けんまほ
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部
 それは、偶然だった。
 たいした理由なんてなかった。
 一人でやるにはしんどい仕事があって、協力者を探していて、お互いの職能的に協力しやすかっただけだった。
 だから一緒に仕事に取り組もうか、という話をした。
 それだけのはずだ。
 自己紹介をされた。
 そいつは片手を額につけて、もう片手を腰に当て、ぐいっと腰を曲げて、マントが開いて生足が覗く、色気のあるようなないようなポーズを取った。

「真理の探究者、リリー・アスペン!」

 あ、ミスった。
 そう思った。



 この街。
 北東に巨大な山脈を背負い、南東から西にかけて深い樹海が密集する。樹海の中の細い道を抜ければエルフが住む湖畔にたどり着くし、山脈には宝石が埋まった鉱脈がある。北西の街道を通って北にぐいっと行けば帝都がそこにある。しかし山脈を越えた先にはドラゴンやドレイク、トロールなどが跋扈する魔都が深い断崖にへばりつくように存在している要警戒地域。
 つまり、富と名誉が集まる街だ。
 他所の街では効率重視でブランドイメージまで手に入れちゃったギルドという団体どもが幅を利かせていて、俺のような風来坊がありつける仕事なんてこぼれてこない。危険でアングラなお仕事が格安でみつかるくらいのものだ。
 俺はアサシンじゃねえっつうの。
 帝都の騎士団を首になった騎士崩れだから、胸を張って言えない。
 いやでも、いくら精強と名高いといっても、竜人と組み手やらせたり戦闘訓練で当たり前に亜竜と戦わせられるようじゃ、無理ないだろう。
 三日でケツまくって逃げ出した。
 捕まって余計にしごかれた。
 脳筋どもめ。
 結局、問題を起こして騎士団を追放されて以来、ふらふらと仕事を探しながら大陸を回って日銭を稼ぐ生活を送る。
 その過程で寄り付いた街。
 それがこの街。

「……今、なんて?」

 その街で適当に仕事を片付けていくらか稼いでおこう、と、傭兵や冒険者向けに開かれた依頼所で俺はこいつと出会ったわけだが。
 こいつはもう一度同じポーズを取って、声高らかに名乗りを上げた。

「真理の流浪者、アイーシャ・クローラ!」
「さっきと違ってんじゃねえか!」
「まま、細かいことは気になさんな。禿げますぞ」
「細かくないだろ! 不吉なことを言うな! じっちゃんが天辺禿げなんだよ!!」

 あは、とばかりに明け透けに笑う女を見る。
 童話にだって出てこないような魔女の風体。でかい帽子と裾を引きずるマント、派手ではないが細部に飾る宝石類だけが上品でつり合わない。挙句マントのしたはなぜか太ももの半ばでざっくり切られたタイトな一枚衣。そのくせ膝より高いレザーブーツを履いている。
 変な服だと思いはした。しかし、見た目を気にする気取り屋は信用しないことにしている。まして、冒険者畑の魔術師なんてとうにギルドが占有している時世に、一人でいる魔術師風の娘など、裏があったほうが自然だ。
 ただ、こいつの持っている術具の杖が使い込まれていたようだったから信頼することにした。
 が。
 ああ、そうか。
 こいつ馬鹿なのか。
 やっちまった。

「袖振り合うも他生の縁と申しましょう。さあさ、参りましょうぞ」

 こいつは、ああもうこいつだの考えるのは面倒だ。真理しんりと言ってたし、俺の中では勝手にシンリと呼ぶことにしよう。
 シンリは求人掲示のなかの張り紙を無造作に剥がして受付に向かう。

「……って待て! 違う! 誰がドラゴン討伐なんて請けるんだよ!!」

 シンリは振り返って不思議そうに俺を見た後、手元の張り紙を見て、ああ、とばかりに真顔でうなずいた。
 片手を帽子に当てて、首を傾ける。

「あいや、これは失敬。てへ」
「てへ、じゃねええ!」

 もっと簡単な仕事に変えて誤魔化そうか、と掲示に目を走らせた。
 一番簡単な仕事を迷わず取る。

「ネズミ捕りじゃないでしょお。旦那もおっちょこちょいですなあ」
「……そうだな」

 ばれた。
 というか簡単すぎた。誰が請けるんだこんな仕事。猫拾って来いよ。
 あはー、と馬鹿のように笑うシンリがドラゴン討伐とかいう特一級の張り紙を戻して、その隣の準二級の薬草採集を取った。
 俺を見上げて笑う。

「これでしたな」
「ああ」

 肯定の返事をするのもげんなりする。
 シンリは意気揚々と受付に向かい、申請と登録をする。
 昔はギルドが仕事を斡旋したりもしていたのだが、規模が大きくなって有名ギルドがさまざまな街に進出展開するにつれてブランドイメージというものがつくようになった。付随するように、イメージを守るために上質ないし最低限規律を守った傭兵や冒険者を抱え込み、あるいは育成するようになる。そして全体的に質と信頼性が高まったギルドは、まるで商会のように組織化していったわけだ。
 住民は信頼性が高まって万歳、ギルドは顧客を占有して万歳。ギルド同士の競争に発展して、価格競争もある程度続く。
 しわ寄せが来たのはフリーランスだけだ。
 今や傭兵や冒険者になることとギルドに入会することはイコールで結ばれている。
 そういう社会だ。
 この街は数少ない例外で、フリーがありつける仕事は他にはギルドが進出していない集落や僻地にしかない。あとイリーガルな仕事。
 これも時代の流れかね。

「旦那、どうしまして?」
「ん?」

 シンリが俺を見上げていた。どうやら申請が終わっていたようだ。

「いや、なんでもない。仕事請けたか?」
「今、請けてきたところですぞ。見てませんで?」
「ああ、ボーっとしてた。悪いな」

 シンリは、あは、と目を細めて笑った。
 妙に嬉しそうに言う。

「旦那あ、仕事前から呆けてたらいけませんな。しっかりしていただかねば困ってしまいますぞ」
「ああすまんごめん俺が悪かった。だからお前がそれを言うな」
「あいや、これはやられましたな」

 はちゃー、などと言ってシンリは自分の額をペチリと叩いた。
 ため息が漏れる。
 もう一声かける気力すら削がれて、さっさと案内所のある古臭い木造の小屋を出た。屋根では大工が古くなった屋根板を張り直している。この小屋も、もう築何年なんだろうな。
 小走りで俺の隣に並んだシンリは、馬鹿にでかい帽子を押さえながら俺を見上げた。

「旦那あ、馬とか借りませんで?」
「つないで置くには森のそばは危険すぎるし、着いたからって放すわけにもいかんだろ。大した距離でもないんだ、歩け」
「ははー、了解ですぞ」

 馬鹿のような返事をして、敬礼をしてくれる。
 働く前からぐったりしながら、樹海へと足を向けた。

 街の南部に広がる樹海は、エルフが住む湖畔を擁するだけあって、多種多様な薬草が自生している。貴重な薬草も見つかることは少なくない。しかし、それに対応するかのように、危険な魔物が徘徊している場所でもある。幸運にも、テリトリーを決めてそのなかで生息する、という習性を持つ魔物ばかりであるため、街に被害が出ることは滅多にない。
 巨大な大樹の根がうねるように道をさえぎっていたり、朽ちた倒木が蔓のような植物に埋もれていたり、その脇の木漏れ日が当たる場所に貴重な薬草が何気なく生えている。そうかと思えば、その向こうに大の大人が肩車をしていてもまだ足りないくらい巨大な、牛と馬の間のような動物が図太い足を踏み鳴らして草を食んでいる。
 日光は枝葉に遮られ、屋内のように暗い。
 むせ返るような腐葉土と葉の匂い。
 遠くで風に揺れる枝が鳴る。鳥か魔物か、甲高い笛のような短い声が断続的に聞こえる。
 足下の草を杖で払いながら歩くシンリが俺に声をかけた。

「樹海を歩くのは大変ですな」
「まあな」

 少し前を歩いて藪こぎをしながら答える。依頼の薬草が生えている辺りは、以前樹海にもぐったときに見つけて知っていた。
 シンリは黙って歩くことが出来ないのか、ここに来るまでの間にもあれこれと話かけてきていた。
 おかげで彼女が最近あの街に来たことも、冒険者は本業ではなく路銀稼ぎの何でも屋としてやっていることも、過去に巨人族の一角であるトロールを倒したことがあることも知ってしまった。別に興味もなかったのに。
 逆に俺は、かつて騎士団に所属したことも、追放されて以来冒険者稼業をしていることも吐かされた。
 シンリはときどき気まぐれに、歩きざまに薬草を摘む。今度も無造作に手を伸ばして、木のうろから生える青い小さな花を咲かせた草をむしり取った。

「旦那は樹海に慣れているので?」
「まあな。ときどき潜っている」

 俺はその草が、調合すれば肉食の魔物への強力な痺れ薬になることを知っている。

「はっはあ。それはやはり腕試し? それとも魔質を集めに?」
「後者だな」
「お、おーおー。旦那、頭いいのですなあ。口語で後者とか言っちゃう人はひさびさですぞ」
「……悪かったな」

 俺は少し振り返ってシンリを見る。少し黙れ。
 シンリは無駄に楽しそうに微笑んで口を開く。

「普段はどんな魔質を集めているので?」

 ため息をつく。目で言ったくらいでは気づきもしない。
 俺から同道を誘った以上、無視するのも気分が悪いので、答える。

「こだわりはない。楽に狩れそうな魔物を見つけたら倒して、あとは逃げ回ってるだけだ」
「ほっほお。旦那、ハードボイルドですなあ」
「なんでだ」
「いやいや。名誉心でもなく、金銭欲でもなく、淡々とこんな危険な樹海に稼ぎに来るなんて、なかなか出来ることではありませんぞ。さっさと適当なギルドに入るのが賢いやり方というものでしょう?」

