする。

140

pass
2010年11月27日(土)12時08分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>svaahaaさん

ご丁寧な感想ありがとうございます。読んでいただきありがとうございます。

先輩かわいいですか。ありがとうございます。
愛されるキャラクターかどうかあまり自信が無かったので、ほっとしています。

先輩がなぜ悟を好きになったのか……は、枚数の都合というわけではないのですが、結局書きませんでした。
もしこの作品の続編を書くようなことがあれば書くかもしれませんが、申し訳ありません、とりあえずはご想像にお任せということで……。

> まず、「真実の口は何の真偽を判定しているのか」が気になりました。たとえば、……

面白いですね。

「小野小町は美人だ」はどうなるんでしょうね? 昔の美醜の基準は今とは違いますし、そもそもそれ以前に個人によって美人かどうかの基準が違います。真実の口はいったいどの時代の、誰の基準で判断するのか? 当時の日本の基準? 現代のイタリアの基準? 発言者の個人的な好み? あるいは真実の口の好み(笑)?

……ご指摘の地球は丸いの場合のように客観的事実と発言者の認識が異なる場合もありますし、言葉だけで真偽を判断するのは困難だということでしょうね。言葉を解釈する為の常識や文化といったものや、事実の認識の仕方が、真実の口と発言者で異なっていると誤判定(?)されかねないですね。

> また、「真実の口は個人の信念の真偽を決定できるのか」も気になります。たとえば……

惚れ薬や洗脳の影響は興味深いですね。

惚れ薬に関しては道具による矯正の影響は考慮するか(たとえば眼鏡をかけている人が「私は物がよく見える」は真実か? とか)と考えることもできるかもしれません。
洗脳は一時的にせよ信念そのものが変わってしまっているとも言えるので、区別がつけられないような気もしないでもないですが。

ご指摘のとおり、心を読んで判断するというのも簡単な話ではありませんね。極端な話、たとえば人口知能を搭載したロボットだったらどうなるんだ、とか、言葉の意味がわからずに原稿を読まされている外国人だったら? とか。

なんだか疑問に疑問をぶつけるだけになってしまい恐縮ですが、興味深いご意見をありがとうございました。


pass
2010年11月26日(金)13時42分 svaahaa I0z7AdLSAc +30点
 書いてみて感想といえるか微妙な文章になってしまいましたが、何かの参考になれば幸いです。あと超長文ですので、ご注意ください。

 何はともあれ思ったのは「先輩かわいい!」ということです。これに関しては真実の口に手を噛み千切られない自信がありますよ、ええ(試すのはいやですけど。怖いので)。敬語以外でしゃべろうとするとどもるとか……卑怯です。悟も好青年ですね。ラストの発言は彼の誠実さをちゃんと表していると思います。

 これはいってもしょうがないことなのかもしれませんが、「なぜ先輩が悟を好きになったのか」の部分が描かれていないのがもどかしかったです。枚数的な制約によるところが大きいのでしょうし、他の方は気にしてないのかもしれませんので、あまり重要視すべきことではないのかもしれません。ただ、個人的にはやはり何かしらの理由が欲しかったです。とはいえ、それが作品の大きなマイナス要素なのかといわれればもちろん違うので、これは聞き流してくださって結構です。

 で、ここから感想というよりは質問なんですが……作者レスにあった「真実の口の思考実験」にいたく刺激を受けまして。いろいろ考えて浮かんだ疑問を書いてみます。だからどうした、といわれればそれまでなんですがね(汗)。

 まず、「真実の口は何の真偽を判定しているのか」が気になりました。たとえば、口に手を入れて「地球は丸い」といったら、どうなるのか。客観的な事実に基づいて判断するなら、噛まれることはないでしょう。しかしこれが天動説の時代の話で、手を入れた人物が嘘だと思いながらいったのだとすればどうか。もし後者のケースで手を噛まれるのだとすれば、口は発言の事実としての真偽ではなく、手を入れた人物の発言に対する「態度(正しいと思っているかどうか)」を判断していることになります。そうなれば、イタリア人の男性が、自分の行為を浮気ではなく、「二人の女性を同時に愛しているだけだ」とでも思っていれば、噛まれることはなかったのだと考えられます。これは果たしてどっちなのか?

 また、「真実の口は個人の信念の真偽を決定できるのか」も気になります。たとえば、「俺は彼女を愛している」といった男の発言が、実は惚れ薬(催眠、洗脳などでも可)によるものだったとしたら、どうなるのか。つまり、自分の信念に関わる発言をしたとき、その信念が自分では正しいと思っているにも関わらず、嘘をついていると判断されてしまう場合はあるのか(よくある「自分の気持ちに気づいていない」というやつですね)。口に手を入れて「先輩のことが好きだ」と悟がいえなかったのは、少なくともこの可能性が正しいと思っていたからではないでしょうか。そうなると、これはもう読心術を越えて「決心術」とでもいうべきものになるのではと思ったりするのですが。

 あと考えたのは、少し話が変わりますが、「私にはクオリアがある」あるいは「私は哲学的ゾンビではない」といったならどうなるのか、というものです。もし口が読心術は使えず、客観的な事実の真偽に関するすべての知識をもっていたとしても、これは確かめようがないですよね。先輩の解釈によれば、「真でも偽でもない」という判断を下した場合にも噛まれるわけですから、この発言は誰がいっても血を見ることになります。果たして本当にそうなのか?

