哲学的な彼氏企画 上巻
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 たったったっ!
 アタシは食パンを加えながら急いでアカデメイアへの道を走っていた。

「大変大変、転校初日から遅刻じゃ格好悪いかな」

 でも、エヴァレットの多世界解釈によれば、この世界には見えないだけで全ての分岐する前の可能性が存在するらしい。
 つまり、アタシが遅刻をしたかどうかは、アタシが教室の扉を開けた瞬間に決定するので、教室の扉を開けるまでは分らないのだ!
 どかっ!
 突然、曲がり角でアタシに誰かかがぶつかった。

「ちょっと、いきなりぶつかってこないでよね!」

 アタシは文句を言った。
 アタシがぶつかった男の子は、こう言った。

「確かに、君の認識からするなら僕が君にぶつかってきたのかのしれない。しかし、僕の認識からすると、僕にぶつかってきたのは君なんだ。
 これはどちらもカントのいうモノ自体の真理ではない。でも、この二つの事柄を弁証法によって戦わせることによって、『君と僕がぶつかった』というより真理に近い形に近づけることができるんだ!」
 
 どきん!
 アタシのハートが高鳴った。
 ……この人、凄く、アタシの理想の恋人のイデアに近いみたい!
 アタシの恋は死に至る病にかかった!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「――いや、ないないない、アリかナシかで問うまでもなく、この小説は絶対に無しだろ!」

 俺はプリントアウトされた紙束を机上に放りだすと、三角締めを極められたレスラーの気分で、何度も机をタップした。

「む〜、そんなに駄目でした? 私の自信作」

 不満そうな瞳でじっとりと俺を見つめながら、不肖の後輩、津久見理子は小さく首を傾げた。
 カラスの濡れ羽色をしたショートカットの黒髪と、意志の強そうな黒い瞳に通った鼻筋。小柄な体躯は快活さに溢れていて、外遊びが好きな小学生を思わせる。……夏休みも過ぎ去り、二学期も半ばになるというのに、今だに首を捻ることが多い。なぜこんなやつがうちの部に入ったんだろう? 廃部寸前だった我が文芸部を救った新入生は、あろうことか、どう見ても読書に縁があるようには見えない、猪突猛進型の体育会系少女だったのだ。俺は嘆息交じりに頭を振る。

「問題外だ。妙な説明台詞は延々と続くし、哲学用語の使い方は明らかに明らかに間違ってるし、誤字脱字はあるし、何よりこの女の趣味は一体何なんだ? ギャグか? ひょっとして、何か俺たちには理解できない高尚なギャグでも書いてるのか?」
「違いますっ! 何度言えばいいんですか? 私は、哲学的な小説を書きたいんです!」

 いつもの如く、噛み付くような勢いで身を乗り出し、腕をぶんぶん振って熱弁を始めた。

「私は、私の小説で哲学の面白さというものをみんなに広めたいんです。色々考えたんですけど、やっぱり、哲学の理論に親しみを持ってもらうためには、哲学的なことで思い悩む男性達を小説に描いてみるのが一番かな、って思ったんですけど……ちょっと、聞いてるんですか! 佐伯先輩!」

 俺は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。入ってきた新入生が文芸部に似つかわしくない体育会系少女だった。それはいい。その正体は驚異の天才文学少女――なんてオチはなく、見かけ通りの残念な文章力の持ち主だったが、それもべつにいい。
 問題なのは――。

「どうして、おまえはロクに漢字も読めないのに哲学だけが大好きなんだよ……」
「だって、面白いじゃないですか、哲学」

 この問題児は、入部早々『たくさん哲学の本を読むために文芸部に来ました』と珍妙な宣言をし、その外見に似合わないたくさんの有名な難書――ヘーゲルの『精神現象学』や、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』など――に挑戦し、その全てに悉く敗北した。

「ねえ、佐伯先輩。先輩はどうして私が哲学の話をすると、そんなに嫌な顔をするんですか?」
「なあ、津久見。おまえが無謀にもカントの純粋理性批判に挑んで、1頁も理解できずに悩んでいた時に、3時間もかけて解読を手伝ってやったのを覚えてるか?」
「はいっ! あの時はとってもお世話になりました!」
「なら、次の日おまえがアプリオリとアポステオリの区別すら覚えていなかった時の、俺の怒りも覚えているな?」
「うっ……」

 新入生だからと大目に見てやっていたのは最初の方だけだった。似たような出来事が幾度も続き、ある日臨界に達した俺は、悪びれた様子もなく『ごめんなさい、頭こんがらがってきちゃったんで、もう一度解説お願いしてもいいですか?』と人懐っこい笑顔を浮かべたながらカントを差し出したこいつの頭を、容赦なくスリッパではたいてやった。

「悪いことは言わないから、今度の機関紙を哲学ネタでいきたいなんて我儘は言うな。おまえのオツムじゃ哲学なんて到底無理だ。趣味で入門書を読む程度にとどめておけ」
「むぅぅ、先輩はケチです。少しぐらい協力してくれてもいいじゃないですかあ!」

 困ったことに、頭は全く追いついてないものの、こいつの哲学に対する熱意だけは本物なのだ。愛用の入門書は付箋やラインマーカーの跡でびっしりだし、俺の解説も専用のノートを作ってきちんと纏めてある。だからそうそう無碍に扱うわけにもいかず、徒労と知りつつ、ついつい相手をしてしまうことも多い。
 だが、哲学小説の執筆なんて面倒ごとまで手伝うのは真っ平ごめんだ。

「ん〜、真人くん、あんまり理子ちゃんをいじめちゃ駄目だよ〜。うちの部のただ一人の一年生なんだから。大事にしてあげなくちゃね〜」
「ああ。一年生の指導は二年の仕事だ。しっかり指導してやるといい」

 各々の椅子で、置物のように読書に没頭していた先輩達が余計な口を挟んできた。
 我が文芸部の部長、野津原和枝先輩は読んでいた杜甫の原書を閉じて、ほんわかと微笑んだ。

「理子ちゃんはね〜、とっても頑張り屋さんなんだから、真人くんも応援してあげないとダメだよ〜 偽りても賢を学ばんを、賢といふべし、ってね」

 津久見とは対照的な、大人びた風貌と女性的な肢体。それを、間延びした子供っぽい喋り方が台無しにしている。古典漢文を愛していて、短歌や漢詩を作っては新聞などに投稿するのが専らの趣味らしい。外見通りの柔和な性格だが責任感は強く、文芸部の最高権力者である。
 むっつりとした顔で読書を続けているのが、蒲江洋次先輩。痩身に銀縁眼鏡をかけたその面持ちからは神経質そうな印象を受けるが、気さくで頼りがいのある俺の兄貴分だった。
 蒲江先輩が愛するのは、野津原先輩とは対照的に西洋文学、もっと言うならシェイクスピアだった。演劇部と兼部もしており、蒲江先輩に言わせるなら、演劇も文学も、共にシェイクスピアに近づくための一手段らしい。
 野津原先輩と蒲江先輩は幼馴染らしいのだが、別段仲が良い風にも見えず、和洋の文学がどちらが上かで言い合っていることもしばしば見かける。興味の分野がまるで別なので、部室に二人でいる時も静かに並んで自分の本の項を捲っているのがこの部の常だ。

 この二人の先輩と、不肖の後輩津久見理子。そして、もうじき次期部長を受け継ぐ唯一の二年生である俺、佐伯真人の4人――それが、この廃部寸前の文芸部の全メンバーだ。
 先輩たちは、二人とも受験の近づいた三年生、とうに引退していておかしくないのだが、受験勉強に丁度いいだの、やり残したことがあるだの、俺に部長を任せるのはまだ早いだの、色々と理由をつけてこの文芸部に入り浸っている。本当に文芸部が好きなのかもしれないし、もしかして、先輩たちが引退してしまえば二人だけになってしまう俺たちのことを慮ってくれているのかもしれない。何にせよ、俺には部室に足を運んでくれる先輩たちの存在がありがたかった。その大切な俺の放課後の読書タイムが、津久見の哲学談義で塗りつぶされるのは絶対にご免だ。
 俺はパイプ椅子に深く腰を下ろすと、自分自身の楽しみを満喫すべく、昨日買ったばかりの文庫本を鞄から取り出した。津久見の原稿などに思わぬ時間をとられたが、これでやっと俺の部活動が始まる。お気に入りの作者の新刊だ。沸き立つ心を抑えつつ、静かに頁を開く――と、その新刊を、小さな手がひょいと抜き取り、そのまま書店でかけて貰ったカバーを、バリバリと無遠慮に海老の殻でも剥くように剥がしてしまった。
 たちまち、でかでかと表紙に踊るアニメ調の色彩の少女のイラストと、ポップな字体で書かれた題名が晒された。

「先輩っ、またライトノベルなんて持ってきたんですかっ! こんな役に立たない軽薄な本ばっかり読んでないで、たまには野津原先輩や蒲江先輩のような学術的な本でも読んだらどうですか!?」

 学術的な本、と言いながら哲学書を差し出し、言外に自分の哲学話に付き合えとあざとく視線で要求してくる。勿論そんな要求を呑めるはずもなく、俺は津久見の手から新刊をひったくるように取り返した。

「断る。俺はこれか涼官ハルミの新刊を読むんだ。俺がどれだけこの新刊を待ち詫びてたか、おまえにわかるか?」

 津久見は見下すような視線をハルミの笑顔に向け、首を振った。

「わかりません。この本が、一体何の役に立つんですか? 先輩はもっと有意義な読書をすべきです」
「役に立つ有意義な読書だぜ。そうだな、これはエンターテイメントの勉強だ。おまえの小説に一番足りない部分だ。『たんぽぽ』の中じゃ、俺の娯楽小説が一番生徒に受けがいいのは知ってるだろ」