 確かに、それほど大きな動機があってこのハイリスクハイリターンな街に滞在しているわけではない。大抵のやつは高名で危険な魔物を倒して名を上げたいとか、薬草や鉱物、戦乱時の遺産などを掘り出して一攫千金を志すとか、何らかの野心を抱えている。
 とはいえ、だ。

「言っただろう。俺は騎士団を辞めたんじゃない、追放されたんだ。ブランドイメージを大事にする今のギルドに、そんなやつを採用する度量はない」

 もともとギルドに興味もないのも嘘ではない。が、そもそも入れないという事実が大きい。多少好みに合わないというだけで半分浮浪者のフリーランスを続けるのは、さすがに無理がある。
 少し黙っていたシンリは、おもむろに口を開いた。

「……それは、試したので?」
「まさか。門前払いが分かっているのに、わざわざ何十人の素人と一緒にお行儀よく採用試験を受けになんざ行くわけがない」

 肩をすくめて見せる。
 鉈を振り下ろして目の前に張り出した枝や蔓を切り落とす。

「そういうお前は何なんだ?」
「は、何がですかな?」
「なんで旅なんかしてるんだ? 冒険者も傭兵も大道芸人もしてるんだろ?」

 不自然な間が空いた。

「ははあ、旦那あ」

 しばらくしてから、呆けたような声が上がる。
 それで我に返ったのか、急にはきはきと、声を高くして笑いの端をはらんだ言葉を連ねる。

「旦那、興味なさそうに見えて、しっかり聞いてくれてたんですな。いやあ嬉しい。私は今、不覚にも感動してしまいましたぞ」
「やっぱいい、もう喋るな」
「いえいえ、せっかく尋ねていただいたのです、思う存分語らせていただきますぞ」
「黙れ語るな」
「あれは何年前のことでしたか。いやいや古い話じゃございませぬ」

 嬉々としてシンリはよく回る口を動かす。

「私の師が亡くなられたのですよ。旅に出た直接の理由はそれですな」

 あっさりと、何の感動も伴っていないような声で淡々と言った。
 言葉に詰まる。
 そんな俺をよそに、シンリは話を続ける。

「私はかの師とともに、魔術を学んでおりましたが、それは手段に過ぎず、そのために私は彼に師事することを許されました。魔術を学び、ゆくゆくは到達すべしとした、我々の目標。……旦那は、なんだと思われますかな?」
「さあな。魔術の真実とかか?」
「ほぼあたりですが、惜しいですな」

 にひひ、と俺の後ろでシンリは笑った。

「世界の真理です」

 ばさり、と俺が鉈で払った枝に引きずられるように太い枝が落ちた。

「すべてのものが持ちうる本質、隠されても覆われてもいない中心事項。世界が世界たる根拠。私と師はそれを暴くために魔術を学び、そして今、私は世界を歩みながら魔術の研鑽を積んでいるのです」
「暴く……ね」

 それがどれほど困難なことかなど、聞くまでもなく分かる。
 そして、そうだとしてもやり通すという意志もまた、感じられる。
 強く持つのでも、堅く誓うのでもなく、呼吸するように自然な、自分の意思として。
 小柄だと思っていたシンリが、急に大きく思えた。

「それは、なぜだ?」

 気づけば尋ねていた。

「なぜ、そこまでして真理を求めるんだ?」

 手を止めて、振り返って。
 正面から見つめるシンリは、やはり小柄だった。
 小さい中に大いなる強さを秘めるシンリは、俺を見上げる。
 見上げて、笑う。

「旦那。旦那は、聞いていなかったのですかな?」

 俺が黙っていると、シンリはひらりと一歩距離を取り、
 片手を額につけて、もう片手を腰に当て、ぐいっと腰を曲げて、マントが開いて生足が覗く、色気のあるようなないようなポーズを取った。

「真理の求道者、テレス・アレストン!」

 俺は大きくうなずいた。

「なるほど、アホだからか」
「違いますぞ?! あれ!? なぜそうなるのですかな!? 私はたった今、こう、名前と同じくらい身に染み付いた存在意義なのです! 的なアピールを大声で行ったつもりなのですが!?」

 俺は全部聞かずに振り返ってこれまで通り藪こぎを続けた。

「旦那、旦那あ! ちょっと、そこで無視はひどいですぞ!? 旦那あ!?」
「うるせーな、そんなにわめかなくても、もうすぐ着くぞ」
「ああそれはありがたい。ですがいや、私が言いたいのはそれではありませんでな!?」

 ぐいぐいと服のすそを引っ張って主張する。そんなに叫ばなくても聞こえる。
 ばさばさと藪を切り落とす。
 ひどく大雑把な歩測だが、もういつ着いてもおかしくない距離のはずだ。
 と。

「黙れ!」
「あひゃん!? ちょっと今どこ触って!? ていうかそこでマジ切れってこれ逆切れにカウントしてもよろしいのではないですかな!?」

 後ろ手に突き飛ばすようにしてシンリを止めて叱責したが、いろいろと逆効果になった。貧相な感触で幸運を感じることすらない。最悪だ。
 鉈を傍らの木に叩きつけて食い込ませ、腰に帯びた剣を抜く。
 鞘走りした剣が抜かれるのとどちらが先か。
 巨大な影が藪を飛び越えて襲い掛かってきた。
 声を上げる暇もない。背中で跳ね飛ばすようにシンリを巻き込みながら飛び退る。
 その獣は着地してすぐに顔を上げ、油断なくこちらを見据えていた。
 運悪く、テリトリーを見回っていた捕食者側の魔獣、ハンターに遭遇したらしい。内心で舌打ちして剣を構える。剣そのものに宿る魔術の効果が腕にも伝わる。
 猫のような、あるいは狼のような魔獣は体勢を低くしたかと思うと、すぐに大柄な体でのしかかってきた。引き倒しながら鋭い爪に体重をかけて圧し切るのが、この種の魔獣の狩りかただ。

「おら!」

 伸ばしてきた前脚を剣で切り返す。魔法効果のお陰で、体重差も筋力差も跳ね返して押し返す。顎を剣の根元でぶん殴り、肩口を切りつける。ぎゃん、と悲鳴を上げて魔獣は一歩引き下がった。
 切り裂いた傷口は見る見るふさがる。魔獣だけあって、普通の獣とは違う。剣を構え直す。

「爆ぜよ!」

 ぬっと、杖が俺の脇から伸びて、魔獣の背中が炸裂した。驚きに肝が潰れる。しかし体は動き、剣で魔獣の面を取る。そのまま力押しで潰すように引き倒し、首を切り捨てた。飛びのいて、魔獣の動きを見る。
 首を断たれて魔獣は息絶えたらしい。再び動くことはなかった。
 ようやく息をつき、剣についた血を拭って鞘に納める。

「や、旦那あ、ひどいじゃないですか。いきなり突き飛ばすことはないでしょうに」

 マントについた土や草を払いながらシンリが歩み寄ってきた。
 その間抜け面を見て、ため息とともに緊張を解く。

「ああ……。まったく、いきなり魔術を放つから驚いたぞ」
「あいや、これは失敬」

 あは、と悪びれずに笑う。
 まあ確かに、シンリに非はない。
 戦闘になって、俺が突き飛ばしておいてあれほど早く立ち直った挙句、魔法を構築するというのは、普通では考えられない。熟練者と見た俺の見立ては予想以上だったのだろう。

「旦那は魔術慣れしてなさそうですな?」
「まあな。基本、一人旅だったからな」

 突然背後から攻撃が飛ぶ、なんてシチュエーションに慣れていない。
 シンリは笑い、杖を振って持ち直した。

「いやいや、無理もありますまい。魔術師など、帝都でもそう多くないでしょう」
「帝都くらいになれば、少なくもないけどな」

 魔獣を見る。体が崩れて、胸の辺りだった場所に固まっていた魔質が露になっていく。
 俺はナイフで魔質を切り出した。魔獣の体は溶けるように崩れていき、爪と牙と、一部の骨、頭蓋、そして一部の筋肉と臓器だけが残っている。
 俺の傍らにシンリが立った。

「死にましたな」
「ああ」

 魔質を皮袋に仕舞い込む。分け合っても一日分の生活費にはなる。
 ふと傍らを見下ろすと、シンリが神妙な表情で死骸を見つめていた。

「なんだお前、旅をしてたとか言うわりに感傷でも持ってるのか?」
「いえ、そういうわけではありませぬよ。ありませぬが……」

 あは、と俺を見上げて笑ったシンリは、再び死骸を見下ろして、少し質の変わった笑みを浮かべた。

「いえ、やはり感傷かも知れませぬ」
「そうかい」

 答えて、肩を叩く。無為なことだとは思うが、否定する気はない。少し離れて、気が収まるまで待ってやろうと思った。
 しかしすぐにシンリは後についてきた。

「旦那あ、優しいですな。思わず惚れてしまいますぞ?」
「何言ってんだ気持ち悪い」

 擦り寄ってきたシンリを肘で押しのける。冷静に考えるとひどい扱いかもしれないが、シンリの顔にはっきりとからかいだと書いてある。
 あっさりと身を離したシンリは、帽子をかぶり直しながら口を開いた。

