虚無の奏でる音楽
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    1

 今まさにこの瞬間、君の視線はページの上に落ち、ここに刻まれた文章をなぞりはじめる。レコード盤の上にそっと針が落ちるように。
 そうして、「物語」という名の音楽が始まるのだ。虚無の奏でる音楽が。
 君はいま、どんな場所でこれを読んでいるのだろう。そこは寒い場所だろうか、それとも暖かい場所だろうか。自分の部屋だろうか、それとも旅先だろうか。
 どこだっていい、君のいるその場所、『今、ここ』と呼ばれるその場所に、私たちの奏でる音楽がきちんと鳴り響いてくれればそれでいい。
 Now, here――あるいはnowhere。どこでもない場所。
 その場所を楽器として、私たちの物語は奏でられるのだ。
 序奏として、私たちは次のような問いから始めよう。たとえば、君はこんなふうに感じたことはあるだろうか。
 ひょっとして、目の前にあるこの世界はすべて、自分の見ている夢なんじゃないか――と。
 誰だって一度ぐらいは、そういうことをちらっと考えたりするものだ。そして、たいていの場合、ちらっと考えるだけで、すぐにその問題を忘れてしまう。
 無論それは、世間に生きる一般の人間として、健全な態度と言えるだろう。私たちの生活には、あまりにも多くの問題が山積している。たとえばそれは宿題であったり、ややこしい人間関係であったり、明日のスケジュールであったり、掃除や洗濯であったり、確定申告であったりする。
 そうしたさまざまな問題のなかにあって、「もしかしてこの世界が夢なんじゃないか」などという疑問は、取るに足りない、考えても意味のない問いでしかない。私たちは、しなくてはならない現実的な課題を山ほど抱えている。答えのない問いにかまけているほど暇ではないのだ。
 多くの人はそう考える。
 だけど、本当にそうだろうか。それは取るに足りない疑問なのだろうか。それは「答えのない問い」なのだろうか。
 もし、この世界が夢でしかないのだとしたら――宿題も人間関係も、掃除も確定申告も、全てが夢に過ぎないということになる。もし、本当にそうなのだとしたら、君が世界に向き合う態度はガラリと変わってしまうだろう。この世界が夢であるならば、そこで起こる出来事に右往左往するのはバカバカしい――そういうことになるだろう。
 そして、幸か不幸か、それは真実だ。「答えのない問い」なんてとんでもない、答えは最初から出ているのだ。
 私は君に断言する。
 この世界は君が見ている夢である、と。
 君というのはほかでもない、今まさに「この」瞬間に、「この」文章を読んでいる君のことだ。私は君ただ一人にむかって語りかけている。不特定多数の人間ではなく、たった一人の「君」に語りかけている。
 では、君に向かって語りかけている、この私は何者なのだろう? 夢見る君に向かって話しかける、この私とは?
 その答えは、私たちの奏でる物語の中にある。私たち――つまりは君と私――が、力を合わせることによって、その物語は動き出すのだ。
 さあ、私とともに、物語を奏でよう。

        *

 ――と、そこまで読んだところで、文章は途切れている。
 君は一人の少女として、とある学校の図書室にいる。天井が高く、どこか教会堂を思わせるような空間だ。君は閲覧席の一つに腰掛けて、一冊の本を読んでいたところだ。君の手にあるそれはホッチキス止めされた薄っぺらな冊子で、本というよりは何かのパンフレットみたいに見える。
 君は冊子のページを閉ざし、まじまじと表紙を見つめる。そこには黒地に白い文字でタイトルだけが印刷されている。
『虚無の奏でる音楽・1』。
 どこかで見たようなタイトルだ。どこで見たのだっけ。
 だが、君がそれを思い出そうとすると、突然、頭のなかに靄(もや)がかかったようになる。まるで目に見えない壁に阻まれたかのように、君の思考はストップしてしまう。
 君はそれ以上タイトルについて考えるのを諦めて、辺りを見回す。
 朝の図書室には君以外、誰もいない。学校の図書室としてはかなり広く、公共の図書館にも引けを取らないぐらいだ。その分、誰もいないとやけにガランとして感じられる。窓から射し込むやわらかな日射しが、空中に漂う小さな塵をきらめかせている。
 始業時間までには、まだもう少し間があった。朝練に励む生徒たちの声が窓の外からかすかに響いてくるほかには物音一つせず、図書室の中はしんと静まり返っている。授業が始まる前のこの時間帯に図書室を利用する生徒はほとんどいないのだ。
 君は、誰もいない朝の図書室が好きだった。その静かな風景のなかに、君は本たちの囁きを聞き取ることができる。そう、ここは静寂に満ちていながら、同時に大量の言葉があふれ返っている空間でもあるのだ。図書室の本に収められたあらゆる物語や、あらゆる知識。整然と書架に並んだ本たちは、それらの言葉の予兆を図書室のなかに充満させている。
 本たちの発する予兆に導かれて書架の間を気ままに歩き回るのが、君の朝の日課だ。時折、ひときわ強い気配を放つ本を見つけると、君は迷わず手に取って、授業が始まるまでそれを読み耽ることにしている。偶然に導かれて出会ったそれらの本たちは、どれも君にとって糧となるもので、どういうわけか決して「はずれ」ということがなかった。
 たとえば、いま手にしているこの薄っぺらい冊子も、そうやって見つけたものだ。本と本の隙間から少しだけ飛び出すように差し込まれていた冊子の表紙には、著者名も出版社も印刷されていなかった。図書室の本には必ず貼られているはずの整理番号のシールすらない。誰かが悪戯で差し込んだものなのだろう。
 見た目も怪しかったが、中身もかなり怪しい。
 君は冊子の内容を思い返しながら、図書室のなかを眺め渡した。
 ――この風景が、すべて自分の夢、か。
 もちろん、君だって、そういうことを考えたことがないわけじゃない。けれど、あらためて断言されると奇妙な気がした。目の前にあるこのリアルな現実が、すべて夢だなんて……本当にそんなことがありうるのだろうか?
「――どうしたの? ぼうっとしちゃって」
 突然、後ろから声をかけられ、君ははっと我に返る。
 振り返ると、そこに立っていたのは艶やかな黒髪を長く伸ばした美しい少女だった。夏の制服に紺色のベストと黒のハイソックスを合わせている。彼女の透き通るような肌の白さに、その服装はよく似合っている。
「……春日井(かすがい)さん」
 君は自分の鼓動が急速に高鳴ってくるのを感じる。
 春日井ノノ。
 最近、朝の図書室でよく見かけるようになった謎めいた少女だ。ほとんど人がいないこの時間帯の図書室に通っているのは君と彼女ぐらいだったから、珍しさも手伝って自然と挨拶を交わすようになった。最近では、お互いの読んだ本について少し喋ったりもする。
 まだ知り合ったばかりだったが、ほんの少し会話しただけで、彼女の圧倒的な博識ぶりはひしひしと君に伝わっていた。君のなかには、彼女に対する尊敬と、そしてわずかに憧れの感情が生まれつつあった。
 春日井さんは、君の手元にある冊子を目に留めると、うれしそうに目を細めて言った。
「――あ。その冊子、見つけてくれたんだ」
 君はびっくりして、思わず目を見開く。
「え? これって、春日井さんの仕業だったの?」
「そうだよ。私が作って、本棚に差し込んでおいたの」
「えー、そうだったんだ……なんのために?」
 君が怪訝に思って訊くと、彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「あなたに見つけてもらおうと思って」
「え……」
 どことなく小悪魔的な彼女の微笑に、君は少しドキッとする。恥ずかしさを取り繕うように、君はそっぽを向いて言う。
「……意外と子供っぽいんだね、こんな悪戯するなんて。私以外の人に見つかったら、どうするつもりだったの?」
「大丈夫だよ。あなたにしか見つけられないものだから」
「ん? どういう意味?」
 君の当然の疑問に、彼女は謎めいた微笑みを浮かべたまま答えない。戸惑う君に、逆に質問してくる。
「どう思った? その冊子の内容」
「うーん、なんていうか、まあ……中二病的哲学って感じだよね」
 君がそう言うと、春日井さんはくすくす笑いはじめた。
「な、何よ」
「予想通りの反応だから可笑しかったの。でもね」
 そこで、ふいに真剣な目をして、彼女は君の顔をのぞき込んだ。
「――ここに書かれていることは、紛れもなく本当のことなんだよ」
「………」
「続きが読みたければ、また明日の朝、ここに来て。図書室のどこかに二冊目が隠されてるから」
 そう言うと彼女は、ふいっと君に背を向けて、足早に向こうに行ってしまった。
「あ、ちょっと……」
 呼び止める君の声を無視して、春日井さんはそのまま書架の間に姿を消してしまう。
 取り残された君は、狐につままれたような気持ちで、手許の冊子に目を落とした。釈然としない気分のまま、誰に言うともなく呟く。
「もう……一体、なんのつもりなのよ」
 言ってることもやってることも、どうかしているとしか思えない。
 けれど、戸惑いながらも、君は気がついている。自分が、春日井さんの悪戯に少しだけワクワクしはじめているということに。
 彼女の思う壺だと分かっていても、明日の朝、君はやはりここに来て、二冊目の冊子を探すことになるだろう。少し癪ではあったけれど、春日井さんの悪戯が自分をどんなところに連れていってくれるのか、興味が湧いてきた。ここは彼女に乗って、しばらくは悪戯につきあってあげることにしよう。
 君はそう心に決めると、冊子を読み返しながらしばしのあいだ物思いに耽っていた。そうしているうちに、やがて予鈴のチャイムが鳴る。
 君は席を立つと、『虚無の奏でる音楽・1』の冊子を持ったまま、図書室の出口に向かった。ガラス扉を開けて廊下に出たところで、君はなんとなく気になって図書室のなかを振り返る。
 そろそろ授業が始まる時間だが、春日井さんはまだ図書室のなかにいるのだろうか? ここから見える範囲では、彼女の姿は見当たらないようだが……
 もし、本に熱中して予鈴に気づいていないようなら、声をかけてあげたほうがいいかもしれない。なんなら、教室まで一緒に――
 と、そこまで考えたところで君は気がつく。
 そう言えば、自分はまだ彼女がどこのクラスの人なのか知らなかった。考えてみれば、春日井ノノという名前のほかには、彼女について知っていることは何もない。図書室以外の場所で会ったことすらないのだ。
 まだ知り合ってから間がないとは言え、どうして君は、彼女のことについてこんなにも無知なのだろう? 彼女の存在は、なんというか――あまりにも漠然としすぎてはいないだろうか?
 本鈴の鳴る時間が迫っていた。君はもやもやした気分を抱えたまま、諦めて自分の教室に向かって歩き始める。
 これから自分が、何か奇妙なことに巻き込まれるのではないか、というかすかな予感を抱きながら。


    2

 さて――
 いよいよ、物語は奏でられ始めた。
 ここまで読み進んだ君は、すでにこの物語のなかに絡めとられている。好むと好まざるとに関わらず、ここまで読んでしまった時点で、君はもう私たちの物語の一部となっているのだ。
 けれど、不安に思うことはない。私の本当の正体を明かすのはもう少し先のことになるが、いずれにせよ、私たちの物語が君に害を及ぼすことはない。そのことだけは保証しよう。この物語の目的は、「夢見る者」としての君を調律することにあるのだから。
 そう――私は前節で「この世界は君の見ている夢である」、と言ったのだった。その話の続きをしよう。
 よく考えれば、この世界が「君」の見ている夢であるというのは当たり前のことなのだ。
 ここで、ちょっと唐突に思われるかもしれないが、自分が死ぬ時のことを想像してみてほしい。
 君は死んで無に還る。すると、その時、世界はどうなるだろうか。
 ふつう、人が一人死んだところで、世界はたいして変わらない、と考えられている。有名人だったら、多少世間を騒がすことができるかもしれない。でも、それだけのことだ。死んでから数年も経てば、その記憶はすっかり風化してしまう。まして、名もない普通の人々であればなおさらのこと。一人の人間が死んだところで、世界は何食わぬ顔をして、なにごともなかったかのように回り続けるだろう。
 けれど、「君」が死んだ時はそうじゃない。
 君が死ねば――世界は終わる。
 君が無に還れば、すべてが無に還る。
 だってそうだろう? 君がいなくなれば、それは何もないのと同じことなのだから。
 君は、自分が死んだあとも世界は存在し続ける、と思っているかもしれない。けれど、それは大きな間違いだ。君がいなければ、世界は存在することすらできないのだ。
 話をもうちょっと分かりやすくするために、今度は「君が生まれてこない世界」というものを想像してみよう。
 君は最初から生まれてこない。それでも、世界は存在していると言えるだろうか? よく考えてみてほしい。君がいないのに、世界だけが存在する――そういう状態を、「ちゃんと」想像することができるだろうか? 君が生まれてこない世界なんて、はじめから存在しないも同然じゃないか?
 世界は常に「君の目の前に、君を中心として広がる」という仕方で存在し、それ以外の仕方では存在することができない。世界が存在するためには、「君」という中心点がどうしても必要とされるのだ。
 つまり、世界は事実上、君とともに生まれ、君とともに滅びるんだ。
 君が生まれる前、世界は存在しなかった。歴史や遺跡や化石といったものもまた、君の誕生とともに生まれた。だって、君なしには、なにものも存在することができないのだから。
 こうした点で、夢と現実の間には何の違いもない。君は、自分がいま見ている風景が夢ではなく現実だと断言できるだろうか? できないはずだ。というのも、夢と現実はじつは同じものであるからだ。
 夢であれ現実であれ、君は「世を見そなわす者=夢見る者」として、常に世界の中心に存在している。そして、その中心点を支えにして広がっている、という点で、夢と現実にまったく違いはない。だから、それらを正確に見分けることは「原理的に」不可能なんだ。
 考えてみれば不思議なことだ。世界には六十億人以上もの人間がいるのに、なぜ他の誰でもなく「君」が世界の中心にいるのだろう? よりにもよって、なぜ君が「世を見そなわす者」という特別な立ち位置に立っているのだろう?
 結論から言ってしまえば――君が実は「世界そのもの」にほかならないから、ということになる。
 私が途方もないことを言っていると思うかもしれない。でも、これは真実だ。そして、「あたりまえ」のことだ。一足す一が二である、というのと同じぐらい明瞭なことだ。
 君は世界のなかの一個人ではない。君は世界そのものだ。だから、君の誕生がすなわち世界の誕生であり、君の死がすなわち世界の死となる。
 つまり、世界のなかに君がいるのではなく、君のなかに世界があるんだ。
 こうして、私はあらためて君に断言する。
 世界は、君一人だけのために上演されている巨大な夢だ。そして、君はその夢の唯一の観客である、と同時に、その夢が上演されている「舞台」でもある。
 君は、世界という名の巨大な夢が展開される、無限に広い舞台なんだ。あるいは、世界という名の映画が映しだされる無限に大きなスクリーン、と言ったほうがより正確だろうか。いずれにせよ、君は全にして一であり、君こそが世界であり神なのだ。
 繰り返して言うが、私は他の誰でもなく「君ただ一人」にむかって語りかけている。私がこれまで語ったことは全て、「君」にしか当てはまらないことだからだ。神は一人しかいない。そして、その唯一神とは、「今まさに、この文章を読んでいる君」のことなんだ。
 さて、では、そんな偉大なる君に語りかけている「私」とは、いったい何者なのか? その答えは次の冊子で明らかにされるだろう。