 うっ、と津久見は返答に詰まったようだった。『たんぽぽ』とは、文芸部が学期毎に発行する由緒正しい機関紙の名前だが、ここ数年の部員の激減により、今ではその名の通り吹けば飛ぶような薄い冊子となっている。独創的でハイレベルな野津原先輩の短歌や漢詩と、大学生の論文レベルのクオリティを誇る蒲江先輩のシェイクスピアに関する考察コラムは、非常に高い文化の薫りを感じさせ、教師受けもいいのだが、反面生徒からの受けは今一つ芳しくない。
 そこで、俺が残りの紙面をライトノベル調の敷居の低い娯楽小説で埋め、『たんぽぽ』を教師からも生徒からも受けの良い機関紙へと仕上げている。つまり、俺は『たんぽぽ』の娯楽小説担当。そのためにライトノベルをどれだけ読もうと、まともな原稿一本上げられないこの後輩に謗られる謂れはまったくないのだ。

「対しておまえはどうだ? 哲学のお勉強は大いに結構だが、今度の『たんぽぽ』に載せる原稿はちゃんとできてるのか? 言っとくが、さっきのシュルレアリズム小説のようなものは論外だぞ。一学期みたいに、哲学の勉強を始める決意表明の作文もどきでお茶を濁すことは許さねーからな。俺があれだけ無理だと忠告してやってるのに、それでも哲学ネタで行きたいというなら、それに相応しいものを仕上げてもらうぞ」
「ば、馬鹿にしないで下さいっ! 私の今回のメインテーマ、『哲学的な彼氏企画』は、こんなものじゃないんです! アイデアなんて次から次へと湧いてきて、一体どれを書き始めればいいか迷ってるぐらいなんですから!」

 さっきのアレ、自信作って言ってなかったけ? そんな突っ込みの言葉を飲み込んで、生暖かい視線を向けると、津久見はぐっと握り拳を作って睨むような視線を俺に向け、ルーズリーフを取り出して猛然と何かを書き殴り始めた。きっと、次から次に湧き出すアイデアとやらを書き纏めているのだろう。正直、あまり興味はなかった。俺の今の関心事はただ一つ、この涼官ハルミシリーズの新刊の内容だけだ。今度こそ俺は文庫を静かに開き、物語の世界へと静かに没頭した。先輩たちもとっくに各々が好む本の世界へと飛翔している。部室には、机を叩く津久見のシャーペンの音だけが静かに響いていた。


   
     ●



「できましたっ!」

 津久見が声を上げたのは、奇しくも俺が新刊を読み終えたのとほぼ同時だった。時間にすれば小一時間というとこか。ハルミの新刊は、予想は裏切り期待は裏切らない、俺の待ち望んでいた通りの傑作だった。痛快なハルミや長戸達の活躍、深まる物語の謎と絶妙な引き。これは次巻も楽しみだと胸中でほくそ笑む。できればもう少し読後の余韻に浸りたいところだったが、これ以外の思索は許さぬとばかりに、女子高生にしてはやや荒い文字でびっしりと埋まったルーズリーフが視界いっぱいに突きつけられた。

「どうです! 私の『哲学的な彼氏企画』は、ざっと書けただけでも、こんなにたくさんのアイデアを用意しているんです。解りましたか? 私にとって、先輩をぎゃふんと言わせるような哲学小説を書くぐらい、お茶の子さいさいなんです!」

 その自信の根拠が一体どこにあるのか教えて欲しい。鼻高々の後輩を横目で見ながら、ルーズリーフに視線を走らせる。少女小説のプロットじみたものに、イデア論だの主観的自我だのニーチェだのといった、明らかに場違いな哲学畑の言葉が混じっている。それが、箇条書きでルーズリーフ一面に並んでいて、俺は軽い眩暈を感じた。どれも、解読するにはシャンポリオンにでも依頼しないといけないような代物だ。
 正直言って関わるのは御免被りたいのだが、由緒正しい『たんぽぽ』にさっきのような珍妙なものを載せるわけにはいかないし、先輩達からはこの厄介な後輩の教育を命じられている。ハルミの新刊のお陰で、今なら多少の理不尽なら我慢できそうな気分だ。仕方がないので、少しだけ温情を見せて取り合ってやることにした。

「ほら、そこに座れ。こんな走り書きじゃさっぱり判らん。一個づつ俺に判るように説明してみろ」
「やったっ! まず、一番上のこれですけどね、この物語の始まりは……」
「鬱陶しい説明はいい、起承転結だけ簡単に纏めて教えろっ!」

 かくして、俺にとっては拷問に近い、津久見による小説プロットの解説タイムが始まった。

「えっと、これはですね、ソクラテスを格好いい彼氏、プラトンを可愛い彼女にしてですね、二人のラブラブな会話が熱い議論となって、読者の真理への情熱を呼び覚ますという作品なんです。あっ、でも、メインはソクラテスとプラトンですが、近代の哲学を無視しているという訳ではなくて……」

 いつものことだが、津久見の説明はとてつもなく婉曲で脱線が多く、その真意は俺には到底掴みきれない。それでも、汲める部分は汲み取りながら、じっと我慢強く説明に耳を傾ける。――そうして数分。

「OK、了解した」
「え? 先輩、説明まだ3分の1も終わってませんよ」
「十分だ。ちょっと貸してみろ」

 勿論手心を加えたりする気はない。津久見からルーズリーフを奪い取ると、何色かのラインマーカーで魚でも捌くように、一気に色分けをした。

「……? 何ですか、このラインは?」
「お前は数え切れないほどのアイデアがあるなんて嘯きやがったがな、はっきり言って、これは全部同じ話だ」
「ええっ! 何を言ってるんですか? 全然違う話じゃないですか!?」

 ジト目で津久見を見つめて、とんとんとチェックを入れた二箇所を指差した。

「まずここ。どんなストーリーだ?」
「あ、これは自信作です。ええっと、大恋愛の末、現象学を愛する格好いい彼氏ができるけど、最後はその彼氏が交通事故で死んじゃう、胸が痛くなるような悲しいラブストーリーなんです」
「……じゃあ、これは?」
「これも自信作ですよ。苦難を乗り越えて、観念論を愛する格好いい彼氏ができるんですが、最後はその彼氏が交通事故で死んじゃう、悲劇のラブストーリーなんです」
「それって、彼氏の好みが現象学か観念論かの違いだけで、全く同じストーリーじゃねーかこのアホ! この辺の話全部、出てくる彼氏の好みの哲学のジャンルが違うだけで、後は全部同じだろうが! ほら、同じ傾向の話を同じ色のマーカーで塗ってみた。何が山ほどのアイデアだ。大きく分ければ、精々いいとこ5つか6つじゃねえか!」

 信号機のように単調に色分けされたルーズリーフ。これでも手心を加えてやった方だ。恋愛系は特に酷い。どれもこれも一昔前のケータイ小説の方がマシなレベルだ。

「アホは先輩です! 全然哲学のことを判っていませんね。……まったく、現象学と観念論の違いも分からないなんて」

 えっへん、とばかりに腰に手を当てて、鼻高々に微笑む。今すぐ卍固めでもかけてやりたくなるような、無根拠な自信に溢れた笑顔だった。

「なあ、仮にこんな話があるとしよう。……とあるバンドのギターと恋した女の子が、白血病で死ぬ話と、とあるバンドのベースと恋した女の子が、白血病で死ぬ話。どうだ?」
「う〜ん。どっちも同じお話じゃないんですか? どちらも最後女の子は白血病で死んじゃうわけですし」

 俺は無言で窓際に歩み寄り、ガラス戸を開いた。三階から見下ろすグラウンドには、秋の大会に向けて、サッカー部の部員達が汗水垂らして走りこみをしているのが見えた。校庭のカエデは、少しだけ色が変わり始めたようだ。まだ幾分の熱気を残した一陣の風が吹き込み、部室に積まれた紙束を揺らした。野津原先輩の緩やかなウエーブのかかった美しい長髪が風にそよぐ。読書に没頭していた先輩は、本にかかっていた髪を少しだけ物憂げに掻き揚げた。
 俺はヤケクソ混じりに満面の笑みを浮かべて言った。

「先輩。こいつ、手足ふん縛ってここから放り投げていいですか?」
「こらこら。新入生の勧誘で津久見君を連れてきたのはおまえだろう。餌の世話も散歩も全部一人でやると言ったじゃないか。もう放り出すのか?」

 蒲江先輩が本から目を話さずに答えた。

「ちょ、蒲江先輩も失礼ですね! まるで私が犬みたいじゃないですか!」
「そうだな、おまえは犬じゃないぞ。せめて犬ぐらい賢かったらどれだけ良かったか。おまえの頭は鳥だ。究極の鳥頭だ。それも飛び掛るしか知らない軍鶏の類だ」
「未だ木鶏に至らず、だね」

 野津原先輩がよく解らない合いの手を入れた。

「野津原せんぱ〜い、また意地悪の佐伯先輩が私をいじめるんですよ〜」

 泣きついてきた津久見の小さな体を、野津原先輩はむぎゅー、と抱きしめて、ぐりぐりと頭を撫でた。

「おーよしよし、今日も理子ちゃんは可愛いね〜、こんなに可愛い理子ちゃんをいじめるなんて、洋次くんも真人くんも意地悪さんだね〜」

 野津原先輩のハグはどう見ても、犬か何かを愛でているようにしか見えないが、津久見はご満悦のようだった。きっと頭の程度が小動物と同レベルだからだろう。

「ん〜よしよし。今日も理子ちゃんのお肌はすべすべだね〜」

 この二人は、女同士だからという言葉では片付けられないぐらい仲がいい。野津原先輩は気がつけば津久見をいじっているし、津久見は何かあったらすぐに野津原先輩に泣きつくのがこの文芸部の常だ。野郎二人のいない時には、津久見は野津原先輩を『お姉さま』と呼び、先輩から津久見にロザリオの授受でも行われているのではないか――時々、そんな下らない妄想をしている。

「さて、野津原先輩にパワーを分けてもらったところで、続きですよ! 佐伯先輩!」

 ずびっ、と擬音が聞こえるような勢いで、津久見は俺に人差し指を突きつけた。……あいつは野津原先輩の豊満な胸から如何なる神秘のパワーを受け取ったのだろうか? 俺も一口あやかりたいものである。