「私は、殺してしまうことに感傷を持ったわけではないのですよ。言うならば、自分の浅ましさに感傷を持っていたのですな」
「浅ましさ?」

 聞き返しながら、木に食い込ませていた鉈を回収して、現在地と方角を太陽の位置から再確認しておく。問題ないな。
 俺に合わせて歩き始めたシンリは話を続ける。

「そうでござんす。旦那は、なぜ魔獣の死骸がほとんど残らないのかご存知で?」
「肉体のほとんどが魔力で作られてるから、だろ」

 シンリは頷いて、マントの裾を払って体にまとった。これまでのように杖の先で枝葉を払う。

「物質とエネルギーに変位しやすい魔力というモノの性質で、魔獣は強靭な肉体を構成することに成功しているのですな。固定されていた魔力が死とともに流失するのですが、特に純度が高く安定していたために固形となった部位。それが魔質というものですな」

 膨大な魔力と、それを扱う適正。それがあってこそ、魔獣は魔獣たりえる。人間では到底真似の出来ないことだ。
 シンリは不意に樹海の奥を見通そうとするかのように、顔をあげる。

「たとえば、この樹海にも住まうエルフという種。彼らは人間に近しくありながらも、その肉体に魔力を交えて作られている。それがために、肉体の老化が非常に遅いのですな」

 エルフ族は人間の何倍もの寿命を持つが、その体に魔力を溶け込ませているからか、このような秘境に住むことを好む。
 レイラインというのか、この付近の樹海や山脈のような秘境や危険地帯は、場所そのものに魔力が濃い。そのために魔獣も多いのだ。

「薬草というのも、多くは人間に親和性の高い魔力を内に含む植物のこと。魔力を吸収して体を癒すから薬草とされるのですぞ」

 不意に足を止めて、シンリは足元の細い草を摘んだ。磨り潰して塗れば傷の治りを早めてくれる。俺に掲げて見せてきたが、首を振って返した。幸い、怪我はしていない。

「魔術は魔獣が自然に行っていることの真似事に過ぎませぬ。とはいえ、どうすればより効率よく望む現象を起こせるか、研究が進んでいるため、魔獣よりも同量の魔力辺りの効率では勝っていることもございますな」

 魔質はその魔術のエネルギー源に使われる。とはいえそれは一般市民のことで、魔術師と言われる使い手は自前の魔力を使うことも多い。毎回毎回、外部のエネルギー源に頼っていたら資金で死ぬ。
 そのため、優秀な魔術師とは、より少ない魔力で望む効果を起こすことができるものを言う。

「これが一般的な魔力というものですな。さて」

 シンリは説明を切って、俺を見上げて自嘲気味に笑った。

「ここまで分かっていても、魔力が何なのか、全く分からないのですぞ」
「……分からないのか?」
「ええ。私たち人間のような固定的な物体とは異なりますが、旦那が持っている剣のように、物質に溶け込ませることもできますな。しかし鳥は魔力を使わずに空を飛びますぞ。世界に魔力が満ちてはおりますが、目まぐるしく変位しているため精確に計量することもできませぬ。魔質は振っても投げてもふるまいは物質と全く同一。なれど、魔力を変位臨界まで当てれば、すぐに感応して変位していきます。謎、謎、まったくの、謎」

 ばさり、と杖が葉を叩く。
 言葉をまくし立てたシンリは肩をすくめた。

「“魔力”とはなにか。“魔力ではない”物質とはなにか。それらによって作られる“世界”とは何なのか。……師匠が生涯かけてもその答えにたどり着けなかった答えを、それでも、私は知りたいと思うのです。己の白痴に、そして身の程を知らぬ愚かさに、ついつい感傷を覚えてしまうのですな」

 俺は黙って藪こぎを続ける。
 シンリもしばらく黙って俺の少し後ろをついて歩く。
 樹海は静けさに包まれていた。さきほどの魔獣との立ち回りなど嘘のように、静かに空気が流れていく。
 藪を切り払って、見えた光景にシンリを振り返る。

「見えたぞ」
「は」

 前を向いて、改めて見る。
 木の根から地下水の染み出した小さな池の中心に岩があり、それを覆うように小さな草が群生している。
 その草が、依頼で求められていた薬草だ。

「は、はー。ここまでまとまって生えているのは初めて見ましたぞ。こんな場所、よくご存知でしたな」
「ま、偶然な」

 何日も樹海に通っていれば、こういう場所のひとつや二つも覚えてくる。特に魔獣との余計な遭遇を避けるとなるとなおさらだ。
 手分けしてさっさと採集する。
 シンリが一握りほどの量を手の平に載せて見せた。

「これくらいでいいですかな」
「十分だろうな。取りすぎるとよくない。せっかくの採集場所がなくなったら困る」

 シンリは苦笑してうなずいた。依頼のほかに自分の分も採集しておこうと思っていたのかもしれない。
 受け取って、水袋に漬けておく。

「さて、それじゃあさっさと帰ろうか」
「そうですな」

 あは、とシンリは阿呆のように笑う。
 俺はシンリの背を軽く叩いて促し、先行する。藪こぎをしてきた道を辿って帰るだけだから、ずいぶん楽なものだ。
 ややも歩くと、減らず口がまた動いた。

「旦那あ。旦那は、薬草はよく使う方で?」
「そりゃあな。魔術なんざ使えないから、怪我も病気も薬草頼りだ」
「……医者は?」
「金がない」

 あは、と笑ったシンリがまた身を摺り寄せてきた。

「困ったときは、呼んで下されば診てあげますぞ?」
「遠慮しておこう。どうせこの地に留まるつもりもないんだろ」
「いえいえ。しばらくは逗留するつもりですな」

 振り返って、シンリを見る。
 シンリは俺を見上げて、にまりと笑った。

「今度はこの地の魔力について見て回るつもりなのですぞ。だから、当分はあの街が拠点となりますな」
「へえ、そうかい。頑張れよ」
「む。冷たいですな旦那あ。せっかく知り合ったんですから、どうぞよしなに、みたいな流れを期待していたのですぞ?」
「知るか。離れろ」
「ちぇー、お得意さん獲得ならず」

 チロリと舌を出して、それからもう一度あは、と笑う。
 つくづく、シンリといると気疲れする。

「旦那あ」
「なんだ」
「もし、世界に魔力がなかったらどうなっていたと思いますかな」

 また戯言か、とシンリを見た。シンリはさきほどまでのからかいの表情はなく、真剣に考えているような顔をしていた。もうさきほどまでの話は終わって、もう別の話が始まっているのだろう。

「もし、世界に魔力がなかったら。魔術も魔獣もおらず、無論薬草などもございませぬ」
「商売あがったりだな」
「ええ。冒険者や傭兵といった存在は大きく数を減らすでしょうな。治療方法もなく、生活に使われている魔術の品も、魔力を宿す武具も存在しませぬ」

 文化の大半が成り立たず、先史時代まで逆戻りだ。

「ですが、発展がないとは考えられませぬ。魔術があるから魔術を研究し、発展していったのですぞ。まして、魔獣もいない安全な世界ならば、なおさらその“代わりの何か”は発展するのではないですかな」

 なるほど。そんなことも、あるかもしれない。
 魔力を使わずに料理をしたり、怪我や病気を治したり、長距離を移動したり、なんてことを実現しているのかもしれない。

「魔獣や、他の国との抗争のなかで魔術は発展して行っただろ? 代わりの何かはどうなんだ?」
「やはり、魔獣以外……野獣ややはり他国との闘争を繰り返して発展するのかもしれませんな。旦那の剣も、もっとすごい形に発展しているかもしれませんぞ」
「すごい形、ってなんだよ」
「さあ。それは分かりませぬが……広範囲を一撃で傷つけたり、大木をも切り裂けるようになったり、刃こぼれしないようになったり」
「魔術なしで、ねえ」

 剣に付与された魔術の効果で、その真似事は可能だ。ドワーフの鉄工ほどの精巧かつ濃密な魔力が必要になるが。
 それほどの高度な技術を、果たして魔術なしで再現することができるのだろうか。

「私は魔術が専門ですからな。そんなことが本当にできるかどうかなぞ、分かりませんぞ」

 おっと、などと言いながらシンリが両手を上げて追及から逃げる。誰も魔術を使わず実現する原理がお前に分かるなんて、欠片も思ってないから安心しろ。
 上げた両手を下ろして腰に当て、シンリは笑った。

「そういう世界も、もしかしたらありえたかもしれませんな」
「またずいぶん壮大なたとえ話だな」
「あは、そうですな。でも、私たちが生きている世界は、このたとえ話の世界ではありませぬ。魔力のあるこの世界が、この世界たりえる理由を追究したい。そう願ってしまうのですよ」

 シンリはそう言った。

「また、ずいぶんと壮大な夢だな」
「あは。確かに、そうですな」

 やはり能天気に笑う。
 ふと、枝がこすれる音がした。

「時に旦那、街に帰ったら私とむっ?」

 指でシンリの口を閉じさせる。目を凝らし、耳を澄まして周囲をうかがう。雰囲気が変わった。
 がさり、と草を踏む音がする。いや、草を踏み、かきわけ、かわして駆けるこの音は。

「群れだ」
「は?」
「構えろ、何か来るぞ」

 何の群れだ。草食にしては騒ぎもなく足音が静か過ぎる。気配を殺すこの足音は、捕食者のそれだ。しかし気取られるほどの音を立てて、それも群れで固まったまま移動するというのは、なにか妙だ。
 何が起こったか知れない。剣を構えて備える。
 がさ、と。

「わっ」

 シンリが声を上げた。
 黒い影がひとつよぎり、それは数を増して、横殴りに嵐が吹き付けるように、猛烈な数の影が駆け抜けて行った。
 ほんの一瞬のことで、身じろぎひとつ取る暇もなかった。
 群れの足音は遠ざかって行く。