        *

 二冊目の冊子、『虚無の奏でる音楽・2』を読み終えると、君はほっと息をついて目を閉じた。
 ――なんだか、話がものすごい方向に進んでいる。
 一冊目の内容も怪しかったが、二冊目の内容はそれに輪をかけて狂気じみていた。君は目を閉じたまま、気持ちを落ち着かせるため、しばらく深呼吸を繰り返した。
 二冊目の冊子は、ミヒャエル・エンデ作『モモ』と『はてしない物語』の間に挟まれていた。一冊目と同じく、黒地の表紙に白い文字で『虚無の奏でる音楽・2』と印刷された冊子を見つけた君は、閲覧席につくと、少しどきどきしながら、さっそくそのページを開いたのだった。
 けれど、その冊子を読んでいるうちに、君のなかには何か得体の知れない不安が膨らんでいったのだ。
 こんなトンデモ文章をわざわざ冊子にして人に読ませるなんて……春日井さんは、少しおかしい人なんじゃないだろうか。
 ちょっとした悪戯につきあうだけのつもりだったのに、なにやら雲行きが怪しくなってきたような気がする。もしかして自分は、精神的にかなり問題のある人物と関わり合いになってしまったのではないか?
 いや……そうじゃない。君が不安に感じているのは、春日井さんの人格についてじゃない。
 そうではなく、その狂気じみた内容にも関わらず、冊子の文章に奇妙な説得力がある、ということこそが恐ろしいのだ。
 この現実がじつはすべて夢で、自分こそがその全てを包み込む世界であり神であるということ。
 春日井さんは言っていた。
『――ここに書かれていることは、紛れもなく本当のことなんだよ』
 そう。これ以上ないほど誇大妄想的な主張でありながら、そこには確かに一つの真理めいた響きがあったのだ。内容のすべてを理解できたわけではなかったけれど、それでも君のなかには「なるほど、そうだったのか」という不思議な納得感が生まれつつあった。それと同時に、そんな狂気じみた思考が自分のなかに植えつけられていく感じが、何とも言えず不安でもあったのだ。
 こんな妄想は振り払って、いつもの日常に戻らなければならない――
 君は目を開くと、冊子を閲覧席の上に置き、図書室のなかを眺め渡した。
 そこにはいつもと変わらぬ、静かな朝の風景が広がっている。窓から差し込む日射しのなかに漂う塵。書架に並ぶ本たち。君以外には誰もいない閲覧スペース。その静謐で穏やかな光景は、君の心をいくぶんか落ち着かせてくれる。
 しかし次の瞬間、背後からかけられた涼やかな声が、君の身体をたちまち硬直させるのだった。
「――おはよう」
「……!」
 君がおそるおそる振り返ると、そこに立っていたのは他でもない、春日井ノノだった。
 朝の日射しに照らされて佇む彼女の姿は、普段にもまして美しく見えた。心なしかその微笑みもまた、いつもより妖しく魔女めいたものに感じられる。
「お、おはよう」
「早速見つけてくれたのね――二冊目の『虚無』」
 春日井さんはそう言いながら、君のすぐ傍まで歩み寄ってくる。すると、かすかな薔薇のような香りが、君をふわりと包み込む。
「どうだった? 楽しんでもらえたかしら?」
 優雅きわまりない物腰で君の隣に腰掛けた春日井さんに、君はごくりと唾を飲み込んで言う。
「あの、春日井さん――訊きたいことがあるんだけど」
 春日井さんは黙ったまま、どうぞ何なりと、と言うように微笑んだ。
「――どうして、私にこんなものを読ませるの? あなたの目的は何なの?」
 自分でも意図せず詰問するような口調になってしまい、君は思わず赤面する。だが、春日井さんは相変わらず真意の読めない微笑みを浮かべたまま、完璧に落ち着き払っている。
 しばしの沈黙の後、春日井さんは静かに言った。
「冊子に書いてあるとおりよ。あなたを“調律”するために、私はこれを書いたの」
「……ちょうりつ?」
「そう。あなたは、世界という音楽を奏でる楽器なの。それを調律するのが、私の仕事」
「………」
 春日井さんの意味不明な答えに、君は余計不安になる。なんと言っていいか分からないままモゴモゴしている君に、春日井さんが言う。
「人間も楽器と同じように、時間が経つにつれ音程が狂っていく。生きている間に、心にも身体にも、少しずつ歪みが蓄積されていくから。あなたは今、調律が必要な状態にあるのよ」
「……私が音痴だとしても、それは生まれつきだよ」
 冗談のつもりでそう言ってみたが、春日井さんは真剣そのものの顔で首を振る。
「そういうことを言ってるんじゃないわ。あなたは、自分がどうしてここに来るようになったのか、分かっている?」
「――え?」
 突然の質問に、君は咄嗟には答えることができない。
 君が毎朝図書室に来るようになった理由――どうして、ここでそんな質問が出てくるのだ?
 戸惑いながらも、君はゆっくりと答える。
「それはもちろん……本が好きだから」
「本当にそれだけかしら?」
 春日井さんは、猫のようなアーモンド型の瞳で君の顔を覗き込む。君は思わず、春日井さんの視線から逃れるようにうつむいてしまう。
 本が好きだから、というのは嘘ではない。だが、本当にそれだけなのか。
 いや、そうじゃない。君には分かっている。
《君は現実から逃れるために、ここに来ているのだ》。
 いつ頃からだろうか――教室にいるのが、時々息苦しく感じられるようになったのは。
 嬉しいことや楽しいことも無いわけではなかった。嫌なことがあっても、それなりに上手く乗り越えてきたと思う。
 しかし、それでも、代わり映えのしない日常の繰り返しや、将来への漠然とした不安が、少しずつ君をすり減らしていた。時折、自分の生きている現実が、精彩のない灰色の世界に感じられたりもした。
 そういう時、図書室の本たちは君に一時の救いをもたらしてくれたのだ。ここに来て一人で本の世界に浸っていると、君はしばし灰色の日常を忘れることができた。本たちの語る物語のなかには、君の日常に欠けている鮮やかな色彩があふれていた。
 そしていつしか、君は毎朝のように図書室に通っては、始業時間ギリギリまで本を読みふけるようになっていたのだ。今や君にとって、物語はなくてはならないものになっていた。
「――灰色の現実から逃れるために、あなたはここに来ている」
 春日井ノノが、君の心を見透かすように言う。
 そう、確かに彼女の言うとおりだ。けれど、それは恥ずべきことなのだろうか。誰にだって、時々現実を忘れるための息抜きは必要なはずだ。君の場合は、それがたまたま物語だったというだけのこと。そこに、やましい点は何一つない。
 自分にそう言い聞かせつつも、君はなお、春日井ノノの刺すような眼差しを見返すことができない。そんな君に追い打ちをかけるように、彼女は再び言った。
「あなたは今、調律が必要な状態にある。世界が美しく見えないのは、世界を生み出しているあなたの音程が狂っているからなのよ」
「……だったら、どうすればいいっていうの?」
 君は彼女の方を見ないまま、やけ気味に言い返す。すると、春日井さんは、おもむろに君の耳元に唇を近づけて、囁くように言った。
「――自由になるのよ。子供みたいに」
 その囁きは君の脳内に一瞬にして染みわたり、君をうっとりさせる。甘美な痺れが、君の全身をたちまち支配していく。
「もっともっと、自由になるの――私と一緒に」
 自由になる……でも、自由になるってどういうことなんだろう?
 春日井さんはすっと席を立つと、どこかぼうっとしたままの君に言った。
「明日の朝、三冊目の冊子を探しなさい。私たちの物語が、あなたに自由をもたらすわ」
 君はゆっくりと春日井さんのほうを振り返る。春日井さんの微笑んだ顔は、今まで見たこともないほど美しく見える。彼女は最後にそっと君の髪を撫でると、「また明日」とだけ言って歩き去っていった。彼女が去ったあとも、かすかな薔薇の香りが君の周りに漂っていた。
 明日の朝、と君は痺れたような頭でぼんやりと思う。
 明日の朝、君はこの図書室で三冊目の冊子を見つけるだろう。そして、二冊目の予告が正しければ、そこには春日井ノノの「本当の正体」が書かれているはずだ。
 いったい、彼女の正体は何者なのだろうか――


    3

 これは、世界を生み出す偉大なる神に捧げる物語だ。
 私は前節で、君こそが世界であり神である、と言った。
 ということは、いま君の目の前に展開している世界は、君そのものだ、ということになる。遠い外国で行われている戦争や、テレビのなかで華々しく活躍するアイドルや、深海でひっそりと生きるグロテスクな魚たちや、宇宙の果てで爆発する星々――こうしたものはみな、君と無縁なものではなく、すべて君のなかにあり、君自身が生み出したものなんだ。
 世界とは君であり、君とは世界である。
 そうである以上、君は世界のありかたに全責任を負っている。この世界は君の夢なのだから、この世界がこうなっている全ての責任は君にある。君一人だけにある。
 むろん、自分の夢だからと言って、何もかも自分の思いどおりになるわけではない。それは君も経験上、よく知っているはずだ。眠っている時、自分の夢をコントロールできる人間はそう多くはない。夢には文脈があり、流れがあり、予想もつかぬ転調がある。夢見る者は、自らの夢にひたすら翻弄されるのが常だ。君は夢のなかではとても無力でかよわい存在なんだ。自分で作り出した世界なのに。
 さらに言えば、「君という一人の人間」もまた、「神としての君」が作り出したひとつの夢であり、しかもそれは君自身気がつかないうちに日々生まれ変わっている。古いエネルギーが新しいエネルギーにとってかわられる。記憶は次々と変化し、それに伴い人格も変わっていく。君は夢から夢へと渡り歩きながら、さまざまな存在になる。今日は貧しい男の子だったかと思えば、次の日には大金持ちの老婆になる。
 そう、明日目覚めた時には、君はもう今日とは違う人間になっているかもしれないんだ。自分では気がつかないけれど。
 君は、夢と現実の間を行き来している、と自分では思っているかもしれない。夜は夢を見て、昼間は現実を生きている、というふうに。
 でも、それは間違っている。実のところ君は、ありとあらゆる種類の無数の夢を、次から次へとくぐり抜けているんだ。現実なんてものはどこにもない。ここにあるのは夢だけだ。すべてが夢なんだ。
 そして、それらの夢をすべて、たった一人の君が生み出している。
 もちろん、私の存在も例外じゃない。
 信じられないかもしれないけど、私もまた、これを読んでいる君自身が生み出した存在なんだ。
 私の正体が何者なのかという問いに対する、これが答えだ。そう――私は「君の夢の登場人物」だ。この世界の全てが君の生み出した夢である以上、それは当然のことでもある。
 だが、私はただの登場人物ではない。
 私の名は、夢幻師ノノ。
 夢幻師、それは夢を操る技術者であり、「世界の調律者」としての役割を担う存在だ。私は世界を調律する者――つまりは、君を調律する者なんだ。
 こんな奴、生み出した覚えはない、と君は言うだろう。もちろん、君に覚えはない。君はなにも憶えていられない。なにしろ、記憶というやつも、君が思っている以上に移ろいやすいものだから。
 なにもかもがどんどん移ろっていく。諸行無常って言葉はそういう意味のことを言っている。夢の流動性が高まっていけば、君は一瞬たりとも同じ人間でありつづけることができなくなる。瞬間ごとに君は生まれ変わっていく。瞬間ごとに、君は死に、生まれ、べつの生き物へと変化する。
 夢というのは、それほど柔軟性に富むものなんだ。まるで、水や風のように。だから、それをコントロールすることはものすごく難しい。時としてそれは、激しい嵐となって君を責めさいなむだろう。君はいつかきっとそういう嵐に出くわすはずだ。あるいは、過去に何度も何度もそういう嵐に出くわしているはずだ。憶えてはいないかもしれないけれど。
 こうして、君は激流のなかの木の葉のように、夢に翻弄され続ける。
 そこで、夢幻師たる私が登場する――というわけだ。
 私は世界の調律者だ。私は夢の技術者であり、夢を操る術を君に伝える者だ。夢を操るために、君自身が生み出した存在だ。
 夢を操る? しかし、本当にそんなことができるのだろうか?
 私たちが力を合わせれば、それは可能だ。私という存在を生み出した時点で、君はすでに最初の一歩を踏み出していると言えるだろう。
 私たちが夢を操るための鍵――それは君自身の心にある。
 君が想像している以上に、君の心と世界の有り様は深くリンクしている。津波や台風や地震といった災害は、君の心の奥底で渦巻く激しいエネルギーがこの世界に現れたものだし、遠くの国で起こっている戦争は君の憎しみや怒りが姿を変えたものなのだ。
 逆に、君の心が悦びに満ちたものであれば、世界にもまた悦びが溢れだすことだろう。かつてビリー・ホリデイが歌ったように、「あなたが微笑めば、世界が微笑む」のだ。今はまだ信じられないかもしれないけど、これは紛れもない真実だ。
 だから、夢をコントロールするためには、まず自分自身の心をコントロールすることから学ばなければならない。まずは、自分の心を悦びで満たすこと。夢幻師の仕事は、そのための方法を君に教えることに他ならない。そうすることで、世界を(つまりは君を)より良いものに、より悦ばしいものにしようとしているんだ。
 恐れることは何もない。君は夢を創造する力を持っており、私は夢を操る智慧を持っている。私たちが力を合わせれば、世界はきっと素晴らしいものになる。
 さあ、私とともに、悦ばしい夢を創造しよう。神である君には、その力があるのだ。