「先輩は、哲学というものをよく解っていないようなので、レクチャーしてあげます」
「おまえは小説というものを欠片も解ってないようだから、レクチャーしてやるよ」

 互いの視線が交わり緊張感の火花散らす――とでもこのアホは感じてるのだろう。哲学かぶれのこいつは、大論客にでもなったような顔をして論戦を仕掛けてくるのが、その内容はまるで稚拙で、小学生の『先生〜、どうして人を殺してはいけないんですか〜?』という質問の相手をするのとさして変わらない。
 本音を言えば、鬱陶しい。しかし先輩の言うとおり、不出来な後輩の教育をするのは上級生の義務ではあるし、鳥頭ではあるがこいつの情熱は本物だ。いつかのカントのように、教えた片端から忘れてられていくようなことは稀で、根気強く教えればそれなりのことは学び取っていくから、完全に徒労というわけでもない。
 ……それにまあ、馬鹿だけどガキみたいに真っ直ぐなこいつの相手をするのは、時には結構楽しかったりすることもあるのだ。

「じゃあ、早速始めましょう! まずは、私が先輩に現象学と観念論についてのレクチャーを……」
「その話はもういいから。おまえの言う『山ほど』のアイデアのうち、どれを形にするのか言ってみろ。それに合わせてアドバイスしてやるから」
「む〜、妙に上から目線なのが気になるけど、よろしくお願いします。悔しいですけど、やっぱり小説のことは先輩が一番詳しいですからね」

 津久見は少しだけ不満そうな顔をしたが、気分の切り替えが早いのだろう。すぐに、にぱっと笑顔を浮かべた。

「う〜ん、でも、私のアイデアはどれも自信作揃いなので、どれにしようかと言われちゃうと迷っちゃいますね」
「無闇に数を並べるんじゃなくて、まずはそこのプロットの山をジャンル分けしてみろ。学園ものとか、SFものとか、ファンタジーとか。最初は大雑把でいい。分かれたら、それを更に細かく分けてみろ。――あ、恋愛要素は度外視して考えろよ。
 これは、小説のジャンルとしての分類だからな。くれぐれも、どんな哲学理論を使っているかで分類するんじゃないぞ」
「はいっ、やってみます」

 さっきざっと目を通してみたが、『哲学的な彼氏企画』と自称してるだけあって、十把一絡げの安い学園恋愛ものが大半だ。だが、SFやサスペンスを臭わせるようなものもちらほらと見られる。小説作法の指南書のような細かい指導はする気はないし、しても理解されないだろう。さて、どうしたものか。カリカリと真剣な顔でシャーペンを動かす津久見の顔を眺めながら、溜息を漏らす。

「できましたっ!」

 椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がり、にぱっと笑って、出来たばかりの分類表を広げて見せた。
 そのあどけない顔を見て、むらむらと悪戯心が湧いた。こいつの哲学談義に付き合わされるのは、正直勘弁だが、こいつの得意な哲学ネタでこいつをいじってやるのは、――結構いい暇つぶしになるのだ。

「うん、まあ無難な分け方だな。学園もの、近未来もの、哲学史もの。
 何だこりゃ? 彼氏の傾向? 年上、年下、情熱的、クール、理知的、スポーツマン……。どれを選んでも、哲学好きというオプションがついてくるんだよな?」
「勿論ですっ!」
「なるほど。自分に哲学を教えてくれるような、格好よくて都合のいい彼氏が欲しいという、非モテ女の欲望がダダ漏れてるんだな」
「ほっといて下さいっ!」

 あっかんべーをするように、津久見は子供っぽく舌を出した。

「それに、典型的な少女漫画やボーイ・ミーツ・ガールな話だけじゃ詰まらないと思って、私も色んなバージョンを考えてあるんですからね」
「ほほう、例えば?」
「最初、登場人物は私たちと同じ高校生ぐらいがいいかなー、って思ってたんですが、段々と別にこだわらなくてもいいのかな、って気分になってきまして、14歳ぐらいの男の子が主人公でもいいと思うんです。ほら、多感で、色々世の中のことや哲学とかについて考え始める年頃ですし」
「なるほど、いいかも知れないな。思春期の少年にありがちなエディプス・コンプレックスを抱いていて、父親との不和に悩まされている、という設定にすると面白いかもしれないな」

 おおおおぉぉ、と目を真ん円にして感嘆の声を漏らした。

「佐伯先輩、流石です! エディプス・コンプレックス、凄く格好いい響きです。これは面白そうなものに仕上がりそうな気がしてきましたよ〜」

 本当におまえはエディプス・コンプレックスの意味を知っているのか、小一時間問い詰めたい。

「それで、その少年の身近には二人の女の子がいて、一人は母親を思い出させる容貌の無口な少女、もう一人は主人公に近い心の傷を抱えた活発な少女という設定にしよう。この二人の間で悩み揺れ動く、少年の物語は一体どこに向かうのか――こんな感じでどうだ?」

 ぶふっ、と噴出す声が聞こえた。蒲江先輩が本で顔を抑えてぷるぷる震えている。対して、津久見は目を輝かせ、頬を紅潮させて興奮の真っ只中だ。

「ブリリアントです! その案でいきましょう! 先輩、ご協力ありがとうございました。
早速、執筆に取り掛かりましょう!」

 ノートパソコンを広げ、北斗百烈拳でも繰り出さんとするばかりに十指を広げてキーボードに向かう津久見に、そっとオチを告げた。

「ああ、それからエヴァに乗せて世界を守るために出撃させればパーフェクトだ。まあ、精々頑張って書いてくれ」

 獲物を捕らえる隼の爪の威容で広げられていた十指が、ふにゃりと萎えた。津久見は愕然とした顔で振り返った。

「ちょ、ちょ、ちょ、真面目に相談に乗っててくれたんじゃないんですか!? またふざけて私を騙したんですか!? 酷いじゃないですか! 今日は真面目に相談に乗ってくれてると思って信頼してたんですよ!」

 年中こいつの騒ぎ声を聞いているせいか、妙に右耳の奥が痒い。食ってかかる津久見を余所目に、俺は耳かきを探した。――卓上、なし。――筆箱の中、なし。そもそも、この部室に耳かきなんてあったけ? 仕方がないから、鉛筆の尻の部分で耳を掻くことにした。少し太いのが玉に瑕だが、快感快感。

「もうっ、聞いてるんですか、先輩!」
「んー、冗談半分なのは間違いないけど、そこまで脱線はしてないと思うぞ」

 鉛筆を耳から引き抜くと、微かについた耳垢を吹き飛ばす。

「津久見、お前エヴァ見たことあるっけ?」
「え? ……エバンゲリオンですか? いえ、ちゃんと見たことはありません。ローソンのポスターとかあちこちで見るんで、大まかな登場人物の顔とか、出てくるロボットの形とかは解りますけど。私、男の子が見るようなロボットアニメとか、あんまり見ませんから」

 まあ、この年代なら仕方ないが、ド素人のようだ。新劇場版などで、ブーム再燃しているようだが、一般的な女子高生への知名度はこの程度だろう。エヴァをエバンゲリオンと呼び、ロボットアニメに分類する辺り、狂信的なファンの怒りを買いそうでもある。

「じゃあ、エヴァが哲学的なアニメと呼ばれているのは知ってるか?」
「本当ですか〜?」

 騙されたばかりだからか、津久見は半信半疑のジト目を向けてくる。

「うん、まあ、哲学的なアニメと呼ばれているのは本当だな」

 相変わらず本から視線は逸らさずに、蒲江先輩が助け舟を出してくれた。

「哲学や神学、心理学の匂いをあからさまにちらつかせてる。サブタイトルにも、『死に至る病、そして』なんてもろにキルケゴールからの引用があるしな。サルトルに似てるだの、ヘーゲルに似てるだの、ハイデガーに似てるだの、解釈は色々だ。……俺は、強いて言うならニーチェ的だと思うけどな。今流行ってるのは新劇場版だが、第一期ブームの時は、そこらに解釈本や考察サイトが溢れかえっていたもんだ」

 蒲江先輩は、そこで初めて本から視線を外し、少しだけ懐かしそうな目で、窓の外を眺めた。……この人も、きっと第一期ブームで深嵌りした口なんだろうなあ。シェイクスピアネタ以外の珍しい蒲江先輩の饒舌を、津久見は目を丸くして聞いていた。

「へええ、エバンゲリオンって、そんな凄いものだったんですね! 私、さっぱり知りませんでした!」
「う〜ん、わたしも昔見たけどあるけど、ガオーってなって怖かったから、途中で見るの止めちゃったよ〜。ん〜、わたしは、ジブリのトトロやラピュタの方が好きかな〜」

 野津原先輩は、頬に指を添えて首を傾げる。確かに、この人にはエヴァよりジブリだろう。一方、津久見は興奮冷めやらぬという表情で、今にもDVDを全巻まとめてレンタルをしに駆け出しそうな様子でうずうずと体を動かしている。
 蒲江先輩は、薄く笑みを浮かべて、くいと銀縁眼鏡を指で押し上げた。話題が話題なだけに、『あ、今の何かゲンドウっぽかった』と余計な感想を抱いてしまう。

「まあ、落ち着け、津久見君。確かにエヴァは巷で哲学的なアニメと呼ばれている。だけど、言ってしまえば、『それだけ』なんだ」
「……? どういう意味ですか?」
「確かに、エヴァは様々な哲学的、心理学的なネタを用いて構成されている。だが、それが何かの哲学理論を解説しているというわけではないんだ。エヴァをサルトル的だと見た奴も、ユング的だと見た奴も、ニーチェ的だと見てる俺も、全部、受け手の立場から勝手に、自分の好きな切り口で解釈しているだけであって、エヴァという作品がそういうものである、と受け取ったのならそれは大きな勘違いだ。
 エヴァが結局何の寓話だったのか、どんなメッセージが籠められていたのかは、今でもファンの間で論争になるところだが、その決着がつくことはない。監督自身も、哲学的と言うより、衒学的な作品だと言っているしな。最初から何らかの哲学的メッセージを汲み取ろうとして見ても、無理矢理な解釈をこじつけて、曲解に曲解を重ねた挙句、袋小路に嵌るのがオチだよ。
 見るのは勿論自由だけど――できれば、妙な先入観なしでそのままの作品を楽しんで欲しいね。あ、見るなら新劇場版がお勧めだ。野津原には昔旧劇場版を見せてやったんだが、どうも趣味に合わなかったみたいだからね。やっぱり解りやすい方がいいだろう」