「な、なんだったんでしょうな?」

 シンリはのんきに目を白黒とさせている。
 俺は勘違いであってほしい気分を生唾と一緒に飲み込み、声を潜めて教えた。

「今のは、魔狼だ。あんな勢いでなりふり構わず逃げるなんて普通じゃない。何かあったのかもしれないぞ」
「ま、魔狼……って、あんな大きな群れに襲われたらひとたまりもないですな」

 シンリはいまさらのように顔を青ざめる。しかもそれが逃げるような大事となると、何が起こっていても不思議じゃない。山火事でもあったのだろうか。
 ふと顔を上げたシンリは口を開く。

「でも、旦那あ。魔狼ってもっと東のほう、山脈と樹海の狭間あたりを根城にしているんじゃありませんでしたかな? このあたりにまで出張ってくるなんておかしいでしょう」
「そうなんだよな」

 山火事があったなら、山のほうに逃げればいい。岩山だから少しも行けば安全になるはずだが。
 なんにしろ嫌な予感がする。さっさと逃げたほうがいいかもしれん。

「急ぐぞ。野生生物の奇行なんて、ろくなことじゃないに決まってる」
「そうですな」

 シンリがそう言い終えるかどうか。
 木漏れ日すらも翳り、暴風が吹き荒れた。
 枝が折れる寸前までしなり、若木は傾ぎ、重量物の落着する重い衝撃が地面を波打って伝わる。

「な、なにが」

 シンリは風に耐え切れないように俺にしがみついてよろけている。辺りをうかがう余裕はないだろう。顔を上げて、吹き荒ぶ暴風に目を眇めて前を見た。
 見るんじゃなかった。
 終わりが形を成してそこに立っていた。
 巨木をも踏み潰す巨躯が、震える。
 空気が破裂して、頭を挟んで揺さぶり、重みを持って体にのしかかってきた。錯覚だった。
 それはただの咆哮だ。

「……ドラゴ、ン?」

 シンリがつぶやいた。その声で我に返る。
 小山ほどもある巨体、滑らかな表皮には鉄をも上回る強度の鱗が並ぶ。地面を蹴る後足の爪は野太く強固、獲物を引き裂きなぎ倒す前足の爪は鉤曲がり、先端には返しまでついている。四肢の持つ膂力はその巨体を自在に動かすに足るだけのものを秘めており、その強靭な筋肉は、鱗などなくとも生半可な刃を跳ね返すだろう。その顎で一口に食らえない獲物は、世界にどれだけいるだろうか。背に背負う雄大な皮膜の翼は、丸太ほどもある尾と並んで大きすぎ強すぎる肉体を操るバランサーの役割をも兼ねる。
 ドラゴン。
 神話の神にさえ謳われる、覇者の姿がそこにあった。

「だ、旦那、旦那あ」

 俺の後ろでシンリが情けない声を上げる。
 ドラゴンがなぎ払われた木々の隙間から俺たちを見ていた。
 不意に、依頼所で見たドラゴン討伐の依頼が頭をよぎる。特一級の重要度を判じられた依頼だ。

「逃げるぞ」

 迷わず告げて、シンリの腕を取り、樹海のなかに飛びこむ。
 全力で、半ば跳ぶように駆ける。根や草を飛び越えながら走っているから仕方がない。

「だ、旦那! 危ない! 浮いてる、ちょ、危な、私浮いてますぞ! 吹き流しみたいに!」

 シンリが声を震わせて何か言う。軽い体を引きずって全力疾走しているから、振り回されるのは我慢してほしい。ぶつけて骨の一本や二本を折ろうとも、あのドラゴンに蹴散らされるよりはマシだ。
 だが、肝心のドラゴンが俺たちを見失っていない。巨体を震わせて追いかけてきている。
 それを横目に確認して舌打ちをする。野郎、遊ぶ気でいやがる。
 人間みたいな小物を狩りで襲うはずがない。腹の足しにもなりはすまい。だいたい、全身が魔質と言っていいドラゴンは、肉を食わない。経口摂取では巨躯を維持するためのエネルギー摂取が間に合わないからだ。
 植物が光合成をするように、レイラインの魔力を浴びて生命活動を維持する。効率よく魔力を受けるために、身体の巨大化は避けられないことだった。魔質で肉体を作るのも、ラクダのこぶのように、魔力を貯蔵することを兼ねている。年齢と健康状態とその肉体の大きさは密接に関係している。
 めきめきと音を立てて傍らの巨木がへし折れ、軽々と宙を舞う。
 馬鹿力と馬鹿でかさの理屈を知っていても、糞の役にも立ちはしない!

「旦那、無理ですぞ! 逃げ切れませぬ!」
「っじゃあどうすンだよ!!」

 俺の後ろで引きずられるシンリが上げた悲鳴に、ぶち切れて怒鳴り返した。シンリが怯えたように震える。
 くそ。俺だってびびってるっつの。
 と、ぐいと走る腕に強い抵抗を感じた。振り返ればシンリが踏み止まろうとしてこけている。苛ついた。

「不貞腐れてる暇があったら……!」
「走っても逃げられませぬ。今逃げおおせているのも、追いつめる気がないからですぞ」

 妙に冷静なその語調に、冷や水を浴びせられたような錯覚があった。胸がすっと冷たくなって、順次、頭が少し冷えてくる。体中が心臓になったように弾む血流が痛い。
 確かに、あの巨体のうえに気流に乗れば空を飛ぶこともできるドラゴンから、走って逃げ切れることはないだろう。最悪、街に連れ込むことになりかねない。
 逃げるという手は、あり得なかった。
 シンリはかすかに笑って、俺の肩に杖を押し当てた。嘘のように疲れが引いて、心臓が穏やかになる。

「魔術か」
「ええ。簡素なものですが」

 言って、背にした木からドラゴンをうかがう。動きのなくなった俺たちを見て、つまらなそうに足踏みをしていた。本当に遊ぶ気しかないらしい。

「ねえ、旦那あ。旦那は逃げて背を裂かれるのと、立ち向かって胸を貫かれるの、どちらが好みですかな」

 ドラゴンをにらんだまま、シンリがそう言った。
 俺は苦笑し、剣を肩に担ぐ。剣の根元は刃引きしてある。

「看取られながら安らかに息を引き取りたいね」

 シンリは吹いた。くすくすと笑って、俺を見る。

「この際、それは抜きで」

 肩をすくめ、俺はシンリの前に歩み出る。
 すれ違いざまに、シンリが無駄に愉快そうな笑みを浮かべていたのが目に付いた。
 コン、と剣を叩かれる。

「魔術を付与しましたぞ。ドワーフの名工にも勝るほどの魔力が備わったはずです。なに、ドラゴンと決着がつくまでくらいは持ちますぞ」
「そりゃ、頼もしいことで」

 苦笑が浮かぶ。決着って、それは果たして何秒後のことだろうな。

「一矢報いてやろうか。やつの鱗の一枚ももらって行くぞ」
「鱗といわず、首ごと持ち帰るのはどうですかな?」
「そいつはいい考えだ」

 笑う。先ほどまでの、恐怖感や切迫感はない。これもシンリの魔術かと思う。それくらい、不思議に活力が湧いていた。
 シンリの軽口に当てられたのだろうか。騎士団の演習で雪原に演習に行ったときに経験した、食料がほぼ尽きて雪を溶かした水腹だけで2日過ごした後の雪猿との戦闘に比べたら、コンディションがいいだけマシだというのもあるかもしれん。
 なんにせよ、せいぜい踊って、シンリを見逃す程度には満足させて存在自体がクレーマーな怪獣サマにお引取り願おう。
 理性では死ぬと分かっている。自己満足の、負け戦だと。
 しかし、感情は、直感は、あるいは、と告げていた。

「さて、遊ぼうか」

 剣を構える。
 なぜか笑えた。
 俺たちの様子に何か気づいたのか、それとも単純な気まぐれか、ドラゴンはその巨躯を揺すって襲い掛かってきた。前足が叩き潰さんと迫る。

「あわっ、旦那!?」

 シンリを脇に抱いて、横っ飛びに逃げ出す。背後で身代わりになった木が炸裂した。木片が襲い掛かってきて、それだけで死んでもおかしくはなかったが、シンリが背後に杖を向けてなにやら魔術を放っていた。細かな木片がくすぐって来ただけで、幹や枝は飛んでこない。
 振り返り、シンリを投げ捨てて取って返す。引きあげられようとしている腕に迫り、爪と指の間に剣をねじり込んだ。
 ずるり、と思いがけないほど深く刺さる。青ざめた。シンリの魔術の効果だろうが、鋭すぎる。
 ちょっとだけ刺して逃げようと思っていたのに、やけに深く突き刺してしまったため、逃げるのが遅れた。ドラゴンが痛みに振り上げた腕に振り回され、俺は枯葉かなにかのように宙を舞う。天地が回転し、臓腑がひっくり返る。

「旦那!」

 足を引っ張られる感触。体勢が整い、地面に向かって自由落下より早く墜落する。激突の寸前に勢いが和らげられた。衝撃は殺しきれず、足首に鈍痛が走る。

「旦那、ご無事で?」
「怪我自体はない。腕を捻って折ってても不思議じゃなかったがな」

 平静を装って答えるが、実際は青息吐息だ。ドラゴンは爪の根元から血を流して苦悶の声を漏らしている。
 爪ひとつ傷つけるだけでこの様だ。あといくら持つだろうな。

「旦那は、本当に魔術慣れしておられませんな。一人で突貫するとは、なかなかひどいですぞ」
「あ? 戦うのは俺の役割だろ」
「そうでもございませぬ。どうか、次は私の指示も聞いていただきたく。魔術師の重要性をば、ご覧に入れましょうぞ」