        *

 三冊目の冊子を閉じると、君はすこし離れた場所に佇んでいる春日井ノノをまっすぐ見つめた。
 彼女と君は、書架の間の狭い通路で向かい合っている。先ほど、ホルヘ・ルイス・ボルヘス著『砂の本』と『創造者』の間に挟まっている三冊目の冊子を見つけると、君は席に着くのももどかしく、書架の前でそのまま立ち読みしてしまったのだった。
 そして、冊子を読み終わって顔を上げてみると、そこにはいつの間にか春日井さんが立っていたのだ。
 彼女はいつもそうだ。いつの間にかそこにいて、そしていつの間にかいなくなっている。君は、彼女がこの図書室のドアを出入りしているところすら見たことがない。考えてみれば、驚くべきことだ。神出鬼没とは、まさに彼女のような存在を言うのだろう。
 君は硬い声で春日井さんに言う。
「――ねえ、春日井さん。そろそろ、本当のことを言って。あなたの正体は何なの?」
 春日井さんが、例の魔女めいた微笑みを浮かべたまま答える。
「冊子に書いてあるとおりよ」
「そういうことじゃなくて」
 と、君はうんざりして言う。
 君の脳裏には、昨日の放課後のことが渦巻いていた。
 昨日の放課後――君は次の朝が待ちきれなくて、自分で春日井ノノの正体を暴くことにしたのだ。
 君が向かったのは、学校の事務室だった。
 窓口に出た女性事務員に、君は開口一番、こう訊ねたのだ。
 ――学校の近くで、カスガイノノっていう名前の入った定期券を拾ったんですが、この学校にそういう名前の生徒はいませんか?
 むろん、それは口から出任せだったが、事務員は特に不審に思うこともなく、すぐにパソコンで名簿を照会してくれた。画面から顔を上げると、事務員は言った。
 ――カスガイノノという子は、うちにはいませんね。職員にも見当たらない。
 思わず「そんなはずはない」と言いそうになるのを、君はぐっと堪えた。駅に届けておきましょうか、という事務員の申し出を、自分で届けるからいい、と断ると、君は逃げるようにその場を後にしたのだった。
 春日井ノノは、この学校の生徒ではない? あるいは単にそういう偽名を名乗っているだけなのか――
 君は唇を噛み締めたまま、目の前に佇む謎めいた少女の姿をあらためて眺めまわす。
 見れば見るほど、非現実的な美しさを湛えた少女だった。まるで、本当に夢のなかから出てきた人のように。
 しかし、そんなはずはない。彼女が、君の生み出した夢の一部だなんて、そんなことがあるわけない。彼女は生身の人間であり、何のつもりか知らないが、毎朝のように図書室に忍び込んでは、君に悪戯を仕掛けているのだ。
 言うべきかどうかしばし躊躇ったが、君は思い切って口に出して問いただす。
「――あなた、本当に春日井ノノっていう名前なの? いったい、どうしてこんなことしているの?」
 春日井さんは、落ち着き払って答えた。
「私は夢幻師ノノで、あなたを調律するために物語を紡いでいる。昨日も言ったでしょう」
「いい加減にしてよ! お話のなかのことじゃなくて、真面目な話をしてるんだから!」
 苛立ちのあまり、君は思わず声を荒げる。だが、春日井さんはそれを意に介した様子もなく、つかつかと君のほうに歩み寄ってきて言う。
「私も真面目な話をしているのよ。――ねえ、私とここで会うのは嫌?」
「い――嫌ではないけど……」
「そう。なら良かった」
 そう言うと春日井さんは、君のすぐ傍で立ち止まる。本当に、すぐ傍で――互いの息づかいが聞こえそうなほどの距離で。春日井さんの美しい瞳が、間近から君を見つめている。たちまち、君の鼓動が高まってくる。
(近い……)
 彼女から距離を取ろうと思うのだが、君の身体は金縛りにかかったようにその場から動かない。そして、あの甘い薔薇の香りが君を包み込んでいく。君の抵抗力のすべてを奪っていく。
 君の手から、三冊目の冊子が床に滑り落ちる。だが、君はそれを拾い上げることすらできない。
「――じっとしていて」
 そう言いながら、春日井さんはさらに君との距離をつめてくる。互いの身体が密着しそうなほどに。君は思わず身体を強張らせながら、震える声で言う。
「あの、春日井さん……」
 何をしようとしているの、と続けようとした君の唇を、春日井さんの人差し指がそっと塞いだ。
「喋らないで。これから、あなたの身体を調律するから」
 そう言うと春日井さんは、硬直したままの君の身体をそっと抱きしめた。
「怖がらないで、肩の力を抜いて。大丈夫、あなたの嫌がるようなことはしないから」
 春日井さんは、君の耳元で囁くように喋っている。喋りながら彼女は、君の頭をやさしく撫でている。こんなことをされたのは初めてのはずなのに、君はなぜか懐かしいような気分になる。相変わらず身体は強張っていたが、君の動悸は少しずつ落ち着いてくる。
「嫌だと思ったら、すぐに言ってね。――こうして抱きしめられているのは嫌?」
 君は黙ったまま、かすかに首を振る。
 嫌ではない。嫌ではないけれど……。
「深呼吸して。まだ肩に力が入ってるわ」
 春日井さんの声は、聞こえるか聞こえないほどの、ごく小さな囁きに過ぎない。けれど、君は自分でも不思議なぐらい素直にその言葉に従ってしまう。まるで、風にそよぐ木の葉のように。
 君は深く息を吸い込み、大きく吐き出した。息を吐き出すたび、強張っていた身体が少しずつほぐれていくような気がした。
「そう、そのままゆっくり深呼吸するの。そして、できるだけ力を抜いて。私の身体に寄りかかってもいいから」
 そう言うと、春日井さんはしばし沈黙した。彼女は黙ったまま、君の身体の緊張が抜けていくのを辛抱強く待っている。
 君が深呼吸している間、春日井さんはずっと君の頭を撫でていた。ゆっくりと、君の呼吸のペースに合わせるように。気がつくと、手の動きだけではなく、耳元で聞こえる春日井さんの息遣いそのものが、君の呼吸とぴったり一致している。
 深く吸い込み――ゆっくりと吐き出す。また深く吸い込み――ゆっくりと吐き出す。
 二人でタイミングを合わせて深呼吸しているうちに、だんだん春日井さんとの一体感が高まってくる。春日井さんの身体の温もりが、君の身体に伝わってくる。
 春日井さんが、君の耳元でそっと囁く。
「そう、なかなかいい調子よ。でも、まだ身体に余計な力が入ってる。もっと、自分の身体に注意を向けてみて」
 言われるまま、君は自分の身体を意識してみる。確かに、身体のあちこちに、入れる必要のない余分な力が入っているようだ。君は呼吸に合わせて、少しずつ身体の力を抜いていく。そうしていくうちに、今まで身体のなかで滞っていた流れが、再びスムーズに流れ出すのを君は感じることができる。それは、久しく感じたことのないような新鮮な気分だった。
「――自由になるのよ。まずは、自分の身体から。あらゆる束縛から身体を解放するの」
 春日井さんが耳元で囁くたび、そこからぞくぞくするような快感の波が君の身体全体に行き渡っていく。その囁きは魔術的な響きをもって、君の心身をゆっくりと溶かしていく。
「流れを塞いでいる全ての堰(せき)を開放しなさい。全ての流れを流れるままにしなさい。そうして、心と身体の全てを自由にしなさい」
 そう言いながら、春日井さんは君の頭から少しずつ手を下ろし、君の頬、そして首筋へとその冷たい指先をゆっくりと滑らせていく。くすぐったいけれど――気持ちがいい。君の身体はだんだん熱く火照り、時折ぴくりと小さく痙攣する。君はかすかに震えながら、春日井さんの身体を強く抱きしめる。
「か――春日井さん……」
 君は今こそ、はっきりと意識する。
 そうだ……私は、春日井さんに恋しているんだ。
 だからこそ、こんなにも切なく、不安になるんだ――彼女の存在の曖昧さに。
 春日井さんの存在をもっと確かに感じたい。お互いの身体をもっと触り合って、そして――
 彼女と、一つになりたい。
 そう思って、君が春日井さんの身体をもう一度ぎゅっと抱きしめた瞬間だった。
「あっ――!」
 君の身体のなかにある沢山のダムが一斉に決壊したような感じがした。開放された流れが、一気に体中を駆け巡り、瞬間、君の頭のなかは真っ白になる。
 ほんの一瞬だが、君は自分の身体が消滅してしまったような奇妙な錯覚にとらわれた。
 身体からすべての力が抜け、君はがくりとその場にくずおれる。
「……!」
 床に腰を打ちつけた衝撃で、君は一瞬の失神からすぐに目を覚ました。
「え……? あれ?」
 床にぺたんと座った姿勢のまま、君は呆然と辺りを見回す。
 君は書架の間の通路に、たった一人でへたり込んでいた。

 ――春日井さんが、いない。

 今の今までそこにいたはずなのに、いくら見回しても彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
(嘘……)
 今までも、彼女の神出鬼没ぶりにはさんざん驚かされてきたが、今回の消失はこれまでとは訳が違う。こんなふうに、目の前で人が突然消えてしまうなんて――物理的に、ありえない。
 なんだ、これは。一体、どういうことだ?
 彼女は、本当に君が生み出した幻覚に過ぎなかったのか? それとも、君は自分で思っているよりもずっと長く気を失っていて、その間に春日井さんはどこかに行ってしまったのだろうか……?
 混乱したまま、君はよろよろと立ち上がる。その時、君は視界の片隅に黒いものが落ちているのを発見する。
 それは、先ほど読み終えたばかりの、『虚無の奏でる音楽・3』だった。
 君は床の上に落ちているそれを拾い上げると、じっくりと観察する。
 ――少なくとも、この冊子の存在は幻ではない。それは確かな存在感を持って、いま君の手のなかにある。
 君は冊子のページを開いてぱらぱらと読み返してみた。後半の文章のひとつに目を留める。
『――私は世界の調律者だ。私は夢の技術者であり、夢を操る術を君に伝える者だ。夢を操るために、君自身が生み出した存在だ』
 私自身が生み出した存在――と、君は声には出さず口のなかで呟く。
 そんなはずはない、と否定したかった。けれど、君のなかには、「やっぱりそうだったのか」という、かすかな納得感のようなものも生じていたのだった。
 そう――春日井ノノという存在は、生身の人間にしてはあまりにも漠然としすぎているのだ。
 生徒名簿には載っていない名前。図書室以外の場所ではけっして目にすることのない、浮世離れした美貌。そして、どこから来てどこへ行くのか、まるで把握できない神出鬼没ぶり。
 春日井ノノが幻の人間であるとすれば、雲をつかむようなそういう彼女の存在の曖昧さにも上手く説明がつくのではないか――
 君は自分の考えに強く首を振る。
(違う! 幻なんかじゃない。さっき抱き締められた時、私は春日井さんの身体の温もりをたしかに感じたもの。あれが幻であるわけないじゃない!)
 けれど、いくら振り払おうとしても、彼女の存在が幻かもしれないという疑惑は、次第に君の心のなかで膨らんでいくのだった。
 君は三冊目の冊子を閉じ、その表紙をじっと見つめながら唇を噛み締める。
 明日の朝――はたして君は、四冊目の『虚無』をこの図書室で見つけることができるのだろうか?


    4

 私は祈りを捧げている。
 世界のすべてを生み出す偉大なる神である君に。
 今まで語ってきたことから明らかなとおり、君の本性は実は人間ではない。今は人間の姿をして人間のふりをしているけれども、その正体は世を見そなわす唯一の神なのだ。
 人間の姿が仮のものであるとすれば、君の本来の姿はどのようなものなのだろうか。
 実のところ、君には決まった姿というものがない。それどころか、君は本当は「存在すらしていない」のだ。
 存在すらしていない……それは一体どういうことなんだろう?
 世界は君の見ている夢である、と私は何度も述べてきた。だが、それは正確な表現とは言えない。この世界が夢であるというのは真実だが、その夢の外に「夢見る君」が存在するわけではないからだ。
 そう、ここにあるのは夢だけであり、夢見る者はどこにもいないんだ。夢見る者が存在しないまま、ただ変幻する夢だけが虚無のうちに戯れている――それが世界の真の有り様だ。
 君は存在しない。
 ただ、生成流転する夢だけが、意味もなく目的もなく永遠の時を遊んでいる。
 別の言い方をすれば、君は世界という名の夢そのものだ、とも言える。この夢には外部というものがない。だから、君はけっして夢から覚めることなく、ただ夢から夢へと変幻し続けるのみだ。
 世界とは夢であり、夢とは君である。二冊目の冊子で、「君は世界そのものだ」と私が言ったのは、そういう意味だったんだ。
 夢はたえず流動し、生成変化し続けている。夢の持つこの力を、私たち夢幻師は「変幻力」と呼んでいる。君は言わば「変幻力」そのものであり、実体を持たない純粋なエネルギーなのだ。
 多くの哲学者が、さまざまな名前で君を呼んできた。仏教はそれを「空」と呼び、老子は「タオ」と呼んだ。ギリシャ人たちは「ゾーエー」と呼び、スピノザは「神」と呼んだ。シュティルナーは「創造的虚無」と呼び、西田幾多郎は「絶対矛盾的自己同一」と呼んだ。
 まあ、名前なんかどうでもいい。重要なのは、君に自分の本性を思い出してもらうということだ。自分が形を持たない「変幻力」そのものであることを知ること――それは世界を調律する上で、欠かすことのできない大切なステップの一つなんだ。
 とは言え、それはそう簡単なことではない。君は人間の身体に馴染みすぎて、自分が変幻自在なエネルギーであることを実感できなくなってしまっているからだ。
 自分の奥底に眠る自由な力を感じるためには、それを覆い隠している「身体」という幻を、できるだけ解体していかなければならない。
 私たちが昨日の図書室でやったことは、そのためのレッスンだったんだ。
 自分の身体を意識すること、それが世界を調律するための最初の一歩となる。
 そして、それは今すぐにできることだ。昨日のレッスンを思い出しながら、もう一度やってみよう。しばし、物語のことは忘れて、自分の身体に意識を向けてみるんだ。
 すぐに気づかされるのは、私たちが普段、いかに余計な力を入れて過ごしているかということだ。私たちはいつも身体の至るところを強張らせて、スムーズな「力」の流れを滞らせている。言ってみれば、私たちの身体のなかには、流れをせき止める「ダム」が大量に存在しているんだ。まずは、そのダムを壊していくことから始めなくてはならない。
 想像してみよう――君の身体のなかにある強張りは、流れをせき止める「ダム」だ。今、そのダムが、つぎつぎに決壊していく。自由になった流れが、君の身体を一気に駆け巡っていく。そして、それはやがて、君の身体から溢れ出し、世界全体に広がっていく。その様を、目を閉じて深呼吸しながら、できるだけリアルに想像してみること。
 始めのうちは少し難しいかもしれない。だが慣れてくれば、自分の身体のなかにあるダムが実際に壊れていくのを体感することができるはずだ。ダムが壊れるとともに、身体の一部がびくっと痙攣したりすることもあるだろう。それは、身体という幻が少しずつ解体され、君の変幻力が自由に開放されつつあることの証しなんだ。
 ダムの破壊活動は、日々の生活のなかで何度も繰り返さなければならない。君の身体は、すぐにダムを再構築してしまうから。大事なのは、少しずつヤスリをかけるようにダムを壊し、身体という幻を解体していくことだ。川の流れが、気の遠くなるような時間をかけて、ゆっくりと大地を削り取っていくように。
 そうしているうちに、やがて君は、世界と自分が一体である、という真理をまざまざと実感するようになるだろう。身体の内と外を隔てていた堰が開放され、そこに自由な力の流れが回復する。そして君は、自分が形を持たないエネルギーそのものであることを発見するのだ。
 君とは世界であり、世界とは流動する夢である。たとえて言うなら、それは音楽のようなものだ。虚無のうちに生じ、ただ一瞬のきらめきだけを残して再び虚無へと還っていく刹那的な流れ。存在と無、生と死の狭間にあって、儚くも美しく躍動する音楽。
 そう――「虚無の奏でる音楽」とは、実は君自身のことなんだ。
 昨日の図書室で一瞬気を失った時、君はその真理の片鱗を垣間見たはずだ。あの瞬間、君の身体のなかのダムは消滅し、君は世界そのものと一体となって美しいハーモニーを奏でていた。今や君は、自分の本性を少しずつ思い出しつつある。
 大切なことは、自分のなかにある「ダム」を壊し続け、自分を自由にし続けることだ。いつの日か、君は自分の本質を完全に思い出し、大いなる自由を手にするだろう。そしてその時こそ、君は誰も聞いたことがないような美しいメロディーを奏ではじめ、「虚無の奏でる音楽」として宇宙のすべてを悦びで満たすことになるだろう。
 私が君に伝えるべき真実は、もうそれほど多くはない。明日の朝、君はこの図書室で最後の冊子を見つけることになる。そして、そのなかで私は、自由になった君が美しい調べを奏でるための方法を明かすだろう。