 うわあ。野津原先輩は、一発目からあのグロエグい旧劇場版を見せられたのか。それはギブアップして当然だろう。いたいけな少女だっただろう頃の野津原先輩相手に血と臓物溢れる旧劇場版の上映会をやった蒲江先輩は意地悪なのか、無神経なのか。
 ふと、津久見の方を見た。津久見は神妙な顔で蒲江先輩の話をじっと聞いていた。少しだけ想像する。――津久見を騙して、旧劇場版を見せたらどんな顔をするだろう? こいつがホラーに弱いという話は知らないが、哲学的と思って見たアニメで思わぬグロシーンに対面して、叫ぶこいつの顔が見れれば、きっと凄く面白いのではないだろうか。

「ところで、少し気になったことがあるんですが――」

 ん? と皆の視線が津久見に集まる。

「佐伯先輩がオタクさんなのはよく知ってるんですが、エバンゲリオンについてそんなに詳しく知ってるってことは、蒲江先輩もオタクさんなんですか?」
「………………」

 空気読めよこの馬鹿、と叱りつけたくなる。さっきまで長弁を揮っていた蒲江先輩も、難しそうな顔をして黙ってしまった。

「……蒲江先輩はシェイクスピアオタクなのは間違いないが、おまえの考えてるような、いわゆる秋葉原系のオタクとは違うと思うぞ。漫画やアニメのネタも結構分かるけど、蒲江先輩は立派に普通の人だ」
「典型的オタクのお前に普通の人認定を受けても嬉しくはないな」
「ん〜、洋次くんはオタクじゃないかもしれないけど、変わり者なのは間違いないと思うな〜」

 さらりと、野津原先輩の容赦ない突っ込み。だが、その通りだ。蒲江先輩は断じて巷間オタクなどではない。先輩はシェイクスピアを愛しすぎて、二次元キャラなどに萌えている暇は無いのだ。もっとも、先輩がオフィーリアやデズデモーナに萌え狂っているという可能性は否定できないし、その場合には果たして二次元萌えの範疇に含まれるのか否かという問題もあるが、そんなものは全くもって俺の知るところではない。

「そもそも、おまえ何の権利があってオタクを差別してるんだよ? まさか、気持ち悪い犯罪者予備軍とか、社会不適合者とか、安いマスコミの煽りみたいなこと考えてるわけじゃないだろうな? ついでに言っとくが、哲学オタクだって十分オタクの仲間だぞ」

 あっ、と津久見は口元を押さえ、それからゆっくりと顔色を朱に染めた。

「わ、私は別に、オタクの人を差別して聞いたわけじゃありません! 先輩のことをキモいとか犯罪者みたいとか思ったことも一度もありませんっ! ただ、蒲江先輩が佐伯先輩の得意分野のエバンゲリオンのこととか色々知ってたんで、オタクの人って、みんなそういう話ができるのかなあ、ってちょっぴり思っただけです! 私は、オタクの人がキモいとか、そんなひどいことを思ってる訳じゃ、全然ありませんからね!」
「あ、……ああ、そうだったのか」

 予想外の勢いで一気にまくし立てられて、俺は少し引き気味になりながらコクコクと津久見の言葉に頷いた。はて? 俺は何か津久見の癇に障ることでも言ったのだろうか。先輩たちに視線で問いかけてみる。と、先輩たちはこそこそと言葉を交わし、ニヤニヤ笑いながらこっちを眺めていた。二人は一体何を話しているんだろう? 無性に腹が立つ。

「まあ、理解のある後輩で良かったじゃないか。普通の女子高生の前でラノベを読み耽ってたりしたら、蛆虫扱いされるのがオチだぞ」
「はい。理解ある後輩と先輩がいて、ありがたいですよ。本当に。お陰さまで、誰憚ることなく、部室でラノベが広げられます」
「……少しは憚れよ」

 先輩たちには、本当に感謝している。二人とも少し変わっているけど、優しくて聡くて頼りになる先輩たちだ。入部したての頃、「こういうのも、ありですかね?」とラノベを見せた俺に、「ありじゃないのか? 趣味は人それぞれだろ」と、本から目を離さずに素っ気なく答えてくれた蒲江先輩。あの時の言いようのない安心感は今も覚えている。いつも本を読んでばかりで、文芸部員として何かを教えてくれることは少なかったが、必要なことはきっちり教えてくれたし、二人と一緒に本を開くだけで、心地よい安堵を覚えるのはあれからずっと変わらない。
 だからだろう。俺の後輩はこんな鳥頭だが、時折何かしてやらなければ、と思うこともある。

「さて、エヴァと哲学の話だったな」
「あ、はい」 

 脱線していた話を急に元に戻され、津久見は背筋を伸ばした。

「エヴァがどんな作品か、どんな哲学的解釈ができるかという話は、今はさておく」
「はい」
「哲学的な小説を書こうと思った時に、エヴァという作品によって現実的な問題が生まれるんだ」
「現実的な問題、ですか?」
「哲学的な作品、まあこれは小説よりも、アニメや漫画の業界の方が判り易いんだがな、エヴァ以降――哲学を匂わせるような作品が爆発的に増えたんだ。それっぽい哲学や心理学の専門用語を混ぜたり、色々な解釈ができるように抽象表現を多用したり、エンディングを曖昧にしたり、という具合だな。二匹目の泥鰌を狙った奴もいただろうし、純粋にエヴァをリスペクトしてた奴もいるだろう。――勿論、たまたまエヴァと似通った作品が出来上がったこともあるだろう」
「おい、それをエヴァ以降、で括ってしまうのは拙くないか? 『その展開は、ガンダムが20年前に通過した場所だっ!』とばかりにガンダムオタクが騒ぎ出すぞ。自分の存在だの、戦う意味だので、ぐだぐだ悩む主人公の類型は結構昔からあるからな。元祖本家の不毛な論争を呼ぶだけだ」

 流石は蒲江先輩、よく解ってらっしゃる。

「意味不明なエンディングもイデオンとかで色々やってますからね。でもまあ、そこは置いときましょう。――要するに、似たような匂いの作品群が、またエヴァのパクリか、という一言で纏められるようになったんだな。下手に哲学的な方面に話を持っていこうとすると、もうアウト。『またエヴァのパクリかよ』という偏見の下で、作品は読まれてしまう」

 小首を傾げて話を聞いていた津久見の表情に、みるみる理解の色が広がっていく。

「たとえ、私が、エバンゲリオンを全然知らずに書いても、ですか?」
「そう。さっきおまえはオタクに偏見を持たない、みたいなことを言ったが、狂信的なオタクは、自分の好きな作品に似た後発の作品を、『また〜のパクリか』調で貶めるのが大好きな歪んだ奴がたくさんいるからな。その辺りは十分非難に値すると思うぞ」
「むむう、じゃあ、わざとエバンゲリオンと全然違う話にすればいいんですか?」
「わざわざエヴァと差別化するために、自分の書きたいものを歪めるのか? それって窮屈じゃないのか?」
「む〜、結局どうすればいいんですか!」

 わからない、とばかりに津久見は両腕をぶんぶんと振った。

「別に、普通はあまり気にしなくていいんだよ。エヴァに限った話じゃなくて、最初から予備知識として色んな作品を知っていれば、プロットを立てる段階で、これはあんまりにも似てるから止めとこう、と自然にブレーキがかかるんだ。俺もそうだったよ。このギャグは何かの持ちネタに似てるとか、この展開は何かの漫画にそっくりだ、とか」

 ぼりぼり、と頭を掻く。問題点は幾つもあるが、どうも上手い解決策が見つからない。

「だけどな、おまえの場合あまりにものを知らな過ぎる。本も哲学関係以外はいくらも読んでないし、ドラマやアニメも大して見てないようだし、漫画も有名どころを幾つか知ってる程度だ。普通の奴が、これはあからさまにパクリくさいとブレーキをかけるとこに、アクセル全開で突っ込んでいくからな」
「中学の頃はバスケで忙しかったんですよぅ。でも、じゃあどうすればいいんですか? 今から山ほど本を読めばいいんですか、私、本を読むのすっごく遅いですから、先輩が思ってるぐらいの最低限の元ネタが解るだけの本を読んでたら、卒業しちゃいますよう!」

 津久見は唇を尖らせた。面倒臭い。面倒臭いことこの上ないが、これも先輩としての勤めと諦めよう。……それにしても、中学生時代バスケで忙しかった奴がどんな心境の変化であって高校の文芸部で哲学にのめり込むようになったのか、非常に興味深いところであるが、もし間違って尋ねでもしたら、水を得た魚とばかりに語りだして三時間は止まらないだろう。危ういスイッチは押さないでおくに限る。

「仕方ないから、俺がおまえの書くものを随時チェックして、もしも深刻なネタかぶりがあったら注意してやる」

 津久見は、ぽかんと口を開けて俺の顔を見つめていたが、子供のように両手を広げて喜色満面に飛び跳ねて喜んだ。

「やったっ! じゃあ、これからも先輩が手伝ってくれるんですね! それなら、百人力です! ありがとうございます! 私、頑張りますから、どんどん書きますから!」

 予想以上に喜ばれてしまった。対応に困って、ぽりぽりと頬を掻く。津久見をいじって遊ぶのは日々のささやかな楽しみとなっているのだが、『たんぽぽ』の原稿を手伝うと言っただけでこれだけ喜ばれてしまうほど、俺はこいつに冷たくしていたのだろうか?
 助けを求めるように視線を蒲江先輩に送ると、先輩はにやりと意味深な笑みを浮かべて見せると、すぐに視線を手元の本に戻してしまった。