 見上げたシンリは笑って応えて杖を振る。見上げればドラゴンは流血も止まり、敵意を持った目で俺たちを見据えていた。
 巨体を屈める。勢いをつけて巨腕でなぎ払おうと大きく振りかぶる。
 俺は青ざめてシンリを見る。こんな攻撃に本当に対処できるのか?
 シンリは俺を見上げた。

「あは。旦那、私を逃がして?」

 青い顔でしがみついてきた。
 もう何を言う暇もなかった。
 引っ担ぎ、尻に火がついたような勢いで逃げる。すぐ背後を殴りつけるような暴風がよぎり、砕けた木々が暴力のように殴りつけてくる。

「やっぱできねーじゃねえか!!」
「パワープレイには勝てませぬ! 魔術は攻撃行動の前に使わせてほしいですぞ!」
「俺に言うな!」

 シンリはまた魔術で木片を防いでくれているが、こんな対処行動ではジリ貧だ。
 だいぶ拓けてきた樹海の巨木に身を隠す。ドラゴンは気が立ってはいるが攻撃を繰り返すつもりはないらしい。逃げ回らせて嬲り殺す気にでもなったのだろうか。

「で、どうすりゃいいって?」

 木の陰からうかがいながらシンリに尋ねた。
 シンリはもじもじと指を合わせながらのたまった。

「魔術は身を守るにはなかなか向かないゆえ、安全を確保してほしいのですが……」
「帰れ」
「だって! あんなもんどうしろっていうんですかな!? 魔術というのは」

 シンリは逆上したように顔を跳ね上げて叫ぶ。
 背後で地鳴り。ドラゴンが迫ってきた。また担いで逃げようとした瞬間、シンリは杖をドラゴンに差し向けた。

「こう使うものですのに」

 目に見えるほど圧縮された空気の塊がドラゴンの顔面に打ち付けられた。同時に足をなにかで絡め取ったらしく、ドラゴンは派手に転倒する。
 まさか、こうもあっけなくドラゴンに土をつけるとは。
 感心している暇が惜しい。俺は剣を引きずるように木陰から飛び出す。

「旦那!」

 声がして、脇を氷柱が駆け抜けた。目前の、ドラゴンの腕に突き刺さる。

「魔術の当たったところを!」

 続けて発せられた声が届くころには、ドラゴンの前にたどり着いている。
 とりあえず指示通りに、剣をなでるように滑らせ、鱗の隙間に刃先をねじ込む。ずるり、と手ごたえとも言えない、脂身を切っているかのような感触。
 そのまま、鱗の流れる方向に沿って、隙間を縫うように切り下ろす。
 ドラゴンが悲鳴を上げた。びりびりと空間を叩くその重い音は、しかし効果のほどを証明していた。
 反撃を食らう前に退避。身を翻しながらシンリに向かって叫んだ。

「目を!」
「あは!」

 返事なのかどうか、シンリは大きな笑声を腹から上げて、杖をドラゴンに向ける。火炎が蛇のように伸び、ドラゴンの目の辺りで炸裂した。ドラゴンは大きくのけぞり、身をよじる。
 やつの視界から外れた俺はまんまと逃げおおせて、シンリの元まで帰ってこれた。

「やつは妙にやわらかいと思ったら、魔力だな?」

 シンリは俺の言ににんまりと笑う。

「鋭いですな。そう、魔質は一定以上の魔力をぶつけると感応し、形状が崩れて魔力に還元されまする。無論、すぐに全てが魔力に還るわけではありませぬが……なに、堅牢な鎧がふやけるような効果はありますぞ」
「なるほどな。そりゃ、魔術師は引っ張りダコになるわけだ」

 魔獣を相手にする仕事についてる者ならば誰もが欲しがる。
 シンリは肩をすくめて、少し楽しそうに笑う。

「ま、燃費が悪くて、使い手や仲間によっては費用対効果がすさまじいことになるのが難点ですかな」

 言って、俺に手を差し出した。

「行きに手に入れた魔質がありますでしょう? いただけませぬかな」
「もう魔力が足りないのか。本当に効率悪いな」
「なあに、あれを倒せばリターンは腐るほど得られますぞ」
「ははっ。いいね、派手な賭けは嫌いじゃないぜ」

 袋から一掴みの魔質を放り投げる。シンリはそれを受け取り、あは、と笑った。

「よいでしょう。それでは私も、少々派手に参りますか」

 杖を構える。こんな小娘に頼りがいを感じるのも笑える話だ。
 だが、背中を預けることに躊躇はない。

「行くぜ」
「いつでも」

 声をかけ合って、走る。
 なかなか深く切ったと思うのだが、傷を早くも癒したドラゴンは、警戒の目で俺をにらむ。それでも攻め手に回らないあたり、まだまだ余裕があるらしい。
 樹海から、ほんの数歩でドラゴンが開拓した広場になる。ここを樹海探索のキャンプにでも作り変えたら、冒険者らにありがたがられるかね。そんな戯言を考える余裕がある。
 ドラゴンは俺を見ると、足を踏み変えて背を向けた。いぶかる暇もなく、風を引きずって図太い尾が迫る。

「跳んで!」

 シンリの声。ちゃんと理解したかどうか怪しい反応の速さで、俺は全力で跳躍した。その足に強い抵抗感。足の裏に足場がくっついてくるかのようだ。シンリが魔術で俺を押し上げてくれたらしい。足下を黒い影のようにすら見える尾が閃いた。
 ドラゴンが改めてこちらを振り向くより早く、俺はドラゴンを前に空に投げ出された。
 その眼下を火炎が貫く。ドラゴンの足に、まるで槍が刺さるかのように、高温高密度の火炎流が吹き付けたのだ。
 こうも矢継ぎ早に強力かつ精確な魔術を使うとは。
 あいつはひょっとしてすさまじい技量の魔術師なのではないだろうか。
 高熱にあぶられて赤く輝いているドラゴンの足首に、落下の勢いを乗せて剣を叩き込む。
 足首の腱を断たれて死ぬ神は、神話に幾人いただろうか。
 ドラゴンもまた、天を揺るがすような絶叫をあげて、大きく体勢をくずした。翼を打ち、尾で地面を叩き、腕を突いて転倒を免れる。

「旦那あ!」

 シンリの絶叫が遠くから聞こえた。見れば、掲げるように持った魔質が、角砂糖が水に溶けるようにするりと解けて消えていく。飛来した大量の氷柱が、ドラゴンの残った軸足の周りに突き立った。

「逃げられよ!」

 氷柱に空気中の水分をも大量に奪ったらしく、空気が異常に乾燥している。
 全力でドラゴンの脇を抜けて走る。ドラゴンの顔が俺を追って動き、続けて体を動かすより先に。
 刺さった氷柱の周りに魔術で強引に高熱を引き起こし、地面に食い込んだ氷柱が、土ごと水蒸気爆発を引き起こした。
 その爆風は土や石を弾丸のように撒き散らす。背中を突き飛ばされたような衝撃で体勢を崩す俺に、それらは霰のように突き刺さってきやがる。あの小娘め。
 だが、ドラゴンは突如足元がえぐれて支えを失い、体勢を崩した。血を川のように流す足では体勢を支えることはできず、倒れこむ。重量物が衝突する衝撃で土煙が噴出する。

「旦那! 爪を!」

 腕を引っ張られて、驚いて顔を上げるとシンリがいた。
 いつの間にか駆け寄ってきたシンリは、俺を助け起こしながら、土煙の合間に見えるドラゴンの腕を指差している。爪を切り落とせということだろう。
 痛む体に鞭打って、走り出す。あれだけ頑丈な鱗を切ったり殴ったりと、乱暴に扱っているのに、剣は刃こぼれひとつしていない。魔術恐るべし。
 ドラゴンが手を突いて体を起こそうとするところに、またもや鋭利な槍のような氷が爪の根元を貫いた。泣きっ面に何とやら。容赦なく大上段から剣を叩き込み、半ば折るようにして爪をもぎ取る。
 人の胴体ほどもある巨大なそれを掴んだ。振り返りざまにシンリに向かって投げる。
 地面を転がった爪を、シンリは踏みつけるようにして止めた。

「さあ、天下の大魔導師が一番弟子の大魔術! とくとご覧あれ!」

 杖を振り上げて、呵呵大笑する。
 懐から新たに、宝石のように輝く珠を取り出した。いや、縦に裂けた瞳孔、虹彩を見るに、あれは眼球だ。まさか、ドラゴンの瞳か。
 その足元で、魔質であるドラゴンの爪が形を崩して解けていった。ドラゴンの瞳もまた、同時に解け去っていく。
 シンリから光が湧き出すように溢れ、空に魔方陣が浮かび上がる。 
 ちょっと待て、なんだこれ。
 周囲の、ごく一部とはいえレイラインである樹海の魔力をすら飲み干し、なおも注ぎ込まれる莫大な魔力に紡がれて、産声を上げた魔術の寵児。
 剣の形をしたそれは、ドラゴンの眉間を真っ直ぐに刺し貫いた。
 それは神話の再現だった。神話の聖剣が持つ一撃を再現する、理論だけの、存在そのものが神話のような魔術だ。
 伝説の結実は、一本の剣は、ドラゴンを刺しただけで、巨体の全身を打ちのめしたような衝撃を与えた。鱗どころか、体そのものが半ば解けるような、莫大な魔力がドラゴンを蹂躙していく。

「旦那あ!」

 言われて、反射のまま、剣を担いで走り出した。鱗に足掛け、剣を叩きおろす。
 まるで熱々のチーズを切るようだった。剣を引きずって首を一回り走ると、滑らかな切断面を残して、ドラゴンの首は自らの重さに引きずられて胴体から落ちる。
 地面に落ちて転がり、どこを見ているのかも分からない瞳が、空を向いた。
 これが、現代の神話の幕引きだった。