        *

 埴谷雄高著『死霊(しれい)』の1巻と2巻の間に挟まれた四冊目の冊子を見つけた時、君がどれほど深く安堵したことだろうか。
 まだ、春日井さんは君のもとを去ったわけではない――その思いが、君をどれだけ強く慰めてくれことだろうか。
 君はさっそく閲覧席に着くと、『虚無の奏でる音楽』の続きを読み進めた。
 そして君がそれを読み終えた時、既に春日井さんは君の隣に座っていたのだった。
 例によって、彼女がいつからそこにいたのか、君には全く分からなかった。だが、君はもう彼女の突然の出現に驚くことはなかった。
 君の心のなかは、彼女と再び会うことができた、という安心感だけで一杯だったのだ。
 深く溜め息をついて、君は春日井さんに言う。
「――私、頭がおかしくなっちゃったのかもしれない」
「どうして?」
 春日井さんは、くすくす笑いながら君の身体にもたれかかってくる。
 君は泣きたいような気分になりながら、彼女の方を見ないまま言う。
「あなたが、本当に存在する人間なのか、自信が持てなくなってきた。こんなの、おかしいでしょう?」
 春日井さんは頭を起こし、しばし沈黙している。彼女はじっと君の横顔を見つめていた。君は、自分の顔がだんだん赤くなってくるのを感じる。彼女の前では、君はすぐに赤くなる。
 こんなにも彼女の眼差しはリアルなのに――それなのに君は、彼女の実在が信じられなくなっている。
 やがて、春日井さんは机の上におかれた君の手に、そっと自分の手を重ねて言った。
「あなたは、おかしくなってなんかいないわ。むしろ、正しい方向へ調律されつつあるのよ」
「………」
「この世界には、たしかに存在するものなど何一つない。私もあなたも、すべてが儚い幻に過ぎない。あなたは、その真理を学びつつある」
「そんなこと……分からないよ……」
 君は春日井さんのほうを向いて、何より疑問に思っていたことを彼女にぶつけた。
「春日井さん――どうして昨日、私の目の前から突然消えてしまったの? あの時、いったい何が起こっていたの?」
 春日井さんは、穏やかな微笑みを浮かべている。けれど、その微笑みはいつもと違って、すこし哀しそうに見える。その微笑みを見つめているうちに、君は胸が締めつけられるような気分になる。
「私はあなたと出会うために生まれてきたの。あなたを調律するために。だから、あなたが正しく調律されれば、私の存在は不要なものとなる」
「そんな、不要なものなんて……」
 反論しようとする君を遮って、彼女は続ける。
「昨日の図書室で、あなたは一瞬、完全に世界と一体化したの。ほんの一瞬のことだけど、あなたは完璧に調律された状態にあったのよ。だからその時、私は消滅した」
「………」
 彼女の言っていることは、君の常識を遥かに超えている。けれども、何故か君は、それが真実であることが分かる。彼女の口調があまりに真剣で、その微笑みがあまりにも美しく儚げであるからだろうか。
「言ってみれば、私はあなたを新しい段階へと導くための梯子(はしご)なのよ。昇りきった後には要らなくなる梯子。私はあなたと出会い、そして別れるために生まれた存在なの」
「そんなの――嫌だよ」
 君は自分の手に重ねられた春日井さんの手を強く握り返しながら言う。
「せっかく友達になれたのに……どうして、別れなくちゃいけないの? どうして、そんな哀しいこと言うの?」
「――哀しみもまた、悦びとなる」
 と、春日井さんは謎めいた言葉を呟きながら、両手でそっと君の手を包み込む。
「何も哀しむことはない。私とあなたは、一つになるのだから。というより、世界の全ては最初から一つに結ばれているのだから」
「一つに結ばれている……」
「そう。私もあなたも儚い幻に過ぎないけれど、それは海の上に生じる波のようなものなの。波はほんの束の間生じて、たちまち消え去っていく。だけど、すべての波は同じ一続きの海なのよ。波は消えても海は無くなったりしない。『虚無の奏でる音楽』は、決して止むことはないの」
 君は、今まで読んできた冊子の内容を思い返す。
 世界は流動してやまない夢であり、それこそが神である君の本質なのだった。春日井さんの言っている“海”というのはきっと、その変幻する世界としての君のことを言っているんだろう。「一人の人間としての君」は、その海の上に生じる波のような儚い存在だが、「海としての君」、「神としての君」は決して存在することをやめず、永遠に世界という名の音楽を奏で続ける――と、そういうことなのだろうか。
 君はふと、途方もない孤独感に襲われる。
 もし、春日井さんの言っていることが正しければ――君が本当に「世を見そなわす神」などという大それたものであるとするならば――この世で本当に存在しているのは君一人だけ、ということになりはしないだろうか。
 神の孤独――それはまさしく、絶対的な孤独だ。真に存在しているのは自分だけで、その他のものはすべて自分が生み出した幻に過ぎないというのだから。それは、誰とも分かち合うことのできない、深くて大きな孤独だ。
 もし、その孤独が永遠に続くものであるとしたら……
 君は、急に恐ろしくなって、春日井さんの身体にすがりつく。
「春日井さん……私、なんだか怖い。あなたの言っていることが」
 春日井さんは、君の身体をそっと抱き締めて言う。
「恐れもまた、悦びとなる」
「……それって、どういうこと?」
 春日井さんは、君の背中を優しく撫でながら、逆に君に訊ね返す。
「海が水で出来ているとしたら、世界であるあなたは何で出来ていると思う?」
「……分からない」
「世界はね――」
 春日井さんは君の耳元に唇を近づけると、大切な秘密を打ち明けるように言った。
「“悦び”で出来ているのよ」
「悦びで、出来ている?」
「そう。でもそれは、人間が感じる普通の喜びや悲しみとは違うものなの。人間は、嬉しいことがあったら喜ぶし、辛いことがあれば悲しむよね。だけど、神にとっては『ただ在ること』がそれだけで悦びなのよ。だから、神様から見れば、すべての出来事は悦ばしいものなの。そして、その悦びを素材として世界は作られている」
「――戦争とか、犯罪とか、いじめとかも?」
「そうよ。そういう出来事は、個々の人間にとっては悲劇かもしれないけれど、神にとってはそうじゃない。荒れ狂う波も、穏やかな波も、神にとっては同じ自分の一部に過ぎないから。神はただそこにいて、変幻する夢のすべてを祝福しているの」
「……私は、そんな風には思えない」
 君は春日井さんの身体を抱き締めながら言う。
「私にとっては辛いことはただ辛いだけだし、春日井さんと別れるのは悲しい。それが悦びだなんて、私には思えない」
 春日井さんは、君の髪を撫でながら囁くように言った。
「――自由になりなさい。そうすれば見えてくるわ。世界のすべてが悦びで出来ているということが」
 そう言って彼女は、君の頬に軽くキスする。
「……!」
「ただ、今この瞬間に在ることの悦びを知るのよ。過去のすべて、未来のすべてを忘れなさい。今この瞬間だけを悦びで満たすの。音楽のように」
 音楽のように。
 その言葉とともに、春日井さんの細い指先が君の身体を奏ではじめる。
 限りなく優しい手つきで、春日井さんは君の頭、頬、そして首筋を撫でていく。ギリギリ触れるか触れないかという、きわめて繊細な、際どい撫で方だ。ただそれだけで、君の全身はあっという間に悦楽の渦に巻き込まれる。君はぞくぞくと震えながら、彼女のされるがままになっていく。
「か……春日井、さん」
「世界の底には、大いなる悦びの流れが渦巻いている。身体を解放し、その流れを感じなさい。私が、あなたの身体のなかにあるダムを壊していくから」
 春日井さんの手が、君の身体のあらゆる部位を注意深く探っていく。彼女の指先が君の肌に触れると、そこから悦びの波動が君の全身に伝わっていく。快楽の波に翻弄されながら、君は自分の身体のなかにあるダムが実際に壊れていくのを感じる。ダムが壊れるたび、君の身体はびくっと痙攣する。
「は、あ……あっ……」
「あなたの身体は悦びで出来ている。まずはそのことを知りなさい」
 春日井さんの魔法のような手つきによって、君は自分の身体が見る見るうちにほどけていくのを感じる。まるで身体全体が、輪郭を持った固体ではなく、あらゆる方向に流れるエネルギーの交わりそのものとなってしまったようだ。
 君の身体は、悦びで出来た海だ。そして、それは世界そのものでもある。
 君はあまりの悦楽に半ば気を失いそうになりながらも、春日井さんのスカートの裾を握りしめてなんとか意識を保っている。
 そんな君の耳元で、春日井さんが囁き続けている。
「悦びの海は、あなたが生まれる前にいた場所。そして、死んだ後に還っていく場所。だけど、それは今も、“ここ”にある。身体を解放すれば、それが見えてくる。世界とあなたの、本当の姿が」
 世界と君の、本当の姿。
 けれども、君がそれを目にした瞬間、春日井さんは消えてしまうのだ。
 そんなのは――嫌だ。
 君は突き上げる悦びに耐えながら、春日井さんの身体を抱き寄せる。悦楽と悲しみに涙を流しながら君は言う。
「あなたのことが好きなの、春日井さん。だから――」
「………」
「だから――あなたと別れたくない」
 春日井さんは君に抱き締められたまま黙っている。彼女がどんな顔をしているのか、抱き締めている君には分からない。けれど――
「私たちは一つになるのよ。何も不安に思うことはないわ」
 彼女のその言葉がかすかに震えていることから、君は春日井さんが泣いているのを知る。
 いつもどんな時も謎めいた微笑みを浮かべていた彼女が、今は君のために泣いているのだ。
「春日井さん……」
「正直言って、私もあなたと別れるのは辛いわ。あなたと出会えて本当に良かったと思っている。けれど、私たちはもうすぐ別れなくてはならない。新しい音楽を奏でるために」
 そう言いながら、彼女は君の身体のもっとも敏感な部分へと手を伸ばす。
「か、春日井さん、ダメだよ……」
 君の弱々しい抵抗にも構わず、春日井さんはとうとう君の大切な部分に触れてしまう。信じられないほど甘美な手つきでその部分を愛撫しながら、彼女は君の耳元で囁く。
「神として目覚めなさい――歓喜とともに」
「あ――あっ!」
 その瞬間、君は再び見出す。
 闇であると同時に光であるもの。絶対的虚無であると同時に無限なる存在であるもの。
 宇宙のすべてを生み育てる、大いなる神。
 世界と君の、本当の姿を。
「……っ!」
 それは全く異様なものではない。それはあまりにもありふれたものだ。それは常に「ここ」に存在し、君のまわりの世界を形作り、世界を底で支え続けてきたものだ。あまりにも近くにありすぎて、君の目からは隠され続けてきたものだ。
 けれども、それはずっと君とともにあった。何故なら、それこそは君の本当の姿、君の存在そのものだったのだから。
 ああ、しかし、その存在のなんと力強く、悦びに満ちていることか。そして、なんと恐ろしくも官能的であることか。それは、あらゆる悦びの極限であり、生命の根源であり、精神を破壊してしまうほどの究極の悦楽だ。
 息も詰まるような恍惚に溺れそうになりながら、君は愛する人の名を叫ぶ。
「――春日井さん!」
 その瞬間、君は一瞬の法悦からたちまち覚醒する。
 我に返った君が見出したのは、図書室の閲覧席に、たった一人で座っている自分の姿だ。
「はあっ……はあっ……」
 君は机の上に突っ伏したまま、温かく湿った自分の股間を押さえている。
 君の周りには誰もいない。ただ、整然と立ち並んだ書架だけが、いつもと変わらぬ冷やかな佇まいで君を見下ろしている。
 昨日と同じように、春日井さんは突然、君の前から姿を消してしまったのだ。
「春日井さん……」
 君は震える声で呟く。
「――私を、一人にしないで」
 だが、君の呟きは誰の耳にも届くことはない。君は顔を上げることもできないまま、たった一人、机の上で泣いている。
 かつてないほどの孤独感にさいなまれながら、君は声を押し殺して泣き続ける。