「あ、ああ、頑張ってくれ……」

 津久見の勢いに圧されて、搾り出すようにそれだけ返した。一体何のスイッチが入ったのだろう。津久見はすっかり上機嫌だ。

「ふふふ〜、先輩はネタかぶりを心配してるみたいですけど、私にはまだまだ秘策があるのです。誰も思いついたことがないような、オリジナリティ溢れる独創的なアイデアがあるのですよ」

 途轍もなく頭が悪そうな説明だったが、余計な突っ込みはせずに黙って聞いてやることにした。

「哲学を使って、SFをやろうと思うんです」
「……へえ、SF、ねえ」

 嫌な予感がするが、俺は努めて冷静に先を促した。

「哲学でSFなんて、それだけで新鮮だと思いませんか? その上、今私が考えてる小説のアイデアは独創的過ぎて、完全に時代の先を行ってます、もうこれは、ネタが被る、被らないなんてレベルじゃなくて、世間が一体どれだけ私のセンスについてこれるかっていう――」
「能書きはいいから、それがどんなアイデアなのか教えてくれ」
「びっくり仰天の逆転の発想から生まれたアイデアです。それは、私たちを含める人類全員が、現実世界に生きていたつもりが、実はコンピューターの中の仮想世界の住人だったという、未だかつて誰も思いついたことのない、大どんでん返しのストーリーのSFなのです!」
「………………」

 ひゅ〜う、と、先ほど開けた窓から一迅の風が吹き込んだ。本に没頭していた蒲江先輩が、静かに席を立ち、窓際に向かう。

「だいぶ冷えてきたな。窓、もう閉めるぞ」
「ん〜、そろそろお茶淹れよっか〜。みんなお腹すいたよね。おやつにしようよ〜」
「………………」

 俺は無言で、がっちりと津久見を首を腋にホールドした。

「あ、あの、先輩方、私の世紀のアイデアはいかがだったのでしょうか……? っていうか、佐伯先輩、一体何をしてるんですか……?」

 すう、と大きく一呼吸。一拍溜めて、そのまま必殺のコブラツイトをかました。

「この鳥頭の馬鹿、何が独創的な世紀のアイデアだよ! 思いっきりベタ中のベタなストーリーじゃねえか! 星だろうが筒井だろうが構わないから、とりあえずもうちょっと本を読んで出直してこい! って言うか、何でおまえはいつもそんなに自信満々なんだよ! その自信の源は一体何なんだ? いい加減自分が馬鹿だってことに気づいちゃくれねえか? それとも、自分が馬鹿だって気づけないくらい馬鹿なのか? つーか、なんでこんなベタな話がオリジナリティ溢れる最新作になるんだよ!? おまえ、『マトリックス』ぐらいも見なかったのか!?」
「あうううぅ、痛い痛い痛い、ギブ、ギブです先輩!」

 津久見はもがくように俺の背中をタップした。本当はあと一時間ぐらいはこのまま締め上げてやりたい気分だったが、こんなのでも一応女の子だ。関節技を続けるのもまずいだろう。しぶしぶながら開放してやることにした。

「ううう、そんなに怒ることないじゃないですかあ。……それにしても、私のアイデア、もう先に思いついた人がいたんですね。ちょっとショックです」
「先に思いついた、なんてレベルじゃねえよ。手垢が付くどころか、使い古されてもう真っ黒、それ単体じゃ何のネタにもなりゃしねえ。もう舞台装置の一類型と認知されるぐらいに馴染みの設定だぜ。小説のオチがこれじゃあ、読者はどんな顔していいか判らねえよ。むしろ、冒頭の設定の時点で語られるのが妥当なネタだな。
 ……ところで、本当に『マトリックス』、見たこと無いのか?」
「ええと、見たことはあるんですが、覚えてるのはキアヌ・リーブスがびゅんびゅんって鉄砲の弾をよけて、カンフーで黒い悪者をいっぱいやっつける所だけで、細かくて難しいところは忘れちゃいました……」

 鳥頭にも程がある……っ! 頭を掻きながら、えへへーと笑う津久見を見て、こいつを小脇に抱えて窓から飛び出して、そのままパイルドライバーをかましてやりたいという衝動が腹の奥底から湧き上がってきたが、俺は努めて平静を保った。

「それにしても、しょんぼりですよー。現実だと思っていたこの世が、実はコンピュータの中の出来事だった、ってオチはそんなに古くからあるんですか?」
「ああ。もう初出がどれかも判らないぐらい古くからあるぜ。亜種や派生、アレンジの数々を考えれば一体幾つあるか分かったもんじゃねーよ」
「ん〜、別にコンピュータの世界ってわけじゃないけど、荘子の説話にも似たようなオチの話があったよね。『果たして荘周が夢で蝶になったのか、それとも蝶が夢を見て荘周になっているのか』みたいな〜」

 野津原先輩が、唇に指を当てて、ん〜と眉根を寄せた。この人も随分と天然がかかっているのだが、時折ぞっとする程鋭いことを言うので中々侮れない。

「……荘子って、どれくらい前の人でしたっけ」
「ざっと、2300年ぐらい前だったかな?」
「うう、じゃあ、私のアイデアは2300年も時代遅れなんですね……」
「いいじゃないか。オチがコンピューターの中だろうと、蝶の夢だろうと。問題なのは、それらのオチがありきたりだってことじゃない。オチがただそれだけじゃ、面白くないってことだろ?」
「うーん、真実が分かってびっくり、というだけじゃダメなんですかね?」
「駄目だな。ほら、おまえの大好きな哲学の時間だぞ。その辺の問題は、もう飽きる程議論がされてる。結論なんて出やしないが、とりあえず、これだけは間違いないと言えることがあるぞ」
「そ、それは一体なんですか!?」

 ぐぐっ、と小さな握り拳を作って、身を乗り出して津久見は尋ねた。

「この世がコンピュータの中だろうが、蝶の夢だろうが、今こうして生きてる俺たちが出来ることは何も変わりはしないってことだ。――何も変わりはしないことを考えても無駄だろ? だから、そんなオチを書いても、今更誰も喜ばないんだよ」
「『消えろ、消えろ、つかのまの燭火、人生は歩いている影にすぎぬ』」

 蒲江先輩がぼそりと呟いた。荘子の次はシェイクスピアか。自分の得意分野からの引用は大好きな先輩たちである。

「ついでに言うなら、今現在SFというジャンルには刺激的で斬新なネタが溢れてる。今じゃ、現実側とコンピュータの中の世界の視点を逆転させるタイプよりも、現実世界の人間が、脳に細工をしてコンピュータの中の世界に直接入れるようになった、というタイプの設定の『サイバーパンク』ってジャンルのSFがかなりのメジャーなジャンルになってきてるしな」

 まあ、教えたところでこいつはギブスンなどのコチコチサイバーパンクや時間SFは絶対読めないだろうけど。ついでに、自分のいる世界がバーチャルリアリティーだと気づく展開なら、その後はマトリックスよろしく真の現実へと脱出に向かうのが王道である。

「そうなんですか……」

 さっきのハイテンションはどうしたのか、津久見はがっかりと肩を落として座り込んだ。
 ――本当のことを言えば、多少のネタかぶりなど、作者の力量次第でどうにでもなるものだ。どれだけ使い古されたありきたなネタだろうと、書き手の料理法次第で無限の可能性を持つ新しい作品として生まれ変わることができる。
しかし、現在の津久見の筆力を考えれば、ネタで勝負させた方が無難だろう。これも勉強だ。今のうちに、世にどれだけ多くの作品やアイデアがあるのかを知っておくべきだ。
 それにしても、よくこんな凡百のプロットをさも新しい名案のように自慢できたものである。……ん? 突然、違和感を覚えた。津久見は、このネタを自分で考えたと言っていた。あの、碌に本も読まない津久見が。
 『現実だと思っていた世界が、実はコンピュータの内部の仮想現実だった』というオチ。今では使い古されてしまっているが、初めて世に出た頃は、間違いなく斬新で先鋭的なアイデアだった筈だ。それを、津久見は何の予備知識も無い状態で、ゼロから自分の頭で思いついたのだろうか? だとすれば……?
 ……そんな馬鹿な。俺は頭を振って、下らない思いつきを振り払った。過大評価だ。あの津久見がそんな発想力を持っている筈がない。きっと、漫画か何かのネタが頭の端に残っていて、それを自分で思いついたと勘違いしているのだろう。まったく仕方のない奴だ。こいつの読みそうな本で、この類のオチの物語は……。
 ふと、思い当った。こいつの哲学への執念の源は、もしかしたら……。
 
 淀んだ気分を払うようにもう一度大きく頭を振り、まだ現状を正しく把握できていないだろう津久見に、嘘偽りの無い自分の考えを真っ直ぐにぶつけた。

「津久見、よく聞け。おまえの『哲学的な彼氏企画』だがな……大きな問題点がいくつもあると俺は考えてる」
「問題点、ですか?」

 津久見は眉を寄せ、困ったように首を傾げた。

「あの、それは、どういう意味での問題点ですか? 私の文章が下手なのが問題ですか? それとも、企画自体が間違ってるって意味での問題点なんですか?」

 こいつにしては珍しく、察しの良いことを尋ねてきた。答えは勿論――。

「後者だ。おまえの文章が下手なのは何を書かせても同じだからな。『哲学的な彼氏企画』それ自体が危ういと俺は思う。率直に言わせて貰うと、『たんぽぽ』に載せてウケるようなのを書くのは、お前じゃなくても難しいんじゃないか?」
「そうでしょうか? 私は凄く面白いって思ってるんですが……」
「そりゃ、書き手のおまえにとっちゃ面白いだろうが、読み手も同じとは限らないだろ? 哲学なんて、響きだけで興味ない奴にとっちゃ敷居が高いんだよ」

 まだ、自分の中でも整理しきれていない部分も多い。だが、津久見の話を聞きながら、こびりつくように胸中にわだかまっていた漠然とした違和感。語れるだけ語ってみて、損はないだろう。