「旦那! やりましたな! 倒しましたぞ、さすが旦那っ!」

 シンリが駆け寄ってくる。俺はまだ呆然としていた。現実感がない。

「……お前、あの魔術は?」
「は。私の腕ではまだ拙く、ドラゴンを消し飛ばし北の湖を築いたとされる神話の再現には至りませぬな」

 あは、と少し嬉しそうに笑う。そういう問題ではない。

「あんな魔術をどうして使えるんだ。お前、何者だ?」

 シンリを正面から見据える。あれは、あんな魔術は、人間業ではない。
 俺の視線を受け止めるシンリは、もう一度、あは、と笑った。
 そいつは片手を額につけて、もう片手を腰に当て、ぐいっと腰を曲げて、マントが開いて生足が覗く、色気のあるようなないようなポーズを取った。

「真理の希求者、ハイデ・シガリエン!」

 声も高らかに名乗る。

「いや俺は真面目に聞いてるんだけどな?」
「ちょっ、旦那!? 私も至極真面目に応えたつもりですぞ!?」
「どこがだ」

 シンリはわりと本気で狼狽している。やっぱり名前も称号も変わってるじゃないか。
 口をひん曲げてなにやら沈思したシンリは、改めて口を開いた。

「旦那。私は申し上げたはずですぞ。私は真理を、魔術の真実を究めている、と」

 確かに、そんなことを言っていた。そのために師事していたし、今旅に出ていると。
 にやりと笑って、マントの裾を翻してみせた。

「創世神話に関わる魔術のひとつも知らずして、そのような戯言を追い求められるとお思いですかな?」
「……まさか」
「ええ」

 シンリは帽子を押さえて笑う。

「技術としての魔術の、その先に用があるのでね」

 めまいがした。
 人間の魔術は、術具という特殊な器具を用いなければ木の葉ひとつ動かすこともできない。それほど緻密な技術を要求される。
 それにも関わらず、この小娘は未だ成しえない魔術の奥義を、それも竜の瞳と爪とレイラインの魔力という劣悪な条件でやってみせた。
 理論値、という言葉でも言い尽くせないほどの難事だ。

「尋常じゃねえな」
「師は完璧に再現できると申しておりましたな。あいにく、見る機会はなかったのですが」

 シンリは笑って言った。そんな魔術をぽんぽん使われてたまるか。師弟ともども人間業じゃねえ。
 慄く俺の胸を、シンリは杖で軽く叩いた。

「しかし、私からすれば、旦那こそ尋常ではないと思いますな」
「馬鹿を言うな、誰がお前みたいな傑物なものか」

 そんな規格外になった覚えはこれっぽっちもない。
 俺はこの身ひとつしかないんだぞ。

「旦那。こんな樹海に一人でとことこ歩きまわれる人が普通とお思いですか」
「いや、俺は逃げ回ってるぞ?」
「ご無事であられるということが異常ですな。野生動物よりも鋭いセンスをお持ちとはどんな戦士ですか」

 それに、とシンリは言葉を連ねる。

「旦那は、私が直々に魔術をかけ、ドワーフの名工に勝る効果を得た剣を、軽々と使いこなしておられましたな。魔術に慣れぬと仰っていたにもかかわらず」

 未だにその魔術が解けずに燐光を放っている剣を見る。何度か鋭すぎる切れ味に戸惑ったんだがな。
 シンリは俺の考えていることなど見通していると言わんばかりに、呆れたようにかぶりを振る。

「旦那は運動力が大幅に変化しても戸惑わず、どころか大いに活用せしめたでしょう。取りも直さず、ドワーフの魔術剣を、それも何種類もの剣を使い慣れていることを意味しますな。そんな経験のある者が世界に幾人いるとお思いで?」
「……帝都の騎士団ではごろごろいたが」
「あは。確かに士官クラスは皆携えているかもしれませぬな。しかし、逆に言えば、それぎり、でございますぞ」

 旦那は実力が足りずに除名されたのではなく、理由は存じませぬがあくまで追放されただけですしな、などと付け加えた。
 とん、と杖の石突が地面を打つ。

「私など、術具と魔質の援助を借りねば赤子のようなものです。その身ひとつを極めなさった旦那のほうが、よほど、尋常でないと思いますぞ」
「買いかぶりすぎだ。俺はそんな大層な人間じゃない」

 走って切るしか能がない俺が、英雄級の魔術師と同じわけがない。
 少し黙って俺を見つめたシンリは、あは、と笑った。

「ま、旦那も化け物扱いは嫌ですかな。よいでしょう、瞳からなにから一通り回収いたして、帰りましょうぞ」

 妙に引っかかりのある言い回しをして、ドラゴンの亡骸に向かった。
 そういえば、と最初に出会ったときの、依頼所でのことを不意に思い出す。

「お前、まさかドラゴン討伐依頼を請けようとしたのは、まんざら間違いじゃなかったのか?」

 あれだけの技量を持つ魔術師なら、あるいは最初から可能だったのか。
 ドラゴンの瞳を杖で叩いていたシンリは、俺を振り返った。にんまりと笑う。

「旦那が並み以上の剣士ということは、見て分かりましたからな。まー実際は、予想をはるかに超えていたわけですが」

 脱力する。あんなもの、ギルドひとつを動かしてやっとこ遂行するような依頼だ。

「お前……規格外すぎだろ」
「なにを仰います。騎士団が一隊丸ごと出動しないとならぬドラゴンを、たった二人でほぼ無傷で討伐せしめたのですぞ? 旦那とて偉業ではありませぬか」
「こいつが狩る気で襲ってきたら、今頃肉片だぞ」
「あは。でも、大丈夫だったではないですか」

 閉口する。結果がこうして出ている以上、もしもを語っても仕方がないのは事実だ。事実だが、しかし、お前、それはどうよ。
 シンリは取り出したドラゴンの瞳を日に照らして見ながら、かすかに笑った。

「旦那あ」
「なんだ」
「真理は、どこにあると思いますかな」

 改まって、ずいぶん間の抜けたことを訊いてきた。
 俺は少し考えて、くだらなくなって、やめた。シンリが見つけられないものを俺が分かるわけがない。

「お前の中じゃないか」

 魔術の叡智を究めつつあるシンリが、最も近くにいるはずだ。
 適当を答えた俺をどう思ったのか、シンリは俺をじっと見て、あはと笑った。

「旦那。これからもよろしく頼みますぞ」
「はあ?」
「魔術師の抱える不足を補い、なおかつ世界を自由に動ける、実力の卓抜した、信頼の置ける人間……などという存在は旦那を措いておりませんからな」

 妙に得意げに言う。なぜお前が得意になる。
 そうかと思えば、不意に顔を背けて、笑みの色合いを変えてつぶやいた。

「それに……旦那は、私を怖がりませぬ」

 俺は黙ってドラゴンの遺体に手を入れる。だいたいどこを取っても魔質だから恐ろしい。
 頭の奥に手を入れて、ナイフで切り分けてそれを掴み取った。
 振り返って放り投げる。

「ほれ」
「は。うわっ?」

 シンリはお手玉したものの、薄紫の宝珠をしっかりと抱え込んだ。
 腕の中にあるものに目を落として、目を見張った。

「だ、旦那っ、これ竜玉!? こんなぶっちぎりの高級品を渡されても困りますぞ!?」
「そうか? まあ持ってろ」

 鱗と牙を拝借する。これだけでも当分暮らせる。それほどなのだから、竜玉の価値となれば天井知らずだ。
 そんな逸品を抱え持つシンリは、妙に畏れているような硬い表情を浮かべている。
 追い詰められた猫みたいな顔をしている。思わず笑ってしまった。もう少し、説明してやったほうがよさそうだ。

「どうせ一緒に行くなら、どっちが持ってても同じだろ」
「は」

 さて、と今後のことを考える。戻って討伐を事後報告しても、懸賞金が貰えるだろうが、その半分は口止め料に消えるだろう。ドラゴンほどの怪物を討伐しておいて流離おうというからには、それなりに手を打つ必要がある。

「……あん? どうした、黙りこくって」

 変な顔をして硬直しているシンリは、俺を見上げて、あは、と笑った。

「いやん、旦那ってば、気のない振りしてそんな……。いきなりそんなに信頼されると、困ってしまいますぞ? いえ! 嫌なわけではないのですが! でもでもぉ……ぐふふ」
「きしょ」

 竜玉を抱えてシンリはにやにやしながらくねくねしていた。
 いや、ついうっかり本気で引いた。

「えっ」

 シンリはまじまじと俺の顔を観察する。なんだよ。
 思わず距離を開けたら、シンリは顔を真っ赤にしてあからさまに狼狽した。

「えっ……あれ!? あれえっ!? こんな二人して一生余裕で暮らせる財宝を無警戒に渡されるなんて、これはもうプロポーズだと思ったのですが?! えっ!? ええっ!?」
「なに言ってんだお前」

 寝言は寝て言え。乙女のつもりか。
 収穫物をまとめて袋に詰めて担ぐ。

「アホなこと言ってないで帰るぞ」
「だ、旦那あ! もう、色々ひどいですぞ本当に!! 誤解するようなこと言わないでいただきたく!! わりとマジで!!」
「勝手に勘違いしたくせになに言ってやがる」

 その誤解はむしろ想定外だ。信頼の証、くらいのつもりだったのは事実だが。
 俺の隣について歩く小柄なシンリを見る。
 自分の妄言を恥らっているらしく、未だにもそもそと何か言い訳を語っている。聞き取れないような小声だが、まあ、聞く意味もないだろう。
 その表情に陰りは見えない。
 ……ま、結果オーライだったのかね。

「あの、旦那?」

 ふと、シンリが俺を見上げておずおずと声をかけてきた。

「なんだ」
「いえ、その。先ほどは色々うやむやになりましたが……」

 お前が勝手にしたんだろうが、と思ったが、まあ傷口はほじくりかえさないでやろう。
 シンリはかすかに真剣な表情を覗かせた。意を決したように口を開く。

「私と来てくれるのは、本当ですか?」

 やれやれ、と肩をすくめて空を見上げる。
 樹海はあれだけの騒動があり、一角が更地になったにもかかわらず、変わらず静けさに包まれていた。

「ま、暇だからな」
「……ありがとうございます」

 シンリは竜玉を大事そうに抱えながら、そうつぶやいた。
ルト 

2010年12月12日(日)00時28分 公開
■この作品の著作権はルトさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
 これも、考えようによっては、ひとつの思考実験ではなかろうか。みたいなことを考えたのですが、さすがに無理があったかもしれません。無理矢理なのに、なんでこんなに長くなったのだろう……?