    5

 世界を奏でる大いなる虚無であり、宇宙のすべてを想像し創造する唯一神である君よ。
 私は君に深く感謝している――私という存在を生み出してくれたことを。
 私は君に出会うために生まれてきた。世界を調律するという大切な使命を背負って、私は君によって創造されたのだ。
 そして、私たちは幸福な出会いを果たすことができた。今、君の心は着実に調律されつつある。今、世界には美しい音が響きはじめている。まだその音色は微かなものだが、私の耳には確かに君の奏でる妙なる調べが聞こえはじめている。
 けれども、残念なことに、私にはあまり多くの時間が残されていない。この最後の冊子で、私は世界を調律するために必要な智慧を君にすべて伝えきらなくてはならない。
 この短い文章でそんなことができるのか、と不安になってしまうかもしれないが、大丈夫、心配することはない。本当に大切な真理とは、得てして極めてシンプルなものなのだ。世界を調律するために君が学ぶべきことは、実はあと一つだけだ。
 昨日の冊子で君に伝えたのは、「自由になること」だった。まずは自分の身体のなかにあるダムを壊し、自由な流れを回復していくこと。それが世界を調律するための第一歩だった。
 ダムを壊し続けていけば、君はやがて自分が世界そのものであることをはっきりと自覚するようになるだろう。そしてその時こそ、君は全宇宙を見そなわす神として、世界という名の音楽を心のままに奏でるようになるのだ。
 自由になるための方法が「ダムを壊すこと」であるとして、では、自由になった君が世界を美しい調べで満たすためにはどうすればよいのだろうか? 夢を自分の思い通りにコントロールし、理想の世界を作り上げるためには何をすればよいのだろうか?
 実のところ、君がすべきことは「何もない」。世界をコントロールしようと思うならば、何もコントロールしてはならない。逆説的に聞こえるかもしれないが、これこそが神である君が学ぶべきもっとも大切な智慧なのだ。
 昨日の図書室で伝えたように、世界は「悦び」によって出来ている。つまり、君が何もしなくても、世界は最初から美しく完成されている。存在することは、ただそれだけで悦びであり、美であり、まったき至福であるからだ。
 存在そのものの悦び――この悦びは、普段、君の目からは隠されている。君は一人の人間として、様々なことを言ったり考えたり行ったりしているが、実はそのせわしない思考や行動こそが、君の目を曇らせているのだ。君が何かをすればするほど、その曇りは濃くなっていく。言わば、君の「doing=行為」が、「being=存在そのもの」を覆い隠しているんだ。
 だから、ただそこに在る悦びを知るためには、君はできるだけ「doing」を抑えていったほうがいい。とくに何もせず、ただ目の前を流れていく出来事を味わい楽しむこと。そうすれば、「being」が自然と向こうから姿を現してくるだろう。老子が「無為自然」という言葉で伝えようとした智慧は、実はこのことを指している。
 君が自分の意志で世界を作り替えようとすると、その途端、世界の美しさは失われてしまう。この辺りの仕組みは、ある意味で「眠り」にも似ている。眠ろうとすればするほど眠れなくなる、というのは多くの人が経験していることだろう。人間は、自分の意志によっては絶対に眠ることができないからだ。本当に眠ろうと思うならば、人は眠ろうとする意志を忘れて、ただ眠りが訪れるのを待つしかない。それと同じように、世界の真の美しさを知るためには、君はあらゆる意志を捨てて、自分を空っぽにしなければならないんだ。そうして、世界の美しさが君の前にふと現れてくるのを、ただ待つしかないんだ。
 自分を空っぽにする、と言っても最初のうちはなかなか難しいかもしれない。人間の脳は絶えず何かを考えていなくては気が済まないような性質を持っているから。雑念を完全に消す必要はないけれど、世界の美しさを見るためには、心のなかをできるだけ静かにしておいたほうがいい。
 そこで、心を空っぽにするためのとっておきのコツを君に教えよう。とても簡単なことだ。
 それは、「自分の身体のなかにある髑髏(どくろ)を思うこと」。
 君の身体のなかにある髑髏――それは、君が生まれた時からずっとそこにある。白く乾いたその骸骨こそが自分の本体だ、と考えてみるんだ。
 君は一人の死神だ。内に秘められた髑髏の姿こそが君の本体であり、肉や皮はそれを隠す仮装に過ぎない。君は人間の皮をかぶった一人の死神なのだ。
 君は一体の髑髏であり、不滅の死神である。どれほど肉体が老いさらばえようとも、君の本体である髑髏はほとんど姿を変えることなく、肉の仮装の内側で笑っている。肉や皮には、様々な傷や悪しき記憶が蓄積されていくけれど、死神である君の本体は決してそのような業に汚染されることはなく、常に白く乾いた清潔な姿を保ち続ける。どれほど君の肉が疲労し傷つこうが、どれほど君の脳に悪しき感情がこびりつこうが、そんなこととは関係なく、髑髏であり死神である君は白く乾いたその顔に笑みを浮かべ続けている。髑髏の頭は空虚であり、それゆえいかなる感情の影響も受けないからだ。そこにはただ美しい静謐だけがある。
 髑髏は微笑んでいる。何故、彼らは笑っているのか。それは彼らが絶対的な安楽のなかにいるからだ。死神である彼らにとって、死は恐れの対象ではない。そして、死を恐れないが故に、彼らにとって恐れるべきものはこの世界に何一つない。だから、彼らは常に笑っていられるのだ。
 死神である君は、今も人間の姿を装ったその仮面の下で笑っている。その、髑髏の微笑みを思い起こすこと。その微笑みこそが、常に変わらぬ君の本当の素顔だ。その微笑みを思い起こせば、君はいついかなる時も、あっという間に自分を空っぽにすることができる。いつか、身体という幻を解体し尽くせば、君は髑髏の姿すら失い、何ものにも穢されることのない純粋な虚空となるだろう。そして、空っぽになった君の前には、息を飲むほど美しい、世界の真の姿が現れる。
「自由になること」、そして「自分を空っぽにすること」。世界を調律するために君が学ぶべき智慧は、この二つのことだけだ。この二つのことを身につけさえすれば、君は夢の創造神として、世界を絶え間ない悦びで満たすことができるのだ。
 存在そのものの悦び――それはけっして失われることのない、不滅の悦びだ。一度その悦びを見出しさえすれば、君は永遠の遊戯者として、宇宙という名の音楽を美しく奏で続けることだろう。
 私たち夢幻師は、常に君とともにあり、君の創造活動を見守っている。神の孤独に疲れた時は、いつでも私たちを呼ぶがいい。名前を変え、姿を変えても、夢幻師はいたるところに遍在している。君が本当に私たちを必要とするならば、いつでも私たちはそこに出現するのだ。
 だから、不安に思うことはない。孤独におびえる必要はない。君は、ただひたすら自分を自由にし、世界を悦びで満たすことだけを考えていればいい。真っ直ぐに悦びへと向かうこと――君がしなければならないことは、ただそれだけなんだ。
 願わくば、君の創造する夢が、悦ばしく幸福に満ちたものであらんことを。そして、すべての人々、すべての生命が、君とともにその夢を楽しむことができますように。
 最後に、ここまで読んでくれたこと、そして、私という存在を作り出してくれたことに、感謝を述べて締めくくりとしよう。
 私を生み出し、そして私と出会ってくれて――どうもありがとう。