「とりあえず、俺の思いついた『哲学的な彼氏企画』の問題点、幾つか並べてみるぞ」
「お聞きします」

 津久見は背筋を伸ばして、じっと俺の瞳を覗き込んだ。

「まずはやっぱり、哲学というジャンルが、イマイチ小説の題材として馴染みないってとこだな」
「だから、そこで――」
「だからこそ、哲学小説に挑戦したい、って言いたいんだろ。そこは解ってるつもりだ。まあ、もう少し聞け」

 口を開きかけた津久見を、静かに手で制す。椅子から腰を浮かせかけた津久見は、少し不満げな表情を浮かべながらも、再び腰を下ろした。

「そこで問題になるのは、主題がただの哲学小説ではなく、哲学的な彼氏小説というとこだ。おまえの作ったプロットを見たところ、どれも多かれ少なかれ恋愛要素が混じってるようだな。つまり、哲学小説と恋愛小説の二面性を持ってるわけだ。
 そこでクエスチョン。これを読むだろう読者にとって、哲学小説と恋愛小説、どっちが馴染み深い?」

 あ、と漏らして、津久見の表情が変わった。

「おまえは、恋愛部分などを混ぜることによって、哲学部分を親しみ易いようにするつもりだったんだろうが、それを知らない読者にとっては全くの別だ。哲学と恋愛、二つの要素があるなら、理解しやすい恋愛小説としてのストーリーとして読む。
 さっきおまえは、観念論を専攻する彼氏と現象学を専攻する彼氏によって、全く別の物語になると言ったが、哲学に興味を持たない読者にとってはどちらも同じだ。恋愛小説としてのストーリーラインが変わらなければ、それはほぼ同一のものとして見なされてしまう。……ちょうど、音楽に興味のないおまえが、ギター担当の彼氏とベース担当の彼氏じゃ、ストーリーは同じだと言ったみたいにな。
 ぶっちゃけ、哲学じゃなくてさえも、それは変わらない。彼氏の興味が数学でも物理学でも天文学でもいい。なんか小難しいことをやってる、という同一の属性で見なされる。それを差別化するためには、ただ哲学をやってる、ということだけじゃなくて、哲学をやっていなければ出来ない、オリジナリティというものがどうしても必要になってくるだろうな」

 顎を押さえ、津久見は眉を寄せて下を向いて考え込んだ。こいつの真空管コンピュータ並の頭脳で、一体どれほどの思索ができるものか、お手並み拝見である。
 むむむ〜、と難しい顔で考え込んでいた津久見だが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。

「あの、先輩は哲学を馴染みがない、って言いましたけど、それって、逆にいうと新鮮味がある、ってことじゃありませんか?
 数学や物理学が得意な彼氏より、哲学が得意の彼氏の方が、珍しくて格好いい、みたいな! どうです? そう考えたら、馴染みが薄いってことは、弱点というより長所として働くような気がします!」

 悪くない着眼点だ。俺もそれは考えてみた。――だが、まだまだ浅い。

「確かにな。珍しい趣味や特技を持っているキャラクターは、一種の新鮮味があるし、何より個性が際立つもんだ。でもな、今の世の中、変わった個性や趣味を持ってるキャラクターなんてありふれてるんだよ。漫画でもアニメでも、最近の作品はキャラクターを切り売りするものばかりだ。どの業界でも、どんな斬新な……まあ、突飛なと言い換えてもいいが、そんなキャラクターを作ることばかり考えてる。
 ここ最近話題になった作品も、中々際どいやつが揃ってるぞ。高校野球部の女子マネージャーがドラッカーにはまってたり、中学生の妹が妹もののエロゲーを愛好してたり、ヒロインがイカの化身だったり」

「うわ、なんですか、それ? そんなカオスな話、キワモノ好みの先輩以外に読む人なんているんですか? ……そのキャラクター、女の子ばっかりみたいですけど、もしかして全部先輩の大好きなラノベの話じゃないでしょうね?」
「馬鹿にするなよ。ちゃんと一般書籍のレーベルで売られてるのも入ってる。どれも結構なヒットで、売り上げのランキングにも入ってるんだぞ」
「……今の流行って、私にはよくわかりません」
「別に解らなくてもいい。ただ、覚えとけ。今の世の中、変わったキャラ付けだの変化球だのはありふれてる。飽和していると言ってもいい。相当変わったものを考え出したとしても、『ああ、またありがちなイロモノか』で片付けられてしまう。――勿論、その内容が面白いかどうかはまた別の話になるけどな」

 俺の読んだところの感想は、エロゲー妹とイカ彼女はかなり美味しく味わえたが、ドラッカー女子高生はイマイチだった。ストーリーが平凡過ぎたし、ドラッカーの知識の挟み方も強引な感がしてどうも頂けない。

「その中で、哲学という題材は、どうも馴染みが薄い割りに、目を引くほどの新鮮さもない。売りにするにはどうも弱いんだな。セールスポイントとして掲げるには、手垢が付きすぎてる」
「うーん、確かに、ヒロインがイカだったり、ドラッカーが好きだったりする作品に比べれば、哲学っていう響きは普通ですよね。……ところで、ドラッカーっていうのは一体何ですか? もしかして、サッカーみたいな新しいスポーツですか?」
「今度読ませてやる。あれなら読みやすいから、おまえの頭でも理解できるかもしれない。
 ……おっと話が逸れた。キャラクターの話だったな。う〜ん、哲学的な彼氏、ってのがどうも引っかかるなあ。今は、ラノベでもなんでも、キャラクターは類型分類するのが基本なんだよな。スポーツマンとか、美人とか、幼馴染とか、ツンデレとか」
「……ツンデレってあれですよね。あの、こういうこと言ったりする女の子のことですよね」

 津久見は立ち上がり、胸に手を当てて、すぅと短く息を吸った。

「『べ、別に先輩のことなんて、全然好きじゃないんですからね!』……みたいな」

 俺は、恥ずかしげな表情で立ちつくす津久見に、本気で蔑みの視線を送った。

「そんな、分かりきったことを大声で言い直さないでいい。時間の無駄だから黙って座ってろ」
「え、えええ!? あの、私に別にそんな……違うんです、いや、違わないんですけど、あの、その……」

 口ごもりながら小声でよく分からない言い訳をする津久見を、しっしっ、と犬を追うように手で払った。津久見は何故か涙目になりながら、しゅんとして席に着いた。
 これも一種の才能だろうか。これほどツンデレらしくないツンデレの真似は初めて見た。もう一度こんなツンデレキャラを冒涜するような真似をしたら、どうしてくれよう。

「ツンデレに対するこんな鬼畜返し、初めて見たぞ」

 蒲江先輩が呆れたように声をかけてきたが、ここはスルーさせてもらおう。

「――ツンデレだの天然だのメイドだのいった属性には、分かり易さがあるんだが、哲学にはどうも分かり易さが無いんだな。『テツガク』なんて新属性を考えたとして、ウケると思うか?」
「うーん、ちょっと解りません」
「まあ、そんな新属性を作ること自体難しいだろうな。草食系男子とかならまだ分かるが哲学系男子なんて言われても意味分からないぞ。哲学抜きじゃ成立しないキャラクターなんて、そうそうできない」

 一息ついて、スポーツドリンクのペットボトルに口をつける。津久見はちょこんと椅子に腰掛け、ノートに今までの俺の言葉を書きつけながら、じっと俺の次の言葉を待っていた。
 ……正直、少し照れくさい。こちらは自分でも突っ込みどころ満載の未整理の意見を垂れ流しているだけなのに、そんな真摯な瞳で見つめられると、どうも調子が狂うのだ。こいつ相手には、指導などをするよりもふざけあっていた方がよほど気が楽だ。


「んで、次。さっきのエヴァの話の続きだ」
「エバンゲリオンが哲学的って話ですか?」
「……その後の、エヴァみたいなのが増えすぎた、って話の方だ。哲学要素のあるストーリーというやつだ。
 哲学は小説の主題になることはそうそう無いが――小説に哲学要素が混じることは、すっかりメジャーになっちまったんだ。
 それも、哲学史や哲学理論をきちんと解説するんじゃなくて、世界の意味だの、生きることの本当の意義だの、本当の自分探しだの……『哲学的!』だの『深遠な世界設定!』だの煽りを入れると聞こえがいいが、実のところ、何の理論立てもせずに馬鹿がぐだぐだ悩んでるだけの話が多い。
 もしかして、さっきのエヴァの話で、色んな作品に取り上げられて、哲学が身近なものになってきたかも! なんて思ったんじゃないだろうな?」
「うっ、……ソンナコト、全然考エテナイデスヨ」

 津久見は気まずそうに目をそらした。わかりやすい奴である。

「そこから興味が長じて、本格的に哲学を勉強するようになった奴もいるにはいるだろう。でも俺は、そんな二束三文の哲学モドキなんて、増殖したところで哲学という言葉を貶めるだけじゃないかと思うけどな。
 難しいこと考えてますよ〜、って気分に浸りたいだけの雰囲気哲学なんて、正直下らないと思うぜ。飲み屋でオヤジが語る人生哲学とか女子大生の本当の自分探しのようなことを延々とされてもつまらんよ」
「う〜ん、随分手厳しいですね……。
 先輩ってよく本を読むし、オタクさんだから、さっきの話聞いてて、そういう最近のエバンゲリオンの影響を受けた小説とか大好きなんだろうなー、って思ったんですけど、好みが厳しいんですね、先輩って」
「いんや、大好きだよ」
「えっ」

 部室の隅を漁る。目当ては『佐伯』と書かれた小さなダンボール箱。よいしょ、と持ち上げて、机の上でおもむろに開封した。中に詰まっているのは、俺がこの部室に持ち込んだライトノベルの山だ。久しくご無沙汰だった俺の嫁や娘たちが、表紙で変わらぬ笑顔を向けてくれる。

「うわぁ、こんなに沢山部室に持ち込んでたんですね……」

 ラノベを手に取り、ぺらぺらとページを捲り、じっくりと見つめる津久見。その瞳に浮かんでいるものは侮蔑や嫌悪ではなく、ただ純粋な興味だ。そのことに、少しだけ心地よい安堵を覚える。
 山となったライトノベルから、俺は幾冊かを選りすぐった。