この作品の感想をお寄せください。

2011年06月23日(木)00時48分 ルト  作者レス
 真柴竹門様、ありがとうございます。

 えらい遅れたのはひどい駄作を送りまくったと岩戸に閉じこもるノリでこのサイトを数ヶ月離れていた結果、なんというか時期を逃し、書くに書けなくなったという情けない理由でした。しかし気がとがめるのでひっそりと。

>「ですな」「ですぞ」などなどのシンリ独自の言葉使いが小気味いいです。
 シンリはこっそり気に入っているキャラなので、そう言っていただけて嬉しいです。また、アハ体験ですが、ちっとも意識していませんでした(ぁ  少しわざとらしい笑いの擬音ということで採用したのでした。

>ファンタジーの世界で科学哲学
 科学という存在そのものを考えるのは、やっぱりファンタジーの世界、科学でない世界ならでは、と思ったので、絶対に入れてやろうと思った会話でした。
 シンリが脈絡を気にしない性格で助かったのはここだけの話。

>世界観にもライトさが必要なんじゃないかなと
 ファンタジーでやる、とだけ決めていて、昔作った設定をサクッと再利用して深く考えない、と、正直、手を抜いた部分なのでしたが、それが思いがけずいい方向に向いたようでよかったです。

>私は逆に〜(物語は)〜今のままで良いと思っています
 これは、私が変に色気を出して、シンリに過去という「人間としての厚み」をチラつかせたのが、一番の問題だったのだと思います。
 予定通り、彼らが所詮剣と魔法の代表、または世界の人々との窓口であるなら、そんな描写はいりませんでした。逆にそれぞれの人間性を深く掘り下げるなら、中途半端をせずにしっかり丁寧に描ききるべきでした。
 書くべきことと書くべきでないことの見分けは、本当に難しいと思います。

 真柴竹門様、感想評価、本当にありがとうございました!



 エキセントリクウ様、ありがとうございます。
>この「旦那あ」っていうのが忘れられなくて……
 キャラが印象に残っていただけたというのは、送り手として、とても嬉しいです。

 エキセントリクウ様、感想評価、本当にありがとうございました!



 蛇足ですが、この作品、企画の最終選考に乗っかっていたのですね……。
 他のお歴々と見比べるのも躊躇われる拙作ですが、たいへんありがたく思います。いやしかし今でも、なぜ、分不相応、という思いが。ただ、無茶しやがって的な枠だと思うと納得できている私がいます。
 実はこれ、いろいろ出させていただいたうちで、一番力を抜いて書いた作品なのです。手抜きだと思っていましたが、逆に、一番自然体だったのかもしれません。
 なんにせよ、栄誉なことです。ありがとうございます。

pass
2011年02月13日(日)23時12分 エキセントリクウ  +30点
実はこの作品、相当前に読んでいました。で、後から感想を書こうと思ってるうちに、どの作品だったか判らなくなってしまって……。

今回、やっと見つけました。
この「旦那あ」っていうのが忘れられなくて……見つかって良かったです。
131

pass
2011年02月01日(火)23時40分 真柴竹門  +40点
はじめまして、真柴竹門です。ちびっと値の張る「プレミアムコーンフレークビターチョコ」(日本食品製造合資会社)を食べた日に感想を執筆します。……ふ、ブラックな男の朝にはビターに限るぜ。
とはいっても書きたかったことはsvaahaaさんや野々宮真司さんが既に言われちゃってることなんで繰り返しになるんですけどね(笑)。

この作品を評価したい点は「キャラとキャラとの掛け合い」「ファンタジーの世界で科学哲学」「バトルシーンの面白さと、王道ストーリー」の三つです。
「ですな」「ですぞ」などなどのシンリ独自の言葉使いが小気味いいです。この口調によって賢者っぽい雰囲気をも出してますしね。もしかして「あは」はアハ体験と掛けてるんですか?
それから主人公の「俺」もイカしております。なかなかの良いツッコミ役ですし、冒険者としての熟練度も高そうですし、何よりも少し前を歩いて藪こぎをしてあげてる所が、優しさと帰りの利便を考慮した熟練さの両方が垣間見えます。
そして二人の会話シーンがお互いの旨みを引き出しているわけですが、その中でも……

>「はっはあ。それはやはり腕試し? それとも魔質を集めに?」
>「後者だな」
>「お、おーおー。旦那、頭いいのですなあ。口語で後者とか言っちゃう人はひさびさですぞ」
>「……悪かったな」

……というのが個人的に素晴らしかったです。この場合、確かに文字によるコミュニケートじゃなくて口語だと「魔質集めだ」と答えるもんです。まさに小説ならではのギャグですな。

ファンタジーの世界で科学哲学、これも面白い取り組みです。
魔獣・ハンター戦の前後にある哲学シーンですが、これは意外とハイレベルに見受けられました。
話をわかり易くするため、ここに多神教の神様が一人いたとします。全知全能ではないのですが、かといって全くのバカでもなく、ある程度の知性を持っていることにしましょう。
その神様は宇宙の至る所で起きる小惑星の「チュドーン!」って爆発や、光さえ「グオオオッ!」と吸収するブラックホールを見るたびに、宇宙の不思議さを嬉々として驚いていました。
ある日、地球という星で人間たちが「科学」というのを切磋琢磨に研鑽していることを神様は知ります。
そこで行われていることを詳しく調べると、この宇宙で起こっている事象とかなり近似値な知見を人間たちが持っていて、ある意味では「もう一つの宇宙」がこんなちっぽけな星に存在することにショックを受けます。
すると神様はこんな疑問を持つでしょう。科学とは一体何か、と。この広大な宇宙の中にある「科学」って現象とは果たして何ぞや、と。
つまりですね。科学ってコーンフレークについているビターチョコみたいな非常に変わった特異点なのですよ。そして、この「科学」とやらを詳しく調べれば、それはつまり「世界とは何か?」という問題の解答の大きな一部を得ることに繋がるのです。
また、これはシンリや「僕」の住む世界にも同じことが言えます。日本やアメリカといった国が存在する私達の住む世界では「科学」がビターチョコですが、彼らの世界の場合では「魔力」がビターチョコなんだと言えるでしょう。いや、魔力を効率よく運用するための魔術師達による研究が、ビターチョコと言うべきですな。
確かにこれはこれで難しい問題でしょう。このビターチョコはちょっとやそっとでは解けそうにありません。ですが……

>“魔力”とはなにか。“魔力ではない”物質とはなにか。それらによって作られる“世界”とは何なのか。
>魔力のあるこの世界が、この世界たりえる理由を追究したい。

……本当に難しいのは「物質とは何か?」「魔力とは何か?」「物質や魔力が何故あるのか?」といった何の味付けも無いシンプルなコーンフレーク(日食ブランド製品。最上質プレーン。原料と基本へのこだわり)なのかもしれませんね?
そんなことを思いながら「けんまほ」の哲学シーンを読みました。良かったら戸田山和久「科学哲学の冒険」でも読書してみて下さい。「この広大な宇宙の中にある「科学」って現象とは果たして何ぞや」というのは、この本に書かれてあることから抜いたようなもんですから。

さて、世界観やらバトルシーンは凄く良かったです。「ファイナルファンタジー」というより「ドラゴンクエスト」でしたね。
ラノベってあまり読まないから、よくわかりません。でも「けんまほ」を読んでいて、ラノベに求められるのは文章の読みやすさだけじゃなくて、上手く表現できませんけれども、良い意味で世界観にもライトさが必要なんじゃないかなと思いました。そして「けんまほ」は、それに成功していると高評価できます。
バトルシーンは簡潔な表現ながらもイメージしやすいですし、何より熱かったです。私のお気に入りは……

>「爆ぜよ!」
>ぬっと、杖が俺の脇から伸びて、魔獣の背中が炸裂した。驚きに肝が潰れる。
>しかし体は動き、剣で魔獣の面を取る。そのまま力押しで潰すように引き倒し、首を切り捨てた。
>飛びのいて、魔獣の動きを見る。

……といったいきなりの魔法炸裂(「僕」と同じく、私も驚いた)と、それとすぐに反応した主人公の動きの二点をサクッと表現し、そしてのちの二人の連携プレーの巧みさを読者に期待させるこのシーンがピカイチでした。勿論、VSドラゴン戦も凄かったです。
野々宮真司さんが「シンリの寂しさが十分に描かれていないために、物語の強度が若干不足している」と指摘していますが、私は逆に読者側が『シンリの過去ってどんなんだったんだろう?』と想像を膨らませられるから、今のままで良いと思っています(野々宮真司さん、ごめんさない)。
私は、ラストにシンリと「僕」がパートナーとなったのは、シンリの孤独が癒されたからという理由ではなくて、戦闘面でも日常面でも息の合った「愉快な戦友」に出会えたからシンリも「僕」も一緒になって旅をすることに決めたんじゃないでしょうか?
感想欄でも作者は「私は「こんな世界」に住む人の営み、出会いや別れ、想いや暮らしを、彼ら二人を通して垣間見れるようにしたかっただけで、言ってしまえば、個人としての人物像はわりとどうでもよかったのです」と書いてますしね(まあ作者はキャラとか人間模様であるストーリーとかの掘り下げで反省してますけど)。
つまり本作のテーマはタイトルにあるように、シンプルながらも「剣と魔法というベストフレンドとの出逢い」なんだと私は捉えました。だから別にシンリの過去の描写はこの程度で十分でしょ? ……本当に野々宮真司さん、さっきから批判してばかりでごめんなさい!(笑)。

点数は四十点とします。ソードでマジカルな二人と科学哲学的な冒険ファンタジー物語、ライトに楽しませてもらいました。
それではこの辺で失礼します。ありがとうございました!