 とまあ、混乱しつついろいろ書きましたが、一番いいたいことは「おもしろかった」です。良質な思考実験があり、先輩はかわいい。つまり、企画の趣旨たる「哲学」と「萌え」は十分にあったと思います。どうでもいいことばかり書いてしまいましたが、こういうタチですのでご容赦ください(汗)。どうもありがとうございました。
154

pass
2010年11月26日(金)01時07分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
>ルトさん

感想ありがとうございます。

お楽しみいただけたようで嬉しい限りです。
確かに超怖いですよね。この真実の口……。

冒頭部分は自分でも結構気に入ってます。先輩らしい一幕です。


pass
2010年11月24日(水)00時30分 ルト  +30点
 嘘ひとつで噛み千切られるなんて怖えー! と思ってしまう私は小市民。嘘は自分の心を写す鏡でございます。
 一口に言えば面白かったです。冒頭部のミスリード? ギミック? に速攻仕留められて、不器用で真っ直ぐすぎる先輩にだんだんやられていきました。同じくらい真っ直ぐな悟くんも好感です。
 お互いが自分の心の真実を表明しあった後の、冒頭部と重ねたぼやかしたオチは思わずニヤリとしてしまううまさでした。
 面白かったです、ありがとうございました!
144

pass
2010年11月22日(月)01時12分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc 作者レス
> 星城羽白さん
感想ありがとうございます。

たしかに、先輩といると疲れそうですね……。ソクラテスも人を質問攻めにしてたそうですが、された人たちもきっと疲れただろうと思います。

ところで、面白い示唆をありがとうございます。

真実の口が何を基準にして噛み千切る判断をしているのか? に関してはいろいろな解釈が可能ですね。

私は単純に、真実の口は発言者の心の中を読んでいて、嘘とわかってて発言してたら噛まれる、と考えていました(イタリア人男性は自分が浮気をしたことを知っていたので噛まれ、主人公らはそれぞれ自分が真実と信じることを発言した為噛まれなかった)。

一方で、仰るように読心術ができない真実の口だった場合、なにか特別な力で事実を全て知っていて、それと照らし合わせて真偽を判定していることになりますか。そうなると、客観的事実である浮気の件については真偽判定できますが、主人公らの発言は心の中に関することなので、その真偽はわからないことになります。わからないから噛まれなかったということですかね。

そうなると、実は主人公らは何も考えず愛してると言っても噛まれなかったことになってしまうので、仰るとおり微妙な気がしますね……(笑)。

ただその場合、真実の口は発言者が知らないことまで教えてくれる凄い装置だということになりますね。たとえば「異星人はいる」と発言したら噛まれるのかどうかで、観測せずして宇宙全体の生命の有無がわかってしまうという……。

長くなってしまいました。思考実験は楽しいですね。

励みになるコメント、ありがとうございました。

> 〓〓〓さん

感想ありがとうございます。

素敵な例えの連続で褒めていただいて光栄です。幸せとまで言っていただいては、恐縮するばかりです。

先輩は変な人ですけど、困った人ではない……。思わずガッツポーズを取りました。そう思ってもらえたことがとても嬉しいです。先輩にとっても最大級の賛辞ではないかと思います。

まだまだ粗の多い拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。


pass
2010年11月21日(日)23時13分 〓〓〓 N0mWgMiihI +40点
こんにちは! とても面白かったです! 日常から3段ロケットで飛ばされる感が味わえて、脳が幸せです。仕掛け花火が次々と姿を変えるような、ドミノが順調に倒れていくような心地よさがあります。先輩は変な人ですけど、困った人ではないところが良かったです。
132

pass
2010年11月21日(日)13時50分 星城羽白 G9AlQcsLks +30点
こんにちは。
小説ド素人ですが、
感想を書かせていただきます。

先輩の考え方(性格)は個人的に好きですね。
(実際にいたら疲れるでしょうが)
それに慣れる主人公もすごいですけど…

ところで手首を噛み千切られる基準ですが
男は「浮気をしたかどうか」を
主人公たちは「今どう思っているか」を
判断されたわけですよね。
「彫刻は読心術ができなかった」は
つまらない解答でしょうか?

哲学の話題は
有名なものが多かった気がしますが、
ストーリーに違和感なく入っていて
良かったと思います。

面白い小説を読ませていただき
ありがとうございます。
140

pass
合計 17人 580点


お名前
E-Mail  公開しない公開する
↑作者レスをする場合は、作品投稿時のメールアドレスを入力して下さい。
−− メッセージ −−
作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)  トリップ 

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
PASSWORD