        *

 最後の冊子『虚無の奏でる音楽・5』は、図書室の最深奥部、何故かそこだけ本が一冊も入っていない書架の真ん中に、ぽつんと置かれていた。
 読み終えた冊子を閉じると、君はそれを胸に当てて目を閉じた。空っぽの書架の前で、君はじっと立ち尽くしたまま待っている――春日井さんが、君に別れを告げに来るのを。
 目を閉じたままそうやってじっとしていると、閉ざされたまぶたの裏に、彼女と出会ってからの出来事が走馬灯のように浮かんでくる。
 詩を朗読する彼女の涼やかな声。窓からの日射しに照り輝く艶やかな黒髪。君の身体を優しく撫でてくれた、その細い指先。そして、いつも変わらず君を幸せな気分にしてくれた、穏やかな微笑み。その笑顔は、どこまでも謎めいて美しい――背後に宇宙の闇を秘め隠した青空のように。
 君はあらためて、自分が強く深く、彼女に恋い焦がれていることを思い知る。
 どれほどの間、春日井さんのことを想いながらそこで待ち続けていただろうか。
 果たして、彼女はやってきた。
 薔薇の香りとともに、春日井さんは背後から君の身体を包み込むように抱き締める。そして、小さな声で呟いた。
「――いよいよ、お別れの朝ね」
「………」
 君はゆっくりと目を開ける。目の前の空っぽの書架を見つめたまま、君は唇を噛み締める。
 背後から君を抱き締める春日井さんの腕にそっと触れると、君は泣きそうになるのを堪えながら、ようやく言葉を絞り出した。
「どうしても……お別れしないと駄目なの?」
「ええ、そうよ」
「どうして? どうして、ずっと一緒にいてはいけないの?」
 君はうつむきながら、涙声で訴える。
 春日井さんは、そんな君の頬をそっと撫でると、静かな声で言った。
「それはね――この世界が、虚構の世界だからよ」
「えっ?」
「あなたにも分かっているはずよ。私もあなたも、小説の中の登場人物に過ぎないということが」
「……か、春日井さん、何を言っているの?」
 君は戸惑ったような表情を浮かべながら、震える声で言う。
 だが、それは君の演技に過ぎない。君は本当は分かっている。春日井さんの言っていることが紛れもない真実であることが。この世界が作られた虚構であるということが。
 何故ならば、君は毎朝この図書室に通う少女であると同時に、《ディスプレイの前で今まさにこの小説を読んでいる一人の読者でもあるからだ》。
「――あなたはもうすぐ、この物語を読み終えなければならない」
 春日井さんは、感情を押し殺したような冷たい声で君に告げる。
「この図書室は言わば、あなたを神として再生させるために作られた繭(まゆ)なの。繭はいつかは破られなければならない。あなたは繭から出て、あなた自身の世界を創造しなければならない。あなたの生きる場所はここではないのよ」
「そんな……」
 呆然とする君から身体を離すと、春日井さんは言った。
「まわりを見てご覧なさい」
 言われるまま、君は周囲に立ち並ぶ書架を見渡す。
 それは一見、いつもと変わらぬ風景のように思える。窓の外が曇っているせいか、いつもより少し色あせて見えるだけで、特に変わったことはないようだが……
 しかし、やがて君は気づく。小さな黒い点が、書架に並べられた本のあちこちから零れ落ちている。君は、近くにあった書架に目を凝らし、黒い点の正体を見極めようとする。なにかの虫だろうか?
 いや、違う。それは小さな文字だ。本だけではない――書架や壁、天井のいたるところから小さな文字がぱらぱらと零れ落ちているのだ。それと同時に、風景からは次第に色が失われ、あらゆる存在が希薄になっていく。書架のなかには、向こう側がうっすら透けて見える箇所すらある。
「こ、これは……!」
「ここは、もともと文字で作られた虚構の繭に過ぎない。今、その繭が壊れはじめているのよ。残された時間はあまりないわ。繭が完全に崩壊する前に、あなたは繭の破れ目から脱出しなくてはならない」
「繭の破れ目……?」
「あなたの目の前にある空っぽの書架。それが、この図書室の破れ目よ」
 君は自分のすぐ前に佇む書架の姿をあらためて見つめる。本が一冊も入っていないというだけで、他には特に変わったところのない、普通の本棚だ。君が脱出できそうな出口はどこにも見当たらない。
 君は書架に近寄り、あちこち触ったり叩いたりしてみるが、それでもやはり「破れ目」らしき箇所は見つからなかった。そうしているうちにも、あたり一面にばらばらと文字の雨が降り注ぎ、図書室のなかの風景はますます色あせていく。
「どう見ても、ただの本棚にしか見えないよ。普通に図書室のドアから出たほうが早いんじゃないかな」
 君がそう言うと、春日井さんは厳しい表情で首を振る。
「それは無理よ。ドアのほうを見てきてご覧なさい」
 君は頷くと、通路を小走りに駆け抜ける。
 そして、書架の間から顔を覗かせて入り口の方をうかがった瞬間、君は愕然として身を強張らせたのだった。
 図書室のドアは、すでに消滅していた。
 ドアだけではない。入り口近くの天井や壁、書架やカウンターなどもすべて消え去ってしまっている。そこには本当に「何もなかった」。ただ風景が失われているというだけではなく、一切の存在が――光も闇も、時間も空間も、何もかもが無くなっていた。
 言語に絶する、絶対零度の『無』。それは、夢を紡ぎだす創造的虚無ではなく、すべての夢を終わらせる死の虚無だ。
「――!!」
 その光景のあまりの気味の悪さに、君はすぐに目を逸らしてしまう。君がそれを見たのはほんの一瞬に過ぎなかったが、それでも君の動悸は一気に跳ね上がり、身体中からどっと嫌な汗が噴き出していた。
 気分が悪くなった君は、背後の書架に身体をもたせかけようとする。しかし――
「あっ!」
 君の身体はそのまま書架をすり抜け、後ろに大きく傾いた。あわてて姿勢を戻した君が振り返ってみると、書架の姿はほとんど透明に近いほど薄くなり、その実体は失われかけていたのだった。
 ――虚無の浸食が、この辺りにも及びつつあるのだ。
 君は足をもつれさせながら、這々(ほうほう)のていで春日井さんのそばへと逃げ帰ってくる。
「か、春日井さん……!」
 君はがくがくと震えながら、春日井さんの身体にしがみついた。
 そんな君を相変わらず冷静な目で見下ろしたまま、春日井さんが口を開く。
「言ったでしょう、この世界は虚構の世界だって。繭が完全に崩壊してしまえば、図書室の全体があの絶対的な無のなかに飲み込まれることになるのよ。もちろん、私やあなたも巻き込んでね」
「春日井さん……私、どうしたらいいの? どうやったら破れ目を開くことができるの?」
 すがりつくような目で君は彼女を見つめる。だが、春日井さんは無言のまま君から目を逸らした。
「ねえ、教えて、春日井さん!」
「……私には分からない」
「――え?」
 春日井さんは、君から顔を背けたまま、降り続ける文字の雨をただじっと見つめている。
「繭の破れ目を開くためには、まだ何かが足りないの。だけど、私にはそれが何なのか分からない。それを見つけることができるのはただ一人、あなただけなのよ」
「わ、私だけって――どうして……」
「この世界を作り出したのが、あなただからよ」
 そこで春日井さんは、初めて君の目をまともに見つめ返した。春日井さんの射るような眼差しに貫かれ、君は思わず息を飲む。
「この世界は、あなたの作り出した、あなたのための物語。私はその中の登場人物に過ぎない。この世界の主人公は、私ではなくあなたなのよ。だから、物語を終わらせ繭の破れ目を開く『最後の鍵』は、あなた自身で見つけるしかないの」
「だ、だけど……どうやって……」
 物語を終わらせるための最後の鍵。
 突然そんなことを言われても、君はただ戸惑うばかりだ。どうやって物語を終わらせるかなんて、君には見当もつかない。
 君がうろたえている間にも、降り注ぐ文字の雨はいよいよ勢いを増し、図書室のすべてを消し去ろうとしている。文字のひとつひとつはまるで実体がないかのようで、身体に当たっても何の感触も残さないまま淡雪のように消え去ってしまう。だが、それは少しずつ確実に、虚構の繭を蝕んでいる。辺りの風景は、今やモノクロ写真のように色を失っていた。
 見れば、春日井さんの身体からも、小さな文字が湧きだしては、ぽろぽろと床に向かって零れ落ちているではないか。君ははっとして、春日井さんの顔を見つめる。
 彼女の顔は、普段にもまして青白く、どこか幽霊のようですらあった。春日井さんは今にも消え去ってしまいそうな儚げな微笑みを浮かべると、かすれた声で言った。
「もうすぐお別れよ。最後の鍵を早く見つけ出して、ここから脱出して」
「――春日井さん!」
 君は思わず彼女の身体をぎゅっと抱き締める。
 ――まだ、さわれる。まだ、春日井さんの身体は実体を失ってはいない。
 けれど、君に抱き締められた春日井さんの姿は、わずかに透けて見える。彼女の存在が消えてしまうのは、もはや時間の問題だ。
 君は唇を噛み締め、心を決める。
(どうやって物語を終わらせるかなんて、私には分からない。もしかしたら、私も春日井さんも、このまま、あの「絶対無」のなかに飲み込まれてしまうのかもしれない。だけど――)
 だけど、その前に。
 君にはどうしても、春日井さんに訊いておかなければならないことがある。
「春日井さん――最後にひとつだけ、訊いてもいい?」
「……何?」
 怪訝そうに首を傾げる春日井さんをまっすぐに見つめて、君は言う。
「春日井さんは私のこと――どう思っていたの?」
「え?」
「昨日の図書室で言ったよね。私はあなたのこと好きだって。でも私、まだ春日井さんの答えを聞いてない」
「……!」
 どこか怯んだような顔をする春日井さんに、君は畳みかけるように言う。
「私の身体に触れてくれて、すごく嬉しかった――でもそれは、ただ『世界を調律するため』だけにしたことだったの? それとも……」
「そ、それは――」
 春日井さんは、彼女にしては珍しく口ごもった。君から視線を逸らすと、彼女はうつむいたままもじもじしている。そんな姿の春日井さんを見るのは初めてのことだった。彼女はいつも冷静で、何事にも動じることなく落ち着き払っていたのに――
 今、君の目の前にいる彼女は、どこにでもいる普通の女の子みたいだった。
 けれども、その表情は、今まで見せてくれたどんな顔よりも愛おしく、可愛らしい。
 君は彼女の手をそっと握りしめる。すると、春日井さんは意を決したように顔を上げた。そして、ふてくされたような顔をして、早口で言った。
「愛してなければ、あんなことできないわ」
「じゃあ――」
 君は彼女の美しい顔を見つめる。
 色あせた風景のなかでも、君ははっきりと認めることができる――彼女の頬がかすかに桃色に染まっているのを。その潤んだ瞳、震える睫毛が、千の言葉よりも雄弁に彼女の想いを物語る。
 降り注ぐ文字の雨のなかで、君たちは手を取りあって見つめ合う。
 どちらからともなく身体を寄せあい、そして――君は心を込めて、春日井さんの唇に自分の唇を重ねたのだった。
 はじめは小鳥が餌をついばむように、慎重におずおずと。だがやがて、彼女と君は夢中でお互いの唇を吸いはじめる。
 春日井さんの唇は、ちいさく柔らかく、そして温かかった。
 ああ、どれほどこの唇を求めていたことだろう。彼女とこうすることを、どれほど夢見ていたことだろう――
(この時間が、永遠に続けばいいのに……)
 そうして君たちが、最初で最後の口づけを交わした、その時だった。
 辺りが、強烈な光に包まれた。
「――!」
 君が驚いて振り返ると、先ほどまで空っぽの本棚のあった場所に、四角い出口が出現していた。出口の向こうには、目も眩むほどのまばゆい光が溢れている。
「これは……!」
「――繭の破れ目が開いたのね」
 そうぽつりと呟いた春日井さんの方を見てみれば、彼女の姿は強烈な光に照らされて今にもかき消されそうになっていた。
「春日井さん――!」
「あなたは正しい鍵を探り当てたのよ。おめでとう」
「で、でも……」
「キスが物語を終わらせる鍵だったなんて、なんだか昔のおとぎ話みたいね。――さあ、早くこちらへ」
 春日井さんは戸惑う君の手を引くと、“繭の破れ目”の前に立った。
 君の手を握るその感触が、先ほどよりもだいぶあやふやなものになってしまっていることに、君は気づく。
 春日井さんは、半ば透き通った姿で君に微笑みかける。君から手を離すと、彼女はまるで遠くのほうから聞こえてくるような小さな声で言った。
「もう、時間がないわ。急いでここから脱出して。そして、あなたの生きるべき〈現実〉に戻るのよ」
「春日井さんは? 春日井さんは、どうするの?」
 そう言って君は彼女の肩をつかもうとする。だが、君の手は何の感触もないまま、春日井さんの身体をすり抜けてしまったのだった。
「……!」
 君は絶句したまま、呆然と立ちすくむ。春日井さんはただ穏やかな微笑みを浮かべて、そんな君を見つめている。
「私は、繭の一部として作られた存在なの。だから私は、この図書室の外では生きられない。私はこの図書室とともに生まれ、この図書室とともに滅びる運命にあるのよ。その定めを変えることは、誰にもできはしない」
「そんな……そんなのって、ないよ……」
 声を震わせ涙ぐむ君を、春日井さんはそっと抱き締める。彼女の身体はほとんど実体を失いかけているが、わずかに残った唇と指先の感触で、彼女は君の頬にさらりと触れる。
 君の目尻に浮かんだ涙の粒を唇で吸い取ると、春日井さんは言った。
「――そんな顔をしないで。私たちは、いつかまたきっと出会うことができる。最後の冊子にも書いたでしょう。夢幻師はいたるところにいるって」
 君は相変わらず涙に濡れた目で、春日井さんの透き通った顔を見つめた。
「本当に……本当に、私たち、また会えるの?」
「あなたが、それを心の底から願うならば」
 そう言って春日井さんは、君を安心させようとするように微笑んだ。
「春日井ノノとしての私は、この図書室とともに消え去る運命にある。けれど、あなたが本当に再会を望むならば、私はきっとまたどこかであなたの前に姿を現すわ。だって、あなたは、全ての夢を創造する神様なんだから」
「私が、本当に望めば……」
「そう――たとえ名前を変え、姿を変えたとしても、私たちはきっと、再び出会うことになる」
 春日井さんは、君の髪をそっと指で梳きながら言った。
「だから、お願い。最後は笑顔で別れましょう――私たちの想い出を、悦ばしいものにするために」
 春日井さんの目には、君と同じように涙が浮かんでいる。けれど、それでもなお、彼女はその透き通った顔にきれいな微笑みを浮かべていた。いつも君を捉えて離さなかった、あの魅惑的な微笑みを。
 君は涙を拭い、精一杯の笑顔を作って春日井さんに言う。
「私、きっとあなたを見つけるよ。どんな場所に生まれ変わっても、きっとあなたを見つけてみせる」
「ええ」
「だから、その時はまた私と一緒に――物語を奏でてくれる?」
 春日井さんは、とびっきりの笑顔で、君の言葉に頷く。
「ええ、きっと」
「――じゃあ、指切り」
 君と彼女は、そっとお互いの小指を絡み合わせる。もう、春日井さんの指の感触はほとんど失われてしまっているが、最後に残ったわずかな温もりが、君の小指に彼女の想いをたしかに伝える。
(ああ……本当にもう、お別れなんだ)
 轟々と降り注ぐ文字の雨の中で、春日井さんの姿が消えてゆく。
「さあ、もう急がないと。破れ目をくぐって、あなたの生きるべき世界へ帰るのよ。振り返らずに」
「うん――必ず、また会おうね」
「ええ。きっとまた、夢のどこかで」
 そう言って微笑む春日井さんに頷くと、君は“破れ目”のすぐ前に立った。
 光り輝く出口の向こうがどうなっているのか、まったく見通すことはできない。君はしばしの間ためらうが、後ろで君を見守ってくれているはずの春日井さんの眼差しが、君に勇気を与えてくれる。
(さあ、戻らなくちゃ――私の生きるべき世界へ)
 そうして、君がついに向こう側へ一歩を踏み出したその時だった。
 君は、背後で春日井さんが君の名を呼ぶのをはっきりと聞く。
「さようなら、× × × さん。ずっとずっと――」
 あなたのことが好きだった――と。
 そう言う彼女の声を耳にした次の瞬間、君の身体は何もない虚空へと投げ出された。
「――!」
 光の膜をくぐり抜けた先は、真っ暗闇の空間となっていた。“破れ目”をくぐり抜けると、君の身体は目に見えない力に引っ張られて、いきなり水平方向に落下しはじめる。
「――春日井さん!」
 振り返るなと言われていたけれど、君は振り返らずにはいられない。
 暗闇のなか、君がたった今くぐり抜けた光り輝く“破れ目”が急速に遠ざかっていくのが見える。
 最後に君は、破れ目の向こうで、春日井さんの微笑みが文字の嵐のなかに消え去ってゆくのを見たような気がした。
(春日井さん……!)
 君の身体は、何もない暗闇のなかをものすごいスピードで落下していく――君の生きるべき世界、〈現実〉と仮に名付けられたもう一つの夢に向かって。
 “破れ目”の光はあっという間に遠ざかり、今やただの点としか見えなくなっていた。
 君はその光の点を見つめながら、これから君が生きるべき世界について考える。
 果たして君は、そこで上手に君自身の音楽を奏でることができるだろうか? 春日井ノノのいない、繭の外で? さまざまな悪意や煩わしさの溢れる〈現実〉の世界で?
(私はやらなくちゃいけない――きっと、やってみせる)
 そう。君ならば、きっとできるだろう。「自由になること」、そして「自分を空っぽにすること」。春日井ノノの教えてくれた二つの智慧が、きっと君を助けてくれる。どれほど苦しみに囚われようとも、どれほど人々のなかで傷つこうとも、諦めることなく一心に「悦び」を創造し続けるならば、いつかきっと君は、大いなる自由へ到達し、世界そのものが永遠の悦びであることを発見するだろう。
 そうしてある日、変幻し続ける夢のどこかで、君は夢幻師ノノと再び出会うのだ。たとえ名前を変え、姿を変えても、君たちはきっとお互いを見つけるだろう。
 そこは寒い場所だろうか、それとも暖かい場所だろうか。あるいは本の中、それとも夢の中だろうか。
 どこだっていい、君のいるその場所、『今、ここ』と呼ばれるその場所に、君たちの奏でる音楽がきちんと鳴り響いてくれればそれでいい。
 Now, here――あるいはnowhere。どこでもない場所。
 その場所を楽器として、君たちの物語は再び奏でられるのだ。
 その時までに、君が彼女をびっくりさせるぐらい上手な奏者になってくれているといいのだが。
 ――さあ、今こそ君の〈現実〉に立ち返るべき時だ。
 繭の“破れ目”であった光の点は最後に小さく瞬いて消滅し、やがて辺りは真の闇に包まれる。
 そして、物語を読み終えると同時に、君は調律され生まれ変わった神として、新しい音楽を奏ではじめる。
野々宮真司 H4HIQlHxIA

2010年12月27日(月)19時13分 公開
■この作品の著作権は野々宮真司さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
世界でたった一人の「君」に捧げる、究極の二人称小説。

12/30 微修正


この作品の感想をお寄せください。

2013年05月11日(土)03時50分 くま S9/wiGxX7k +20点
りょうじくん、元気?。いい作品だね。今はなにしてるの?。久々に会いたいね。銀閣寺南の男。
66

pass
2011年02月13日(日)14時13分 牛髑髏タウン DN9w0wBvqc +30点
読ませていただきました。

私はあまり分析的に読む性格ではないので、簡単ですが。

文章がうまくて良いなと思いました。二人称ですが、不自然には感じず、スラスラ読めました。冊子の中の部分なのか外の部分なのか時々混乱しましたが、二人称で統一している意図もわかりますので、難しいところですね。

ただ、冊子を見つけていく主人公の少女が、登場人物としての個性と、読者の分身としての無個性と、今ひとつどっちつかずな印象を持ちました。学校に通う少女、という個性すらなくしてしまうのも手だったのではとも思います。まあ、言うのは簡単ですが、それで物語として成立させるのも難しいですね。逆に、少女の個性をちゃんと持たせるなら、少女が繭の外に出た後……を描いてみても、とも。

単に思ったことを書いてしまいましたが、とにかく、読んでよかったと思えました。ありがとうございました。

98

pass
2011年02月01日(火)23時35分 真柴竹門  +30点
はじめまして、真柴竹門です。最近、私の家のご近所の奥さんが亡くなったそうです。どうやら家族葬とやらを執り行いたかったそうなので私は葬儀に参加してませんけどね。
辛気臭い話はここまでにして、本題の感想にさっさと入ることにします。とはいっても、ちと辛口評価なんですがね。

まず「硬い夢のような世界観」のように感じました。夢というのはフワフワしてるもんですから、日本語としてはちょいと変ですけどね。
でも「硬い」と「夢」をどうしても切り離せません。ちゃんと繋げて「硬い夢」だと比喩したいです。
とまあ、何か良いことっぽいのを書いてますけど、正直あまり本作を読み込めてません。恐らく初めての二人称小説を読んだからでしょう。文章は読み易いほうでしたが。
凄く目新しい体験でしたよ。まるで神様に、交通整理の誘導棒で「こっちですよー、こっちこっち!」と導かれながら読んでる一人称、って気分でした。何故なら……

>今まさにこの瞬間、君の視線はページの上に落ち、ここに刻まれた文章をなぞりはじめる。レコード盤の上にそっと針が落ちるように。
>君は一人の少女として、とある学校の図書室にいる。

……というふうに、「アンタは本を読んでるんだよ! 分かったか!」「アンタは女なんだよ! いいね?」と指図されてるみたいに書かれていますからね(笑)。他の二人称小説もこんな感じになるんでしょうか? だから……

>3冊目以降はいろいろな神秘主義思想を私なりに解釈した内容となってます。
>この辺りの内容は、個人的な体験に基づいた部分が多くて、人に向かって論理的に語るための言葉があんまり整ってないのです(汗)
>読み返してみると、たしかに説教臭い

……いやいや、のっけから説教臭かったですよ(笑)。でも二人称って読者に向かって説明する形になるんだから、そういうふうになるんじゃないですか? それとも私が他の二人称小説を知らないだけで、もっと違う語りかけ方というのがあるのですかね?
あと、ちゃんと読み込めてない理由はもう一つありまして、本作を読んだ前日って少ししか眠ってなかったので睡眠不足気味だったのですよ。
そして気を入れ直そうと冷茶をゴクゴク飲んだり、小説の途中で顔を洗いに行ったりと、ウツラウツラしそうな目をカッとさせながら読みました。けど四十点を付けている鯖の味噌煮さんの……

>飽きることなく読み切らせていただきました。現在、ちょっとしたトリップのような後読感に包まれていて、(略)とにかく面白かったです。このクラクラ感が癖になりそうです。特殊な味の素敵な物語でした。

……という感想を読んで『あれ? 間違った対応をしてしまったかな?』と軽い後悔に苛まれております。
マジで質問ですけど、作者としては読者に、コーヒーを飲みながら読んで欲しいのですか? もしくはワインを飲みながら読んで欲しいのですか? どっち? まあラムネを飲みながら読む小説ではないことは確かですが(笑)。
というわけで、あまりトリップすることなく読んじゃいました。勿体無い読み方してしまいましたな、私。