「これ、これ、それと、これ、あとこれもだな」
「? そちらに分けてるのは一体なんですか」
「おまえの言った、エヴァの影響を受けてるようなライトノベルだよ。まあ、影響を受けてるって言っても、どんな風に受けてるかは様々だし、似てるけど本当は全然影響なんて受けてない作品も混ざってるかもしれない。無口キャラを全部綾浪の影響なんて言ってたらキリがないし、キャラ云々より、世界観や使われてる哲学のエッセンスがエヴァ寄りの作品達だな。俗に言うセカイ系とか、まあ、その辺りだ」
「ちっとも解りませんよぅ」
「その辺りは解らなくていい。寧ろ解らない方がいいかもな。
 ……まあ、要するに、さっき言ったような、主人公が自分の存在意義だの世界の価値だの、そういった哲学っぽいことでぐだぐだ悩んでる作品だな」
「ええっと、さっき先輩が酷評してた小説ですか?」
「そうだな。これが、実に面白い」
「ふええっ!? さっきと言ってることが逆じゃないですか! 今日の先輩、いつもに増して言ってることがさっぱりです!」
「俺はただ、これらの本が読んで面白いと言ってるだけだ。俺は大好きだな、そんなラノベが。愛してると言ってもいい」
「あ、ああああ愛してるですか!?」

 何を驚いたのか、津久見は胸を押さえて立ち上がると、ラノベの一冊をぐいと握り締め、何かライバルでも見つめるような眼差しで睨みつけた。何やら、頬が少し紅潮しているようにも見える。こいつも支離滅裂で、相変わらずよく解らないやつである。

「下らないと言ったのは、哲学の本と思って読んだ場合の話だ。ライトノベルとして読んだらなら――こんな面白い本はないぜ。いくら難しそうな哲学用語が使われていたり、意味深そうなことが書いてあったとしても、間違ってもこれで哲学を勉強しようなんて思って読んじゃ駄目だ、ってことだ。ラノベはラノベとして楽しめばいい。本にはそれぞれの読み方があるんだ」
「じゃあ、その、先輩が言う、安っぽい形で哲学用語が使われていることについては……」
「ラノベとして読んでる連中は、別にそれで哲学用語の勉強をしようと思っちゃいないんだ。話を楽しめて、ついでにお手軽に頭が良くなった感を味わえれば、最高じゃないか。……そうだな、頭が良くなった感、これは結構大事な要素だな。
 なあ、津久見、最近、萌えるナントカシリーズってのが流行ってるの知ってるか? 知らないな? 知らなくていいぞ」
「は、はぁ……」
「要するに、哲学や相対性理論などの難しい学問を、この表紙のような萌えキャラが解説するっていう趣旨の本だ。当然の話だが、内容は入門レベル、加えて、イラストや萌えキャラのお喋りでページを削られて内容はかなり薄くなる。――本気で勉強したいやつなら、入門にこれを選ぶことはまずないだろうな。ちょっと簡単に舐めてみたい、っていう程度のやつには丁度いいシリーズだ」
「ええっと、人気なんですか? それ?」
「そこそこ人気だな。萌えキャラを使えば馬鹿なオタクに一定の人気はつくし、何より取っ付き易い。毛嫌いするやつもいるが、俺は別にいいんじゃないかと思ってる。一割の賢者が更に知識を深めるための本より、九割の馬鹿が何か利口になったように錯覚できる本の方が、よっぽど価値があるんじゃいかと思うぞ」
「それは、流石に偏見が過ぎるな」

 英字で書かれたシェイクスピアの考察書から目を離さずに、蒲江先輩がぼそりと呟いた。

「専門書は絶対に必要だぞ。興味を持って先に進もうと思った時に、どうしても標は必要となる。学習段階に合わせて勉強できる本が、均等にあるのが理想だ。素人に外側だけ舐めさせて、何か分かったかのように錯覚させる愚書の氾濫なんて、もっての他だ」
「蒲江先輩は、佐伯先輩と全く逆の意見なんですね! ええと、難しくて頭がこんがらがってきたので、簡単にまとめをお願いします」

 まとめ、か。結構難しいことを要求してくる。

「えーと、……おまえが何か書く時は、どんな読まれ方をして欲しいか、何も知らない人が手に取った時、どんな読まれ方をされるだろうかを、よく考えて書け。以上!」
「ん〜、真人くんは最初からそうやって簡単に説明してくれればいいのに、難しいお話が長いよね〜」
「……放っといてやれ。あいつは津久見に衒学的な話をして尊敬の目で見られるのが趣味なんだ」
「そこの先輩方、一体何を二人で話してるんですか?」
「気にするな、続けてくれ」

 実に憎たらしくいい笑顔を浮かべて先を促す先輩方に釈然としないものを感じながらも、続けることにした。

「さっきお前の言ったように、哲学的なことを説明するのにSF的なガジェットを用意するのは、凄く有効だと俺も思うんだな」

 勿論、さっきの電脳世界オチのようなありきたりなのは論外だが、と一言加えて続けた。

「ぼんやりと形而上のことを考えるより、喩え話となるアイテムがあった方が理解はしやすいだろう? そうだなあ、二次元世界に住むイソギンチャク状の宇宙人だとか、一旦体を破壊して転送先で再構成するどこでもドアとか、まあ、そういうトンデモアイテムを使って考えた方が、頭の中で言葉をいじくりまわすよりも何倍も理解しやすい」

 おおー、と関心したように津久見が声を上げる。

「そのまま使うんじゃないぞ。これは俺が昔読んだ本の受け売りだからな。――確かにSFガジェットを使うと理解し易くなる。……理解し易くなるのはいいんだが、今度は話がSF寄りになってくるからな。分かり易い哲学小説としての属性より、底の浅いSFとしての属性が目立ってくる。何にせよ。哲学より別の要素が目立つことには変わりないか」
「何か、みんながアッと驚くような新鮮なアイデアって出せませんか〜」
「別に、そんな新鮮なアイデアにこだわらなくてもいいんじゃないか?」
「えっ?」
「今言ったように、哲学という題材で新鮮味を出すのは難しいかも知れんが、まあ別に、小説を書くのに目新しい題材をセールスポイントにする必要なんて、別にない。イロモノに走らずに、ごく普通の題材として書けばいいんだ。恋愛小説だって推理小説だって、またこの展開か、と言わされるようなベタでありきたりな話が溢れてる。――そして、大抵読者が追っていくのは、興味の薄い哲学要素じゃなくて、ベタでありきたりなストーリーラインの方だ。その辺りをしっかりさせとけば、大抵の読者は納得するよ。
 まあ、ちょっと本を読みなれてた奴はこう思うかもしれないけどな。
『――ああ、これもベタでありがちな話だったか。少し見慣れない哲学の話とかも混じってたが、本筋では、別段光るものは無かったな』
 ってな。どうしても物語の中じゃ哲学は添え物になる。他の何かに代替可能なんだな」
「そんなことありませんよう! 哲学抜きじゃ絶対に成り立たない面白い小説は、必ずあります!」

 今までに無い剣幕で、津久見が噛み付いた。この反応、もしかしてこれはやっぱりアレだろうか? 哲学抜きじゃ絶対に成り立たない面白い小説……。少しだけ、俺なりにこいつの哲学好きの理由を邪推してみた。いずれ、答え合わせもできるだろう。
 だが今は、こいつを焚きつけるのが優先だ。

「……そう思うなら、自分で書いて見せやがれ」
「はい、絶対に書いて見せますからね!」

 そこで俺は、にやり、と悪人じみた笑いを浮かべて見せた。

「でもその前に、おまえには問題が山積みだぞ〜、文章は下手だし構成は破綻してるし、誤字脱字は山ほどあるし、完成するのは一体いつになるかな〜? 印刷の都合もあるから、『たんぽぽ』の原稿はちゃっちゃと上げて貰わないと困るなあ〜」
「うううううう……」
「その上、おまえ馬鹿の癖に、覚えたばかりの難しい専門用語や横文字の言葉を使いたがるだろう。典型的な初心者だな。誰かに何かを説明しようとしてるんじゃなくて、自分の知識を見せびらかしてるようでみっともない。まあ、おまえには見せびらかすような知識もないわけだが」

 不意に、窓の外を眺めていた野津原先輩が口を開いた。

「寺院の号、さらぬ万の物にも、名を付くる事、
 昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。
 この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。
 人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。
 何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才の人の必ずある事なりとぞ」

 鈴を転がすような澄んだ声で、朗々と暗誦した一節は――。

「徒然草の116段ですか! GJです! 野津原先輩!」
「ええと、……どういう意味ですか?」

 意味が分からず目を白黒させていた津久見に、俺は笑顔で告げてやった。

「兼好法師の名言だ。要するに、馬鹿ほど難しいことを言ったり子供におかしな名前をつけたり喜んでるが、普通が一番なんだ、という有難いお言葉だよ」

 それから暫く、俺は津久見に哲学も作文も関係ない、単純な技術指導をした。津久見はじれったい程覚えるのが遅く、哲学の話をが終わって集中力も切れたのか、すぐに根を上げてきた。

「うう〜、どうして、先輩はどれもこれもダメ出しばっかりなんですか? 小説なんて、好きなことを好きなようにのびのびと書けばいいんじゃないんですか? どうして、こんな色々面倒くさいことを考えないといけないんですか?」
「ああ、それはそいつが、物事を斜めから見て、ネガティプなこと言ってる俺カッコいい! とか思ってるアホだからだよ。あんまり気にしなくていいぞ〜」

 ぐさり、と胸に刺さる一言が蒲江先輩から放たれた。……そういうのは中学2年生で卒業したから、今更掘り返さないで欲しいなあ。
 ごほん、と咳払いをして続けることにする。

「別に、好きなことを好きなように書いていいぞ。俺たちは小説家じゃないんだ。それに、これは別に金取って読ませる本でもない。たかが文芸部の機関紙だ。自由に好き勝手に書けばいいさ。俺も、文芸部の歴代の先輩たちもずっとそうしてきたんだからな」
「なら、どうして――」
「それはな、お前が自分の小説で哲学の面白さを広めたい、って言ったからだ。それって、書き手の自己満足として好きなことを書きたいってことじゃなくて、誰かに伝えたいことがあるってことだろ?
 なら、最低限、小説として読めるものを形にしないと、誰にもお前の伝えたいことなんて、伝わりゃしないぞ。お前がどんな高尚な哲学理論を籠めてるかのなんて、俺の知ったことじゃない。ただ、今のお前の書いてるものは純粋に読みにくい、面白くない。誰が手にとっても碌に読まれずにすぐに放り投げられるのがオチだ。
 だから、俺の気づく範囲で突っ込みを入れてるんだが――余計なお世話だと思うなら、別にいいぜ。お前の小説だ。お前の、好きなようにすればいい」

 津久見は少しだけ落ち込んだような眼差しで、俺の瞳と、机の原稿を幾度か見比べた。十秒か、二十秒か。じっと身を固め何かを考えていたが――そのまま、すっと頭を下げた。

「……生意気言って、ごめんなさい。もうちょっと、教えて下さい」
「うっ……」

 困る。こんな風に素直に頭を下げられてしまうと、非常に困る。俺は、こいつの嫌がる顔を見ながらビシバシとスパルタ教育するのが好きなのだ。こんな風に素直に教えを乞われては、調子が狂ってしまうではないか!