139

pass
2010年12月13日(月)08時16分 ルト  作者レス
 svaahaa様、ありがとうございます。
 申し訳ないだなんてとんでもない、すごくありがたいです。

>王道
 物語の筋は難しく考えずに読めるものを、と考えていましたので、ど直球で参りました。

>「シンリ」の「旦那あ」
 私も書いていて非常に気に入りましたw こういう小物口調というのか、確かに誰が使っても好感を持てますよね。

>文章も読みやすかったですし、戦闘も想像しやすかったです。
 ありがとうございます。苦心した戦闘シーンが分かりやすいと言っていただけると嬉しいです。

>「変位」だと意味が通らない
 実は気がついていたのですが、日常使わない言葉で、何となく似合いそうな雰囲気があったので押し通しました(笑)
 魔力が記述通りなら、原子や素粒子レベルで「現れたり消えたり」するモノなので、「変化」だとニュアンスが違うと思って困った結果です。語彙不足やばい。

>思考実験
 私も、空想世界の体系的な理論を設計するのが大好きで、ファンタジーを書くたびに考えています。
 とはいえ、原子や素粒子物理学のくだりに至るまで考えが及んでいなかったので、軽く恥さらしですが……w

>趣味に大きく左右された感想
 いえ、読んで思ってもらったこと、リンクしたことも全部立派な感想だと思っております。大変感謝しております。

 svaahaa様、感想評価、本当にありがとうございました!



 野々宮真司様、ありがとうございます。

>多作
 濁点が足りませんよ!
 いや、本当に、思い付きだけで駄作を連発してしまって、申し訳なく思っております。

>剣と魔法の世界で哲学を展開する
 ありがとうございます。どんな世界でも、その世界の真実を求める人は存在するんじゃないかな、と思っただけでした。
 ただ、その点ばかりで、哲学議論についてはさっぱり触れていなかった気がしていて、浅学のあまり哲学らしい哲学と結びつけられなかったのが残念です。

>シンリのキャラの掘り下げ不足
 全くその通りだと思っています。
 私は「こんな世界」に住む人の営み、出会いや別れ、想いや暮らしを、彼ら二人を通して垣間見れるようにしたかっただけで、言ってしまえば、個人としての人物像はわりとどうでもよかったのです。
 でもそのスタンスでいいわけもなく、やはり、「人間模様」であるストーリーが不足していたと思います。

>シンリの孤独を描く
 悲しい話をベラベラ語る性格ではないこと。舞台の街は商人や野心家や挫折した人で出入りが激しく、新参のシンリを気にかける人がいないということから、描く機会を逸したまま終わってしまいました。
 あるいはシンリの師匠を通して表現しようかと思いましたが、世捨て人の思索家の例に漏れず、霞を食って暮らしてそうな勢いの師匠が知られてるのもどうよ、ということから断念。
 私の中でさえうやむやのうちに書き上がってしまい、それでよしとした私の実力不足を痛感しました……。

 いやはや、的確なご指摘、ありがとうございます。精進いたします。

 野々宮真司様、感想評価、本当にありがとうございました!


pass
2010年12月12日(日)14時34分 野々宮真司 H4HIQlHxIA +20点
 ルトさん、初めまして。野々宮と申します。
 ルトさんをはじめとして、本企画では多作な方が多いですね。哲学というのは人を饒舌にさせてしまうものなのかもしれません。それにしても7作とは尋常ではない(笑)
 内容についてですが、まずは良かった点。剣と魔法の世界で哲学を展開する、という点は独創的で良かったと思います。哲学論議をストーリー展開のなかに溶け込ませる手際もなかなかのもの。それから、何と言っても、王道的なストーリー展開と、シンリのキャラが素晴らしい。svaahaaさんも仰っていますが、王道路線はけっして悪いことではなく、それどころかエンターテイメントには必須の要素とさえ言えます。本作はその点、基本に忠実であり、よくまとまったライトノベルとして評価することができます。
 次に、良くなかった点ですが、一番気になったのが、シンリのキャラの掘り下げ不足です。本作の内容を一言で要約するなら、「主人公がシンリの孤独を救う物語」ということになるかと思いますが、シンリの寂しさが十分に描かれていないために、物語の強度が若干不足しているのです。
 改善策としては、シンリの孤独な過去(人々に気味悪がられたエピソードなど)をもっときちんと描くことが考えられます。あるいは、過去の出来事ではなく、実際に街なかでシンリが人々からうとまれる様子を描写するのもいいでしょう。いずれにせよ、主人公の特別さ(=他の人々と違ってシンリを恐れないということ)を強調するためにも、シンリが迫害ないし敬遠されるシーンは是非とも入れた方がいいと思います。
 魅力的なキャラを創造する力は十分にお持ちだと思いますので、あとは各キャラクターの心理を掘り下げながら、より強力なストーリーを構築していってください。応援しております。
133

pass
2010年12月12日(日)10時22分 svaahaa I0z7AdLSAc +40点
 毎度のことで申し訳ないですが、感想します。客観的なものとはいいがたいんですが、それでも何かの参考になれば幸いです。以下、どうあがいても超長文です。

 個人的にストライクな作品でした。そういっていいのかはわかりませんが、「まさしくラノベ」って感じでよかったです。王道ですね。悪くいえば「ありがち」かもしれませんが、悪くいうつもりはありません(キリッ)。
 まずは何といってもキャラがよかった。特に「シンリ」の「旦那あ」という呼びかけが好きです。こういう口調は無条件でよしとしてしまいます(たとえしゃべっているのがゴブリンみたいなおっさんであっても!)。「俺」もいいですね。自分を卑下しつつも、なんだかんだで困難な状況を生き延びてきている猛者というのは、やっぱりかっこいいですね。二人のかけあいも楽しめました。
 文章も読みやすかったですし、戦闘シーンも想像しやすかったです。少ない枚数で簡潔にまとまっていると思います。

 それで、これは本当にどうでもいいことなんですが、
>物質とエネルギーに変位しやすい
は「変位」だと意味が通らない気がしました。「変位」とは文字通り、位置の変化や変化した位置のことを指すことばですので(例:ばねの変位x[m])。ただまあ、こういうことを気にする人がそうそういるとは思えないので、無視してくださって一向に構いません。

 しかし、私が最も心にきた部分というのは実はコメントにある「思考実験」だったりします。空想科学っていうんですかね、こういうの? 作中の「シンリ」のセリフにあるように、自然法則の異なる世界で起きる現象の体系的な記述と理論の構築を試みる――正直いうと、私がいま一番書きたいテーマがこれだったりします。作品世界に対して現実世界の法則を当てはめてその世界の現象を解釈するのではなく(有名な『空想科学読本』はこっちだと思いますが)、まずは起こりうる現象を先に「設定」し、それに対して合理的な説明=理論を作る。この作業をしていると、自然と哲学をせざるをえないと私は思います。なぜなら、作品世界内の現象の合理性や体系性はいうにおよばず、現実世界と作品世界の関係にも気を配らなければならないからです。
 たとえば、「物が壊れる世界には原子があるか?」と考えていくと、一筋縄には答えが出ないようにも思います。いわゆる「剣と魔法」の世界であっても、日常描写の関係上、というより、物語としての最低限の要請として、「物が壊れる」という現象は現実世界のものとほぼ同じでなければならないと思います。しかしそれなら、その世界でも物をどんどん細かく砕いていくと原子にたどり着くのか? 素粒子まで分解可能なのか? そうなると、素粒子物理学が適用できてしまうんじゃないか? もしそうなら魔法は――など、とりとめもない話になってしまいましたが、要はいろいろ考えてしまうわけです。これだけでも科学哲学的な思考になっていると私は思うんですが、どうなんでしょうね?
 結論をいうなら、これは立派な思考実験だと思います。自分が現象を設定できるという点が特異な気もしますが、物理の問題によくある「摩擦ゼロ、空気抵抗無視、エネルギー損失なし」などの仮定も、よく考えればこれに近いことなんじゃないかと思ったり。私はこの先も個人的にこういうことを考えていこうと思っていますが、他にもこういうことを考えている人がいるんだなと思うと、やはりうれしいですね(え、ルトさんはそんなこと考えてないって?)。

 戯れ言が続きましたが、これにて。趣味に大きく左右された凡庸な感想ですので、あまり当てにはしないでください(もはや作品に対する感想ではない気もしますが)。私が楽しめたということを伝えるためだけのものと思っていただければ。どうもありがとうございました。
139

pass
合計 4人 130点


お名前
E-Mail  公開しない公開する
↑作者レスをする場合は、作品投稿時のメールアドレスを入力して下さい。
−− メッセージ −−
作者レス
評価する
 PASSWORD(必須)  トリップ 

<<一覧に戻る || ページ最上部へ
作品の編集・削除
PASSWORD