でも前半は確かに哲学の「独我論」でしたが、後半になってくると哲学というより宗教に近いですね。当人も「3冊目以降はいろいろな神秘主義思想を私なりに解釈した内容となってます」と書いておりますし。
作中の「悦び」という単語からして「神秘体験」(または宗教体験とも呼ぶのかな?)もテーマに入っているみたいですね。でも私、神秘体験に関してはあまり良いイメージを持っとらんのですよ。
何てったって、カルトとかテロリズムの中には神秘体験を利用して多くの人を虚無という死へ追いやるような悪いことをしますしね。また「海馬」(池谷裕二、糸井重里。文庫版の追加対談)でも、側頭葉の上の部分の、しかも左半球に「神さまを感じる場所」とやらあるそうですから。
だからといって神秘体験自体を否定してるわけではないですよ。というか肯定的です。私だって野々宮真司さんだって、神さまのように尊敬できる作家さんがいたりするでしょ?(ちなみに私は、城平京先生が神さま〔笑〕)。

話を小説に戻しましょう。ストーリーが進むごとに謎が解かれていく感じは良いですね。章が終わるごとに次の章の「虚無の奏でる音楽」という小冊子が気になりました。
ただまあエキセントリクウさんの意見と被りますが、発見する過程を描かなくてもいいから何故にある本と本の間に隠された小冊子を見つけられたかの意味付けが、もう少し描かれていてほしかったです。
エンデとかホルヘとか埴谷雄高とか、ちょっと調べただけでも凄いトリッキーな作家だというのは分かりました。それを小ネタとしてでもいいから、物語とリンクさせても良かったんじゃないですかね?
他にも「偶然」云々と書いてあるから、例えばこんな引き方はどうでしょう?
「作家Aのシリーズものの二作目を読み終えたから、次は三作目を手に取ってみると「虚無の・1」があった」
「作家Aは多作家であり、シリーズものとは関係の無い作家Aの別作品を手にしたら「虚無の・2」があった」
「今度はランダムに本を選んだのに、そしたらまた「虚無の・3」があった」(本編の物語が大きく動き出すところですしね)
「実はシリーズ三作目を返却してないどころか読了してもいなかったので、一気に読むと最後のほうに「虚無の・4」があった」
……でもこれじゃあホラーになっちゃうような?(笑)。

そして四章がエロすぎてヤバイです! つーか私って本作を終始に渡って誤読してましてね。「君は一人の少女として、とある学校の図書室にいる」という描写を見落としてたのですよ。だから「もう……一体、なんのつもりなのよ」に違和感を持ちました。
つまり主人公はてっきり男の子だと思っていたのです。例えば「君はスカートをなびかせて振り向いた」「君は春日井を追いかけようとするが胸が邪魔で上手く走れない」といった描写がもっとあったなら気付けたのでしょうけど。
まあ私も人のことは言えませんがね。一行だけで情報提供を済ませるって行為。
ですから第四章のエ○ シーンは、ガチで焦りました。『哲学的な彼女企画って18禁描写は禁止じゃなかったっけ? これはギリギリセーフ? いや、アウトだろ!』って(笑)。
野々宮真司さん、誤読してすいませんでした。でも、良い誤読だった……(!)。

二人称による『独君論』を表現しようとしたことですが、半分失敗で半分成功したってのが私の感想です。
というのも、第一章後半や第二章前半あたりから『この「君」って何? というか誰?』という疑問が湧き上がりましたからね。小冊子でも二人称ですし、主人公視点の場合でも二人称でしたから、すぐに『これは何かあるな? 「この事件の真犯人、それは読者である君だ!」的なことをやろうとしているのかな?』と想像ついていました。
でも「これを読んでいるあなたこそが世界でただ一人の神だ」と繋げるのは予想してませんでしたから、『おおー! 哲学的にどうかはともかくとして、そう来るかー。成程なー』と溜め息を漏らしました。ですから半分失敗で半分成功なのです。
次に独我論の唯一性、というか『唯自性』(?)について……

>本作でやろうとしたことを一言で表現するなら、「独我論を二人称小説で表現する」ってことでした。
>独我論の誤解されやすい点としてよく問題になるのが、それが「自我一般」の問題として、つまり誰にでも当てはまる話として理解されてしまう、という点です。
>独我論の核心部分は、自我一般の問題ではなく、「ただ一人の人物」、つまり今まさにこの文章を読んでいる「あなた」にとってだけ意味のある問題なのだ、ということを伝えるためにこの小説は書かれました。

……悪いのですけど、それも作中に書いても良かったんじゃないですか? 多分、蛇足になったりしないと思うんですよ。例えば、超適当ですけど……
「なぜ独我論は、誰にでも当てはまる話になるのだろう? それは『言葉』によるものが大きい。言葉によって多くの他者にわかってもらえるからだ。しかーし、本当は違うのだよー」
……というのを第二章あたりに書いておけばテーマに深みを与えられるんじゃないでしょうかね? ホント、超適当ですが。あとそれから……

>なるべく個性の強くない、普遍的なキャラにしたつもりですが、どうしても感情移入しきれない部分が出てきてしまうんですよね。
>こうしてみると、恋愛ゲームのシナリオライターというのは偉大だな、と思います(笑)
>多くのプレイヤーを物語の主人公として取り込んでしまえるんですからね。

う〜ん、私が間違っているのかもですが、最近のエ○ ゲーでもちらほらと特徴的な主人公が見受けられるのですよ(そんなにエ○ ゲーやってませんがね)。
野々宮真司さんが描く主人公のような、徹底的なまでにニュートラルな奴って逆に今も昔もそんなにいないような気がします。二人称でも、もう少しくらいなら個性があってもいいんじゃないでしょうか? それとも二人称をよく知らない私の見当違いな意見?
あとエ○ ゲーマーとして言わせて頂きますが、あれは一人称視点からのグラフィックやら女の子達の音声やらが付いてくるから、感情移入もしやすいし作品世界の中にプレイヤーが入り込め易いと思うんですがね?
……ごめんなさい。なんか批判してばかりで。反省します。

点数のほうですが、二十点でもいいのですけど三十点にしました。
優等生で収まらないよう頑張ってるそうですね。それに関して今回は、バカをやる方向性じゃなかったけれども、野心的なアイディアを用いて真面目な姿勢で二人称小説に挑んで壁を壊そうとしているのを考慮した結果、加算しても良いんじゃないかと考えました。
それでは、どうもありがとうございました。長文と辛口評価でしたが、これで失礼します。

107

pass
2011年01月04日(火)19時44分 野々宮真司 H4HIQlHxIA 作者レス
>ブンポウノゲキテツさん
 感想ありがとうございます。
 ご指摘のとおり、この物語の発想の源流にはエンデの『はてしない物語』があります。作中にその作品名を登場させたのも、それを示唆するためでした。仰るとおり『はてしない物語』の持っていたメタフィクション構造を、「独我論」と結びつけてさらに先鋭化させる、というのが本作の狙いです。
 さて「読者を引き込むことに失敗している点」ですが、これも全くご指摘のとおりだと思います。二人称小説の困難性は、普通の小説よりも「読者を感情移入させること」に気を使わなければならない、という点にあります。読者自身が主人公となるわけですから、キャラの人物像が読者とかけ離れていると小説自体が破綻してしまいます。二人称小説を成功させるためには、読者を特定の一人だけに限定してその人物を念頭に置いて書くか、もしくは「誰でも感情移入できるニュートラルなキャラ」で書くしかありません。本作は当然、後者の路線を行こうとしたわけですが、やってみると困難きわまりない道のりでした(汗) なるべく個性の強くない、普遍的なキャラにしたつもりですが、どうしても感情移入しきれない部分が出てきてしまうんですよね。こうしてみると、恋愛ゲームのシナリオライターというのは偉大だな、と思います(笑) 多くのプレイヤーを物語の主人公として取り込んでしまえるんですからね。
 そして、私自身が独我論者ではないのではないか、というご指摘も鋭い。そのとおりです。私は言わば「独君論者」なのです。私は「これを読んでいるあなたこそが世界でただ一人の神だ」と言います。なぜそんなことを言うのかといえば、私もまたあなたの夢の登場人物だからです(笑)
 それでは、非常に鋭いご意見をありがとうございました!

pass
2011年01月04日(火)19時19分 野々宮真司 H4HIQlHxIA 作者レス
>エキセントリクウさん
 感想ありがとうございます。投稿が締め切り間際になったのはタイミングを図ってのことではなく、単に遅筆なだけなのです(笑) 本当は11月中に投稿する予定でした……。
 本作でやろうとしたことを一言で表現するなら、「独我論を二人称小説で表現する」ってことでした。独我論の誤解されやすい点としてよく問題になるのが、それが「自我一般」の問題として、つまり誰にでも当てはまる話として理解されてしまう、という点です。独我論の核心部分は、自我一般の問題ではなく、「ただ一人の人物」、つまり今まさにこの文章を読んでいる「あなた」にとってだけ意味のある問題なのだ、ということを伝えるためにこの小説は書かれました。
 図書室のシーンを三人称で書いてしまうと、作中で語られている独我論が「自我一般」の問題(誰にでも当てはまる話)へとレベルダウンしてしまいます。独我論を「ただ一人、あなたにとってのみ意味のある問題」として維持するためには、どうしても全編を二人称で書く必要があったのです。結果として、読者を強制的に少女化して物語のなかに取り込むというきわめて強引な手法を取らざるをえなくなったわけですが(汗)
 引っ張りが弱いのは、哲学を展開することに重点を置いたあまり、物語を充実させるだけの余裕がなかったからです。あとから振り返ると、もっと哲学要素は控えめにして、物語を充実させればよかったですね。このあたり、まだまだ未熟な私です。
 優等生で収まるな、というのは色々な人から言われることなので、あらためて耳が痛いです。これは技術だけでどうにかなる問題ではないのでなかなか難しいところですが、なんとか壁を突破しようと思います。エロスはそのためのエネルギーとして利用できるかも……などと、エキセントリクウさんのご意見を読んでて思いました(笑)
 それでは、参考になるご意見をありがとうございました!

pass
2011年01月01日(土)22時47分 ブンポウノゲキテツ  +20点
僕がここに投稿する予定だった小説と似通った部分があったので思わずコメントしてしまいました。
これがシンクロニシティか。

比喩や文章、セリフ、キャラ、プロット、テーマ。エンデの小説を思いだします。春日井さんマジモンデンキント、えっちいモンデンキント。
エンデのお弟子さんやらドイツの作家がファンタージエンのシェアワールド小説を書いてますけど、あれよりもこの小説のほうが“はてしない物語”の正統後継者してます、“鏡の中の鏡”風味もうまく結合してていい。

ただ、読者をテキストのなかに引きこむことに失敗してませんか? 読者に“君”と呼びかけ、「主人公=読者」の関係を作っているのに主人公の属性や感情の描写をしたため、ずれが生じています。
「君は夢から夢へと渡り歩く」の文章から、この小説は読者の見る夢の一つだってことはわかるんですよ、読者はこの夢のなかで別の存在になっているんですね。しかし、夢をみるようにはテキストに潜りこめないんです、短編ですから。このプロット、テーマだとテキストに潜り込みにくいというのは致命的です。

とはいえ、鏡の中の鏡とはてしない物語を合体させたような構成はすごく好きです。この小説のなかでは破綻していた、というだけで、アイデアとしてはいいものだと思います。
“はてしない物語”は「アトレーユの物語を読むバスチアンの物語を読む」っていう階層構造をつくることで読者を読者の位置に置いたままにバスチアンに自己投影させてましたけど、あれをもっと尖ったメタフィクションにした感じですね。

あと、最後に一つ。
冊子を普通に解釈すると作者ではなく読者が、独我論における“我”になりますが、このことから作者たる野々宮さん自身が独我論を信じていないことがわかります。独我論者は他人に“存在するのは君だけだ”なんていいませんから。
でも、作者の存在を意識せずに純粋にテキストとして読めばその事を気にしなくて済む。
不思議な感覚ですね。
109

pass
2011年01月01日(土)21時00分 エキセントリクウ  +30点
どうも、遅くなりました。エキセントリクウです。
感想でよく見かける野々宮さんの作品をずっと探していたのですが、締め切り間際にドーンと来ましたね。なんかカッコイイなって(笑)。ていうか、アップするタイミングをはかっていましたね?

この人は出来るなって、感想を読んでるときから思っていたのですが、予想通りというか。
力のある人に対して、ということで、若干厳しめで感想を述べさせていただきます。

まず、プロでも滅多にやらない、二人称ですね。最初、作中作(冊子)と本編どちらも二人称なので、本編は三人称、みたいに使い分ければいいのでは?と読み進めていたら最後に

何故ならば、君は毎朝この図書室に通う少女であると同時に、《ディスプレイの前で今まさにこの小説を読んでいる一人の読者でもあるからだ》

ときたので、そういうことか、と思いつつ、でも少し解りづらいので、解説お願いします。

冊子ですが、隠してあってもすぐ見つかるし、置いてる犯人もすぐバレるしで、小説的に「引っ張る」部分をあえてそうしなかったのはどうしてですか?もし物語性を拒否するのなら、もっと表現的であってもいいのでは?