「なあ、津久見。ここの部員だけじゃなくて、もっと外の人間にも原稿を見せてみないか?」
「外の人、ですか? 誰か、先輩のお知り合いで指導をしてくれる方がいるんですか?」
「多くの人間に自分の作品を見て貰えて、感想や指導をして貰える、とてもいい場所がある。――インターネットの、掲示板だよ。インターネットの3ちゃんねる、という掲示板には優しい人が沢山いてな、小説とかを投稿したりすると、丁寧に指導をしてくれるんだ」

 津久見は瞳を輝かせた。

「そんな素敵な場所があるんですか! 私、インターネットとかほとんどしないから、全然知りませんでした! 早速、私の小説も、その3ちゃんねるの人に指導して貰おうと思います!」
「原稿はちゃんとあるか? いい加減、人差し指以外でキーボードは打てるようになったか?」
「原稿は、家に書きかけの取っておきがあります! キーボードは……気合でカバーです!」

 ぐっと握り拳を作って立ち上がるや否や、津久見は鞄を掴んで帰宅準備に入った。

「先輩方、今日は自宅で、その3ちゃんねるで指導を頂くので、早めに失礼しますっ!」
「ほい、これURL。俺もこっちで投稿してるから、暇だったら覗いてみるといい。エンターテイメントという奴を教えてやるよ」
「ふっふっふ、私の小説の方が人気が出ても吠えずらかかないで下さいね! それでは、お先に失礼します〜」

 ドアを閉める音と、廊下を駆けていく足音が遠ざかっていく。最後まで騒々しい奴である。

「……おまえ、ドSだよな」

 蒲江先輩がぽつりと呟いた。

「――まあ、俺はまだ、あいつのこと完全に許したわけじゃありませんから」
「んふふ〜、いいな〜、真人くんは理子ちゃんに懐かれてて」
「? 津久見に懐かれてるのは野津原先輩の方でしょう?」
「真人くんだよぅ。だって、理子ちゃん、わたしといるときいっつも真人くんの話ばかりするんだよぅ。ちょっと妬いちゃうなあ〜」

 どうなのだろう? まあ、指導役として重宝されている感はあるのだが。

「ん〜っとね、ところで真人くん、3ちゃんねるってどんな掲示板かな? わたしも見てみたいなぁ」
「いえ、野津原先輩は止めといた方がいいんじゃないかと……」

 この穢れ無き先輩をあんな汚泥のような場所に浸す訳にはいかない。

「佐伯、明日の津久見のフォローは当然やってくれるんだろうな?」
「ええ、明日は土曜ですから、昼にマックでも奢ってやれば機嫌は直るでしょう」

 先輩方が引退してしまえば、俺はあの暴走娘と二人だけでこの文芸部を支えることになる。考えただけでも気が重いが、仕方のないことだろう。

「――くっ、俺はただ平凡な学校生活が送りたかっただけなのに……」

 ちょっと格好つけて、ラノベの主人公みたいなことを言ってみた。

「そういう台詞は、もう少し派手な中二バトルにでも巻き込まれてから言え」

 蒲江先輩が、ぼそりと突っ込んでくれた。
 穏やかな秋の夕暮れが、すっかり静かになった文芸部室に差し込み、いつの間にか橙色の影を落としていた。
橙。 Pu6zR7isB.

2010年12月31日(金)14時27分 公開
■この作品の著作権は橙。さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
 一つ、この作品を開いて頂いた皆様にお詫びしなければいけないことがあります。
 作品の投稿規程に、原稿用紙100枚以内ということになっていましたが、この作品はそれを大幅に超過して、短編連作という形で投下させて頂くことになりました。
 この作品はワードで作成したのですが、当初、原稿用紙の設定にして100枚以内で書けばいいや、と安易に考えておりました。
 しかし、ページ設定を横幅の20字のみ設定し、縦は60字以上という間違った形になっていることに気付かず、間抜けなことに、100枚書くのは大変だなあ、と思いながら、延々と執筆を続けていたのです。
 いや、普通気付くだろ? 他の作品に比べて明らかに明らかに長いじゃないか、と当然の疑問を抱かれる方も多いと思われるでしょうが、実は、作品がぶれないように、自作を投稿を終えるまで他人の作品を読まないという縛りをつけて執筆をしておりました。
 ギャグのような、本当の話です。
 もう書きなおしが効かない時期になって誤りに気付き、飲茶氏にTwitterで短編連作の形で投稿する御許可を頂き、恥を忍びながら今回投稿させて頂いた次第であります。
 皆様きちんと規定枚数内で作品を完成させているのに、このような形で投稿させて頂くのは重大なマナー違反であり、無礼者の謗りを受けるのも当然と覚悟しております。
 ですが、折角書いた作品をお倉入りにするには忍びなく、こうした形で公開させて頂くことにしました。拙作ではありますが、もしご笑読頂けたなら無上の幸いです。

                          2010年12月31日 橙。



この作品の感想をお寄せください。

2011年01月03日(月)05時18分 n 
読ませていただきました。
続きが気になる!という内容でした。
感想と評価は下巻のほうにまとめてつけさせていただきます。
118

pass
2011年01月02日(日)21時09分 橙。 Pu6zR7isB. 作者レス
>色音さん

 ご感想ありがとうございます!
 規定枚数の超過のルール違反の件ですが、少し作者からのメッセージ欄でも触れましたが、Wordのページ設定を勘違いしていたことが原因の痛恨のミスです。
 勿論気付いた時点で書き直そうかとしましたが、今年の年末は非常に多忙だった上、既にかなりの量を執筆していたので、収まるように書き直すとほぼ全面改稿となり、到底〆切りに間に合わなくなってしまうので、恥を忍びつつ分割投稿させて頂くことにしました。

>きっとわざと軽くしたのではないですか?
 
 できるだけ軽くポップで読みやすい文体にするのに苦心したので、そう言った頂けて非常に報われた気分です。
 兎に角無駄に長い作品ですので、会話中心、行間を開けて楽に読み進められるように、と考えていましたが、今読み直すと重くくどい所が多く、反省する部分が多いです。
 特に前半などは完全に全体量を勘違いしたまま書いていたので、無駄に長文が多く残ってしまいました。かなりダイエットさせましたが、それでも間に合わなかったようです。

 哲学でSFは、この企画に参加するにあたって、私もかなり考えていましたが、妙案浮かばず、このような形になりました。
 津久見と佐伯の『哲学的な彼氏企画』に対する議論には、私のプロット段階での悩みや思考過程をいくつか混ぜております。SF書きたい! と幾度も思いましたが、私の脳内の佐伯の部分(笑)に窘められてしまい、結局は断念致しました。
 ですので、SFで見事完成させられたとは、それだけで尊敬です。「西暦2236年」是非拝読させて頂きます。
 それでは。



pass
2011年01月01日(土)23時04分 色音  +30点
アホの子って素晴らしいですね(笑)
女性としては断然、野津原先輩の方がタイプですが理子ちゃんみたいな子も部活に一人ほしいですね。
いやあ面白かった。
非常に面白かった。
軽めの文章がとても読みやすかったです。(きっとわざと軽くしたのではないですか?)

ですが、何故これほどの文章力を持っていながらルール違反をしてしまったのでしょうか……残念です。
(ちなみに私は、勝手ながら他の参加者の方々に配慮して上巻のみを読んで評価させていただくことにしました。これから中巻、下巻も読もうかと思いますが評価は0点ということにさせて下さい)
私見にすぎませんが、作者さんであれば必要のない部分を省くことで100枚以内に収めることが可能だった気がしてならないのです。良い作品な分そこが残念です。

内容に関してです。
哲学のお話を書くにあたって彼らはあれこれ考えていましたが、はて、いやに共感が持てると思ったら自分も同じようなことを考えました。
哲学は他の学問とくらべて形を掴みづらい気がします。例えば「哲学用語を正しく振り回すこと」が哲学を心得ていることになるのかといったらそれはよくわかりません。
そういうわけで私が書いたのは「哲学的な含みのあるSF」みたいな話になりました。「西暦2236年」という題名なのですがもしよければ作者さんの感想を聞かせてもらいたいところだったりします。(お詳しそうなので)
ちなみに本来は前半で5万字くらいあるような長編だったのですが、4万字ルールに気づき、大幅に内容を改編、省略したため投げっぱなし感は否めない感じになっています……。

……話を戻しますと、理子ちゃんがひたむきに形の無い答えを探している姿が、哲学者が真理を求める姿に重なって見えたのです。それがとっても「哲学的な彼女」であると感じました。
ではでは、続きも読ませていただきますね。

色音
121

pass
合計 2人 30点


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