これは印象ですが、野々宮さんってすごく真面目な方なんじゃないかと。作品をたとえるなら、タンスの引き出しに服をキチンとそろえて隙間無く入れてる感じ。ただ、そこが歯がゆいんです。最後ちょっとエロっぽいところが出て来て、ホッとしたというか。どうせなら、二人を全裸にしちゃうとか、どうですか?誰もいない図書室で真っ裸の女の子が二人抱き合ってたら、刺激的だし、素敵じゃないですか?話がそれましたが、野々宮さんには優等生で安心しきってほしくないんです。言葉ひとつとってもそうです。確かにうまいんだけど、無難にまとめてる印象があるんです。もっと野心がほしいですね。野々宮さんは、まだまだ良くなると思いますよ。


105

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2010年12月29日(水)15時29分 野々宮真司 H4HIQlHxIA 作者レス
>モーフィアスさん
 作者レスにわざわざご返信くださって、ありがとうございます。先の私の作者レスですが、たしかに世間話に傾きすぎていたかもしれません。せっかくモーフィアスさんが真剣な感想を書いてくださったのに、申し訳なく思っております。
 真面目な話をすると、モーフィアスさんの仰るとおり、ネット小説というのはたいていの場合数行で、悪くすると一行で読み捨てられる運命にあります。お金を払っているわけでもないので、読者は、つまらないと思えばその時点で読むのをやめてしまいます。私も多くのネット小説を読み、自分でも投稿してきた経験から、そのことはよくわかっているつもりです。
 なので、私は最初の一行目から読者を引き込むように心がけています。その試みが上手くいっているかどうかは別として、私なりに一作一作、最大限の工夫をこらしているつもりです。そして、読者からいただいた感想は全て、次の作品に活かそうと考えています。モーフィアスさんのご指摘について「肝に銘じる」と書いたのは単なる社交辞令ではありません。実際、あなたの書く感想は常に的確であり、私のような発展途上の人間にとってはたしかな糧となるものです。
 そうやって少しずつ努力していけば必ず良い作品を生み出せるはずですし、そしてそうやって生み出された作品は必ず評価されるものと私は信じています。実際、モーフィアスさんの作品はまったくラノベ的な作風ではないにも関わらず、本企画において高く評価されています。それはあなたの作品が面白いものだったからです。読者を楽しませるべく、真剣に考えられた作品だったからです。ラノベ的であろうとなかろうと、それが良い作品であれば、ちゃんと読まれるし、評価される。私の経験上、それは確かなこととして言えると思います。
 モーフィアスさんのような真剣な創作者の方から感想をいただけて、幸せに思います。たとえ、この作品につけられた感想があなたのものだけであったとしても、私はそれで満足したことでしょう。あらためて感謝申し上げます。
 それでは、お互い、さらなる「高み」を目指してがんばりましょう。自分の実力を向上させるためにがんばっているのは、きっとモーフィアスさんだけではありません。ここに投稿されている皆さんは、私も含めて、未熟ながらも必死にもがいている人々なのだと思います。私も、あなたを落胆させないように精一杯努力します。
 このような長い作品を読んでいただいたばかりでなく、二度も感想を投稿していただき、本当にありがとうございました。

pass
2010年12月29日(水)14時26分 モーフィアス  +20点
 だいたいにして、ネットで建設的な議論ができることはありません。
 私がどんなに踏み込んで感想を書いたって、それに関してさらに返答が帰ってくることはありません。
 せいぜい「そうですね」程度。あなたのその返答もまた然り。私が指摘しているこの作品の問題点に関しての返答になっていません。
 私がつける点の上限が20点だとか、他人の作品をさっぱり読んでないとか、それはただの世間話です。何も書いてないのと同じです。
 世間話なんて書いたって、実力向上には何も寄与しない。
 私は「個人的にはよかった、悪かった、どうだった」的な感想が嫌いです。それは作品の批評になってないからです。面白いか、面白くないか、の2択のアンケートにしかなってない。それでも「面白い」が多ければいい作品と言える目安にはなりますが、そんな程度では感想になってません。
 だから私は、いつも意識して何か意味のあることを書いているのですが、基本的に、まともな返答は帰ってこない。まるでなしのつぶてです。あなたのその返答のように。
 ネットには、私以外には、自分の実力を向上させようと思っている人はいないんですか?
 あなたのその返答、私の指摘に一切何も言及せずに、「ご指摘を肝に銘じて精進」……って、思ってないでしょ? 少なくともほとんど。

 私がほとんど他人の作品を読んでいないというのあれば、確かにそれは事実ですが、その指摘は、あなたがまるで何も分かっていない証拠でもあります。
 私は確かに、基本的に長い作品を全部読んで判断することはありません。全部読み切ったならば、その時点で高く評価しているということです。
 で。
 私は確かに他人の作品を途中までしか読みませんが、それでも、私はこのサイトの他の人の平均と比べたら、断然たくさん下まで読み進めています。
 なぜなら、ほとんどの人は他人の作品なんぞろくすっぽ読んでいないからです。興味があるのは自分の作品に感想がつくかどうか。それを待ってるだけ。それを待ちながら、他人の作品にたまには目を通してみるとしても、おそらく10作品前後ぐらいが平均じゃないですか?
 だったらつまり、自分の作品を覗いたことのある人は、10人前後。そしてさらにその10人のうちのほとんどは、冒頭を眺めてみただけで、ブラウザの「戻る」でしょう。
 つまり、まるで他人の作品を読んでいない。

 そういうこと、意識したことありますか?
 無いでしょ? 自分の作品が、実は冒頭だけしか読まれてないという自覚が無いからこそ、私に「ほとんど読んでませんね?」なんて言える。
 私は他人の平均と比べたら、よっぽどたくさん読んでいるというのに。

 この作品もしかり。
 はっきり断言すると、ずばり、ほとんどの人は、この作品、冒頭しか眺めていません。
 あなたはあちこちで書き込んでいるから、そのネームバリューであるいは100人ぐらいはクリックしてくれたかもしれません。けど、そのほとんどは冒頭を眺めただけで「戻る」をクリックしてますよ。
 なぜなら、見た感じ、面倒くさそうだから。
 このサイトの読者の平均レベルを考慮すると、この作品を読んでいるはずがない。おそらく平均20行も読んじゃいない。
 これは多分、確実でしょう。
 私がこのサイトを眺めて回って落胆した点もそこです。
 私は表現を駆使しながらも、それなりにライトノベルズの読者がついてきやすいように、冒頭からいきなり本題に入り、一切退屈にならないようにテンポよく仕上げましたが、それでも私の作品を眺めた人の多くは、冒頭の数行で断念している可能性が高い。たったの数行で!

 それに対して、あなたの作品は、冒頭から延々と一人語りみたいなことを書いている。読者を面白がらせてみようという試みが一切感じられません。
 このサイトの人間がどれだけこらえ性が無いか、忍耐が無いか、分かってるんですか?
 そして作品本編が始まっても、描写や説明がまずたっぷりと続きます。描写や説明というのは、よっぽど面白い書き方でもしない限り、確実に面白くありません。素人が、作品の書き始めで、いきなり書いていいことではありません。
 冒頭というのは、いきなり面白くあるべきです。とにもかくにも。描写だとか説明だとか、している場合ではありません。

 この作品、冒頭の一人語り部分で文学的要素が見て取れるから20点としましたが、それ以降は、描写と説明過多のまま、ほとんどどうでもいい日常生活の実況生中継が続いています。
 読者を意識できていないにもほどがあります。根本的に、作品をどう創るべきか、勘違いをしています。身の程知らず。せっかく88枚書いたのに、読者のほとんどは、1枚目で読むの止めてるんですよ?

 あなたが感想を書いて回っていなかったら、ひょっとしたら、私の感想しかついていないかもしれませんよ?
 それぐらい、このサイトの読者には、読んでもらえそうもなさそうな作品です。
106

pass
2010年12月29日(水)11時05分 野々宮真司 H4HIQlHxIA 作者レス
>モーフィアスさん
 モーフィアスさん、キターーーーーーーーーーーーーー! と、思わず叫んでしまいました(笑) まず言っておきますと、私は主催者とは何の関係もございません。感想を書きまくってるのは、参加する以上、少しでも祭りを盛り上げたいというただそれだけの理由です。
 そして、相変わらずの辛口感想、ありがとうございます(笑) このサイトにおけるモーフィアスさんの評価は20点が上限みたいなので、この点数は光栄に思うべきなんでしょうね。
 ところで、モーフィアスさんはこの作品を最後まで読めたのでしょうか。モーフィアスさんの今までの感想を見ると、作品を最後まで読んでいる例が皆無なので(笑)、そこのところがちょっと気になりました。モーフィアスさんが最後まで読んでくれたとしたら、これに勝る光栄はないと思っているのですが……なにしろ、牛髑髏タウンさんの『先輩と、真実の口』すら読み切れなかったというあなたですからね(汗) なんというか、恐るべき忍耐力のなさ(笑)
>分かっていて、文学路線的な作品を出してきた以上、面白く思われないことを、それなりに分かっているんじゃないですか?
 という質問ですが、そこはまあ、モーフィアスさんと同じで、一種の実験と言いますか(笑) もともと私にはこういう文章しか書けない、ってところもありますけれどね。こういう作品が面白いかどうかは読者が決めることなので、私には分かりません。分からないから、投稿して皆さんに読んでもらおうと思うわけです。あなたと同じように。
 まだまだ未熟な部分の多い私ですが、ご指摘を肝に銘じて精進していきたいと思います。真摯なご感想をありがとうございました!

pass
2010年12月29日(水)00時55分 モーフィアス  +20点
>野々宮真司

 あなたは誰の作品にも書きまくり褒めまくっているので、てっきり運営だと思っていました。
 が、作品を投稿してきたということは、運営ではない可能性も考慮できそうです。まぁ個人的には運営に近い存在だとほぼ決めつけているし、結局のところは他人には判断つかないことですが。

 誰の作品も褒めまくっているので、実力をうかがい知ることができませんでしたが、この作品を見る限り、どうやら小説の心得を持っているようです。
 素人が小説を書くと、延々と実況生中継するだけなのですが、この作品、ちゃんと表現を作者が考えて創っていることが分かります。実況生中継も作品が動き始めてからは多々見られますけど。
 2人称視点、などという試みも、素人にはちょっと考えつかないアイデアです。

 さて。文章力はそれなりにあることは分かりましたが、面白いかどうか、という点について結論を先に言うなら、この作品、面白くないこと織り込み済みなんじゃないですか? これは私の意見ではなくて、このサイトの一般論です。
 このサイトの書き手と読み手の力量を考慮した場合、2面にて王冠のついている二つの作品と最多得点であるところの、

1.「先輩と、真実の口」         牛髑髏タウン
2.「日出山道花の恍惚」         幕ノ内ちゃっぷりん
3.「チャーハン大盛り、あ、ご飯抜きで」 svaahaa

 この3つ。
 この3つがこのサイトの平均レベルを象徴しています。
 どれも表現を模索しているような作品ではないし、文学的な要素は1ミリたりとも持ってません。
 3つに共通しているのは、
「マンガを読むのと同じレベルで、面白いかどうか」
 しかも、冒頭からいきなり面白くなけりゃ、評価なんてつきゃしない。
 しかも「2」はエロ作品だし、「3」はライトノベルズというよりもさらに一段下で、一発ギャグのレベルです。

 こんだけたくさん感想を書いてきたからには、このサイトでどういう作品が好まれそうなのか、分かっていないはずはないと思うんですけど。
 分かっていて、文学路線的な作品を出してきた以上、面白く思われないことを、それなりに分かっているんじゃないですか?


 さて、で。内容を評価するとして。
 読んだ感じ2点。 

1.実況生中継部分が、稚拙・嘘くさい点。
 嘘くさい展開を、馬鹿正直に長いこと実況しすぎているので、嘘くさいです。
 嘘くさい台詞や展開は嘘くさくないように書き直したり省略したり、多彩な表現や比喩を使ったりするべきです。
 実況生中継を延々と続けるべきではありません。

2.作品が長い点。
 何か説明したり感想を述べたり(てゆーか、感想を決めつけたりしてくれてる部分だけど)している部分が、いちいち長い。
 少なくともこのサイトに限ると、そんな長い文章を延々と読んでくれる人は、ほとんどいそうにありません。
 王冠のついている作品に倣うなら、明らかに硬そうな文章が長く続きすぎです。
 いちいち決めつけ口調なのが、嘘くさいし安っぽいというのは、私個人の感想です。

「死の季節」 金椎響

 が、唯一同系列の文学的な方向性がそれなりにある作品として、あれに20点を入れた以上、これにも一応20点を入れておきます。
 文学的な表現を描ける作者であるという、その一点において。
114

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2010年12月28日(火)18時43分 野々宮真司 H4HIQlHxIA 作者レス
>鯖の味噌煮さん
 飽きることなく読み切っていただいた、ということで作者としてはたいへん嬉しいです。枚数が結構あるので中だるみを心配していましたが、最後まで面白く読んでいただけたようでホッとしています。
 トリップ感を感じたということですが、きっと哲学にはもともと人をトリップさせる力があるんでしょうね。哲学の持つそういう幻惑的な力を小説のなかに取り込む、というのが本作における一つの課題でしたが、上手くいっていたようで良かったです。是非とも、そのままトリップし続けてください。きっと、旅路の途中で春日井さんがあなたを待っていることでしょう(笑)
 それでは、励みになる感想をありがとうございました!

pass
2010年12月28日(火)18時26分 野々宮真司 H4HIQlHxIA 作者レス
>色音さん
 早速のご感想、ありがとうございます。色音さんの『ミレニアムフォール』は面白い作品だったので、その作者さんから感想をいただけるというのは嬉しいです。それにしても4、5歳ぐらいで「世界夢説」を考えるなんて、ナマイキな子供ですね(笑) でも、実は子供の方がこういうことをよく分かってたりするのかもしれません。
>いつになったら私の前に春日井さんは現れるのでしょうか
 一億年後ぐらい(笑)? 夢は永遠に続くでしょうから、気長に待つしかないですね。あるいは、あなたの身近にいる大切なあの人が、実は姿を変えた春日井さんなのかもしれませんよ。
 冊子の部分については、確かに説得力に欠ける部分があったと思います。1冊目と2冊目はいわゆる「独我論」の哲学で、ウィトゲンシュタインや永井均などが考察してきた問題ですが、3冊目以降はいろいろな神秘主義思想を私なりに解釈した内容となってます。この辺りの内容は、個人的な体験に基づいた部分が多くて、人に向かって論理的に語るための言葉があんまり整ってないのです(汗) 読み返してみると、たしかに説教臭い……こういう内容を語るためには、もう少し修練が必要なのでしょう。
 私としては、春日井さんのキャラを気に入っていただけたというだけで作者冥利に尽きます。なんと言ってもこれは「萌え小説」の企画ですからね(笑) 参考になるご意見をありがとうございました!

pass
2010年12月28日(火)08時45分 鯖の味噌煮  +40点
飽きることなく読み切らせていただきました。現在、ちょっとしたトリップのような後読感に包まれていて、↑の方のようなうまい感想がぜんぜん浮かびませんでした。とにかく面白かったです。このクラクラ感が癖になりそうです。特殊な味の素敵な物語でした。
102

pass
2010年12月28日(火)02時44分 色音  +30点
私が最初に「世界夢説」を考えたのは4、5歳くらいのことでした。実はこの現実っていうのは3歳のときに見ている夢で目が覚めると3歳に戻っているのかもしれない……とか。
世界の捉え方については所々共感できたり、納得できたりしました。
でもちょっとわからないことがあります。いつになったら私の前に春日井さんは現れるのでしょうか、いつになったら春日井さんは抱きしめてくれるのでしょうか、いつになったら……か、春日井さん!!

というわけで小説としての感想に移りますね(笑)
調律するというキーワードがとても印象に残りました、正直10点分くらいはそこです。ストーリーは後半が少し唐突な気もしましたが物語の世界観には合っていたかと思います。そして春日井さんが素敵で、主人公ちゃんの気持ちの移り変わりにも少しドキドキしました。
哲学についても、瞑想による解脱、身体の解放のような考え方が気に入りました。何よりちゃんと哲学してたと思います。
ただ、冊子(虚無の奏でる音楽)部分の言葉の選び方はもう少し注意が必要だったかもしれません。思ったままに言ってしまうと「押しつけがましい」ような印象を受けました。どうも説得力に欠けます。
私が主に自然科学+数学サイドからの哲学ファンですのでそう思うのかもしれませんが、主張の根幹たる部分を明確にしたほうが良いと思いました。言っていることはわかるのですがモヤモヤが拭えません。
とはいえ、全体を通して漂っていたまさに夢のような雰囲気はよかったと思います。
色音
104

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合計 8人 220点


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